第80話 酔っ払いアマゾネス

 御前試合の後は大きな宴会が催された。


「おお、刺身! それに握り寿司もある!」


 さすがは海洋国家。

 ずらりと並んだ海の幸に、俺は思わず感動していた。


「ああ、美味い……やっぱ刺身は美味いなぁ……」


 今日の朝獲れたばかりだという新鮮な魚に舌鼓を打つ。


 内陸に位置しているシルステルの王都だと、こんなに美味い魚はめったに食えない。店に出るのは、大抵は焼き魚や煮魚がほとんどだ。

 生で食べることが可能なのは、せいぜいダンジョンの海洋フロアで獲れた魚くらいだが、あれもダンジョンから地上まで輸送するのに少し時間がかかるため、どうしても鮮度が落ちる。

 この世界のアイテムボックスは、残念ながら内部でも時間が経過してしまうのだ。


 お米があるのもいい。

 シルステルの米はお世辞にもあまり美味しいとは言えなかったが、さすがこの国では米を主食にしているだけあって全然違う。


 あと、この国には醤油もあるのだ。

 やっぱり刺身や寿司には醤油だよな。


「おいしい」

「ん。美味い」

「美味しいのです!」


 ルノアたちも美味そうに食べている。


「ぷはーっ、やっぱり清酒は美味しいわね!」

「おいアンジュ、ちょっと飲み過ぎだろ」


 アンジュは酔っぱらっていた。

 まだ十八なのだが、この世界ではお酒の年齢制限はないしな。あまり子供は飲まない方がいいと言われてはいるが。


「うるさいわねぇ~。あんたももっと飲みなさいよぉ~、ほれほれ~」


 顔を赤くして、俺の杯になみなみとお酒を注いでくる。


「はい、いっきー、いっきー、いっきー♪」


 そして一気飲みを煽ってくる。


「ちょっとー、ノリが悪いわよ、あんた」

「はいはい、分かった分かった」


 俺はぐいっと杯をあおった。

 結構強い酒だが、〈酒豪+3〉スキルを持っている俺はそう簡単には酔わない。


 んー、しかし美味いなぁ。

 この国のお酒はやはり米から作られる清酒だ。シルステルにはあまり出回っておらず、向こうはビールやワインが主流である。


「ささ、もーいっぱい、もーいっぱい! ぐいーっと!」

「お前ちょっとテンション高過ぎだろ」


 アンジュは絡み酒だから面倒臭い。アマゾネスは一般的にお酒が好きだと聞くが、彼女は普段はあまり飲まないんだけどなぁ。よほど美味い酒だったのだろう。


「レイジよ、今日の試合は本当に楽しませてもらったぞ」


 俺がアンジュをあしらっていると、この国の女王が声をかけてきた。

 紅華女皇だ。


「やはり世界には上には上がいるものだのう。まさか、あの刀華がああもあっさり負けてしまうとは。さすがは勇者を倒した男であるの」

「いや、刀華殿も相当な腕前でした。こちらも全力を出さざるを得ませんでしたから」


 まぁ社交辞令です。

 本当は八割くらい、といったところか。ただし魔法もアリならせいぜい全力の四割くらいだろう。


 とはいえ、地力であそこまで強くなったことは素直に称賛に値するべきところだ。俺の強さなんてほとんど信者たちのお陰だもんな。


「ところで彼女は?」


 その刀華の姿が見当たらなかった。宴会には、御前試合に参加したすべての剣士たちが招かれているはずなのだが。


「うむ。少々、体調が悪いと言って休んでおる。あやつにとっては数年ぶりの敗北。ショックだったのかもしれぬの」


 その割にはめちゃくちゃ信仰度が上がってましたけどね?


レイジ

 レベルアップ:91 → 94

 スキル獲得:〈東洋剣術+5〉〈侍精神+3〉


 お陰で俺のレベルが上がり、新たに〈東洋剣術+5〉と〈侍精神+3〉のスキルを獲得した。これで俺もサムライの仲間入りだ。どんな邪神だよ。


「ねぇ~、レイジ~、聞いてる~?」


 女王と話をしていたというのに、アンジュがまた絡んできた。

 俺の腕に抱き付いてきて、その大きな胸をむにゅむにゅと押し付けてくる。


 ていうかこいつ、また胸が大きくなったんじゃないか?

 そういえば最近ディアナが「……あの際限なく肥大化していく胸部、軽く殺意を覚えますね」って暗い声で呟いてたっけな。残念ながらディアナは貧乳だ。あの指輪の力を使わなくても胸部で女だとバレないくらいに。


 ところでそのディアナだが、宴会にまでこっそり参加しようとしていたので、俺が転移魔法を使って強制的にシルステルに連れて帰った。「ライバルが! ライバルが!」とか叫んでいたが、青筋を立てた大臣に突き出してやった。

 今頃は泣きながら政務に追われている頃だろう。


「陛下。お客人の応対中に申し訳ございません。……少し、お耳に入れたいことが」

「む?」


 大臣らしき人物がやってきて、小声で女王に何かを告げた。


「……すまぬ、レイジよ。ぜひ我が国の幸を十分に堪能してくれ」


 そう言い残して、女王は大臣とともに会場の端へ。何やら話をしているが、女王が怒ったように眦を吊り上げていた。何かあったのだろうか?

〈聴覚+5〉スキルを活かし、こっそり会話を聴き取ってみた。


「漁船だけは無事に帰ってきたようなのですが……」

「また海賊どもか! せっかくこの国でしか獲れぬ怪魚を使った料理を、御客人たちにお出ししようと手配しておったというのに……」


 どうやら漁船が海賊に襲われたらしい。

 そのせいで、本来であれば水揚げされ、この宴会で振舞われるはずだった食材が手に入らなかったようだ。


 海賊か。

 海洋国家ならではだな。


 少し〈神智+2〉で調べてみたが、現在、ジェパールや周辺国家の海域を縄張りに、〝海蛇〟と呼ばれる巨大な海賊団が猛威を振るっているという。

 幾度か討伐隊も出され、これまでに多くの海賊が捕縛されたそうだが、政情が不安定な南方諸国から逃げてきた者たちが次々と海賊化しているらしく、一向にその数が減る気配がないという。


 ……うむ。

 もしかしてこれは恩を売るチャンスかもしれないぞ。

 と、内心で俺が考えていたとき、


「うぷ……は、吐気が……」

「ちょ、アンジュ!? だから飲み過ぎだって言っただろうが! 吐くなよ? 絶対に吐くなよ!?」


 あ、ダメだ! これ、フリみたいになってる!


「うええええええっ」




   ◇ ◇ ◇




 女王に海賊団の討伐を願い出ると、かなり驚かれた。


「奴らは三百人を越える大勢力。しかも根城にしているダンジョンを熟知しており、地の利は奴らにある。幾らおんしと言えど、本拠地を攻めるのは容易ではないぞ?」


 巨大海賊団〝海蛇〟の本拠地は、海上にあるダンジョンなのだという。


「御心配には及びません。我々はシルステル最強のパーティ。私以外のメンバーもAランク冒険者の実力者ばかりです」


 ニーナは違うけど。いや、ファンとルノアは実力的にはAランク相当だが、ファンはまだBランクで、ルノアは冒険者ですらないな。


「むう。そこまで言うのであれば、おんしらに任せてみるとしようかのう」


 で、俺たちは今、そのダンジョンへと向かっている最中である。

 ちなみに船を出そうと言われたのだが、この国に来たきたときのように鳥化したスラさんを利用していた。これなら船酔いするアンジュも酔わなくて済む。

 ……また吐かれては困るしな。


 ニーナは皇都に置いてきた。

 実力的にちょっと厳しそうだし、少しでも長く鍛冶の見学をさせてやりたかったからだ。

 なのでメンバーは、俺、ファン、ルノア、アンジュ、従魔たち。

 そして――


「こ、この鳥は一体何なのだ……?」


 ――刀華も一緒だった。

 初めて乗った空飛ぶスライムに目を丸くしている。


 女王からぜひ連れていってほしいと頼まれたのだ。

 政府が手を焼いていた海賊団を、他国の冒険者たちがあっさり討伐してしまったとあっては、国の威信にもかかわるからだろう。


 さて、そろそろ海賊の拠点が見えてくるころだな。

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