第81話 海賊団〝海蛇〟

「あれか」


 空を飛ぶスラさんの背中から海上を見渡していた俺は、前方に島を発見した。

 切り立った岸壁。そこに洞窟らしき大きな穴が開いている。

 あれがダンジョンの入り口だろう。


 島の周辺に海賊船は見当たらない。

 あのダンジョンは〝海王の根城〟と呼ばれているそうだが、その内部まで海水で満たされており、船で入ることが可能なのだ。

 そして同時に、攻略するためには船が必須だという。


 だが俺たちはこのままスラさんに乗って突入するつもりだった。

 まさか船ではなく鳥(見た目は)に乗って敵が攻めてくるとは、彼らも思ってはいないに違いない。最高の奇襲だ。


「準備はいいか?」

「はいなの!」

「もちろん」

「いつでもいいわ!」


 元気のいい返事が返ってくる。


「刀華も大丈夫か?」

「っ……あ、ああっ……わ、私もいつでも大丈夫だっ」


 声をかけると、刀華は顔を赤くして慌てたように頷いた。


「行くぞ、スラさん」

『……!』


 スラさんが俺の命令に応じ、急降下した。

 そのままダンジョン目がけて突っ込んでいく。


 内部の構造は、俺の〈神眼〉によってすでにリサーチ済みだ。

 海賊船が通れるくらいなので、スラさんが翼を広げても十分に余裕のある広さだった。


 薄暗いダンジョンへと飛び込む。

 周囲は剥き出しの岩肌で、下は真っ暗な海面だ。

 前方に光。そして岩礁の上に築かれた砦のようなものが見えた。

 その周囲には小さな船が幾つも停留している。


「っ!? 何か近づいてくるぞ!?」

「なんだ!? 鳥か!?」

「おい、上に人が――うがっ!?」


 砦の見張りたちがこちらに気づいたが、飛刃を放って黙らせる。

 スラさんから飛び降り、俺たちは砦へと侵入した。


「どうした! 何があった!?」

「し、侵入者だ! ぐはっ」

「侵入者? どこにも敵船なんて――べひっ!?」


 暢気な砦の海賊たちを次々と昏倒させていく。


「できるだけ殺すなよ?」

「了解」

「分かってるわよ。ていうか、こいつら殺すまでもないわね」


 砦にいた海賊は全部で二十人ほどだったが、あっさりと無力化させることができた。

 正直言って、こいつらあまり強くないな。いや、こちらの戦力が充実し過ぎているのかもしれない。


 全員を拘束すると、さらに奥へと進んだ。

 本来、あそこの砦で敵を食い止めている間に、伝令を奥に走らせる手はずだったようだが、その伝令を途中で捕まえることができた。


 だが別の手段で敵襲が伝わっていたらしい。

 洞窟の奥から次々と海賊船が出てきた。

 いや、それだけではない。


「モンスター?」



ヒッポカンプ

 レベル:25

 スキル:〈水泳+4〉



 馬の上半身と魚の下半身を持つ魔物だ。

 しかもよく見ると、背中に海賊を乗せている。


「や、奴らはダンジョンの魔物を手懐けているのだ」


 と、刀華が教えてくれる。

 ヒッポカンプに乗った海賊たちが、海賊船の合間を縫うようにして次々と出現する。恐らくあれで接近し、そのまま敵船に乗り込むのだろう。

 だが残念ながら、


「確かに相手も船だったら脅威だろうけどなー」


 俺たち、空を飛んでるんだよなぁ。

 この世界の船に大砲はないようだ。海賊刀を手にしているが、あれでは攻撃がこちらに届かない。

 中には魔法を使える者がいて遠距離攻撃を仕掛けてはきたが、どれも威力が低くてスラさんの身体にあっさり弾かれていた。


 動揺する海賊たち。

 俺たちはそれぞれ海賊船に飛び乗って、船ごとに制圧していくことにした。








 ダンジョンの奥からわんさかと湧いてきた海賊たちだったが、どんどん無力化させていると、そのうち打ち止めとなった。


「ふん、怖ろしい海賊団って聞いていたけど、その割に大したこと無かったわね」


 そう鼻を鳴らして、アンジュが言い捨てる。


「い、いや、貴殿らが強すぎるのだ……。まさか、レイジ殿だけではなく、これほどの者たちが一堂に集まっているなど……」


 目を丸くしているのは刀華である。

 レベル的には彼女の方が高いが、実力的にはスキルが豊富なうちのメンバーたちだって負けていない。これまで自分より強い相手に出会ったことのなかった彼女が驚くのも当然だろう。


 ダンジョン内に巣食っていた海賊たちを拘束して、大型の海賊船の甲板に集めてみた。全部で二百人以上いるため、すし詰め状態だ。

 後はこの船で港に戻り、引き渡せば任務完了である。


 ファンが小首を傾げて訪ねてくる。


「これで全員?」

「いや、聞いていたよりも数が少ない気がするな」


 俺は〈神眼〉を使い、この海賊団を率いていた親玉を探す。俺が拘束した中にはいなかったので、他の誰かが倒したのだろう。

 だが探してみても見つからなかった。



グレコル 32歳

 種族:人間族

 レベル:34

 スキル:〈剣技+4〉〈怪力+2〉〈操船+4〉〈水泳+3〉

 称号:海賊団〝海蛇〟副団長



 捕まえた中で最も偉いのがこいつだ。

 いかにも海賊らしい、真っ黒に日焼けした屈強な大男だ。


 頬に、殴られたと思しき痛々しい痕が残っている。たぶん、アンジュが倒したのだろう。Bランク冒険者相当の実力があるが、今のアンジュなら一撃だろうな。


「おい、お前らの親玉はどこにいるんだ?」

「けっ、何でてめぇに教えなきゃならねぇんだよ」


 ぎょろりとした目で睨み上げてくる。アウトローのプライドか、俺たちに手も足も出なかったくせに態度は偉そうなままだな。


「アンジュ、もう一発殴ってやれ」

「分かったわ」

「っ……」


 アンジュが前に出てくると、副団長は明らかに狼狽した。表面的には取り繕っていても、痛みへの恐怖を覚えている身体は正直のようだ。

 それでも強がるように唾を吐いて、


「はっ、好きにしやがれ」

「分かったわ」

「ぶほっ!?」


 アンジュの拳を喰らって、副団長が数メートルも吹っ飛んだ。

 白目を剥いて気絶する。

 うわぁ、容赦ねぇ。

 ていうか、自白させるためにやってるんだから、いきなり本気でぶん殴っちゃだめだろ。


「おい、もうちょっと手加減しろよ。気を失ったら話を聞けないだろ?」


 ……まあいい。

 他の連中から聞こう。


「て、てめぇら後から後悔するぜっ! そこそこ腕には自信があるようだが、俺たちのお頭はありていに言って化け物だからな!」

「そうだ! お頭さえいりゃあ、てめぇらごとき楽勝だぜ!」


 海賊どもが口々に罵倒してくる。

 どうやら随分とカリスマ的な団長らしい。


 どうやら俺たちは、ちょうどその団長とやらが留守のときに来てしまったようだ。恐らく仕事に出ているのだろう。

 ここで帰ってくるのを待っていてもいいのだが、いつ戻って来るかも分からないため、いったん捕まえた連中を港に連れていくことにした。


〈操船+3〉スキルがあるため、俺は船の操縦もできる。

 海賊船を操縦し、ダンジョンを出た。


 と、島から数百メートルほど離れた頃だった。


「っ! お頭だ!」

「本当だ! お頭が戻って来たぞ!」


 拘束した海賊たちが、南東の方角を見ながら一斉に歓声を上げた。

 視線を向けると、一隻の海賊船がこちらに向かって来ているのが見えた。


「……何だ、あれは?」


 俺が思わず目を瞬かせたのは、その海賊船の前を小さな人影が進んでいたからだ。

 当然、そこは海の上である。


「海を走っている?」

「いや、違うな」


 俺は首を振った。


「あれも海の魔物に乗ってるんだ。だがヒッポカンプじゃない」


 俺は〈神眼〉で海中を泳いでいるそれを鑑定した。



シーサーペント

 レベル:40

 スキル:〈水魔法+4〉〈噛み付き+4〉〈水泳+4〉



 海竜だ。

 その姿は蛇に似ていて、大海蛇とも呼ばれている魔物である。

 シルステルのダンジョンには、この三つ首バージョンがいたっけ。


 恐らく手懐けているのだろう。

 こいつの頭の上に乗っかっているのが、海賊団の団長だった。



アクアナ 24歳

 種族:人間族

 レベル:46

 スキル:〈剣技+5〉〈風魔法+4〉〈動体視力+3〉〈操船+4〉〈水泳+4〉〈俊敏+3〉〈魔物調教+4〉〈統率+3〉

 称号:海賊団〝海蛇〟団長



 どうやら女性らしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る