第79話 刀華
「刀華様!」
「頑張ってください!」
「ああ、いつ見てもなんて凛々しいお姿なんだ!」
ジェパール国民の大歓声と期待を受けながら、刀華は試合の舞台へと上がった。
刀華は名実ともにジェパール最強の剣士だ。
ゆえに、この国が長きに渡って作り上げてきた剣の伝統と誇りをその一身に背負っていた。
もし異国の剣士に敗北するようなことがあれば、それすなわち、ジェパールに栄える幾多の流派の名を穢すことに他ならない。
それが女王の御前ともなれば、なおさら。
しかも刀華はその女王の娘なのだ。
だが刀華の心は落ち着いていた。
気負いはない。
当然だろう。
なぜなら刀華は、自分が負けるようなことがあろうとは露ほどにも思っていないのだから。
三歳のときに剣の修業を始め、すぐにその天賦の才を当時の師匠に見出された。
それから研鑽を重ね、メキメキと頭角を現し、十歳にして最初の流派の免許皆伝に至った。その後は次々と様々な流派を学び、そのすべてにおいて免許皆伝を取得した。
今では刀華新神流という新たな流派を生み出し、誰も到達し得ない領域へと至りつつある。
刀華が最後に負けたのは十歳のときだ。
それ以来、一度たりとも敗北を喫したことがない。
これまでも異国で一流の使い手とされる剣士が招かれ、幾度となく剣を交えてはきものの、少しでも本気で戦える相手と見舞えたことは一度も無かった。
つまらない。
どうやら自分は強くなり過ぎてしまったらしい。
そのことに気づいた刀華は、最近は稽古にほとんど身が入らなくなりつつあった。
剣を嫌いになった訳ではないが、それでも幼い頃、先達たちに負けて悔しくて、それでも必死になって強くなろうとしていた頃の熱い気持ちは失われてしまっていた。
願わくば、この男が少しでも歯ごたえのある相手であればいいのだが……。
「すごい人気だな」
と、その対戦相手の青年が、観客席を見渡しながら苦笑気味に言ってくる。
「ああ」
刀華は曖昧に頷く。
伝説と言われる勇者を倒したほど男らしいのだが、見た感じそれほど強そうには見えない。
片方は予備なのか、背中には二本、交差するようにして大きな剣を担いでいる。
きっと今回もまた落胆させられることになるのだろう。
そんなことを考えつつ、刀華は剣を構え――
「っ!?」
思わず一歩、後ずさっていた。
な、何だ今のは……?
刀華は当惑し、目を瞠る。
突然、対戦相手の男から尋常ならざる気配を感じたのだ。
この私が、殺気だけで下がらされた……?
「目が覚めたか?」
混乱する刀華へ、その男が笑いかけてくる。
その空気に、つい今しがた感じた鋭さはない。だがこちらを見つめてくるその瞳に、まるで胸の奥を覗き込まれているかのような感覚を覚えた。
「試合前だっていうのに、まったく戦う気力が感じられなかったからな」
「っ……」
まさか、見抜かれていたというのか。
いやそれどころか、あの男はこうもあっさりと、こちらの惰気を振り払ってしまったのだ。
刀華は気分が急速に高揚してくるのを感じた。
もしかしたら、この男は――
◇ ◇ ◇
「試合開始!」
その合図とともに、俺と彼女は同時に地面を蹴っていた。
一瞬で彼我の距離がゼロに。
剣と剣が激突して金属音が轟き、そして衝撃波めいた風が周囲に巻き起こる。
ふむ。
どうやらちょっとは本気になってくれたみたいだな。
この刀華とやら、試合前だというのにどうも心ここにあらずという感じだったのだ。
おいおいおい、わざわざ俺を呼んでおいて、それはないだろ?
今までの剣士たちを見習えよ。
そう思って、挨拶代わりに殺気をぶつけてやったのである。
「……なるほど。どうやら貴殿はこれまでの相手とは違うようだ」
幾度も斬撃を交し合いながら、刀華がそんなことを言ってくる。
さすがは〈東洋剣術+8〉。
まるで流れるような動きでありながら、雷を思わせる鋭さで斬り込まれる一撃一撃。気を抜いていると、あっさりと身体を真っ二つにされてしまいそうだ。
しかし偉そうなやつだな。
言っておくけど、俺の方が強いからな?
確かに俺は今回、普段は多用している魔法を使うことができない。
それでも〈剣技+10〉スキルを持っているのだ。
加えて、各能力値でも俺が上。
なんたって、俺はレベル91だからな。
「それで本気なのか?」
「っ……?」
「だとしたら俺に勝つのは百年早いな」
「何っ?」
俺は少しギアを上げた。
手数を増やし、一撃にさらなる重さを加える。
「……っ!」
刀華が瞠目し、俺の勢いに押されてじりじりと後退していく。
「と、刀華様が押されている!?」
「まさか……っ?」
「が、頑張れ、刀華様っ!」
観客たちも驚いているようだ。
この国に来てしばらく時間があったため、町に繰り出したときに色んな人から話を聞いてみたのだが、どうやらこの刀華という剣士、今まで一度も試合で負けたことがないそうだ。
観客の誰もが彼女の敗北どころか、苦戦すらも疑っていなかったのかもしれない。
それはたぶん、彼女自身も。
何だかどこかの誰かさんを思い出すな……。
「くしゅん! ……?」
今、観客席の方からアンジュのくしゃみが聞こえてきた気がした。
アマゾネスの特性のせいで、倒したらいきなり惚れられてしまったんだっけ。
もしかしたら初めての敗北がきっかけで、この子も俺に惚れてきたりして。
まさかなー。
さすがにそれはないかー。
と、ちょっとフラグを立ててみる。
「くっ! これならば、どうだ!」
刀華は大きく跳び下がって距離を取ると、何もない空間を切り裂くように剣を振るった。
「真空裂ッ!」
闘気の刃が飛んでくる。
名称は違うが、〈飛刃〉だな。
俺もお返しで〈飛刃〉を飛ばした。
闘気の刃と刃が激突し、相殺される。
「なっ……まさか、貴殿もこの技をっ?」
「もう一つ、面白いのを見せてやるよ」
言って、俺は地面を蹴った。
さらに空中でもう一度ジャンプ。〈天翔〉というスキルだ。
「空で、跳躍しただと!?」
驚嘆する刀華目がけ、落下の勢いを加えた大上段からの斬り下ろしを見舞う。
すんでのところで回避されるが、俺は着地とともに地面を蹴って追撃。
「さらにもう一つ」
「に、二刀流っ!?」
これまで刹竜剣ヴィーブル一本で戦っていたのだが、俺はもう一本の刹竜剣レッドキールを抜いた。
どちらも両手持ちの大剣だが、今の俺の筋力値であれば片手で扱うことが可能だ。
二刀流が珍しいようで、観客がどよめいた。
「ぐっ……ぬっ……」
二本の剣で俺は一気に刀華を攻め立てる。
耐えるだけで精一杯という印象だ。
うーん、思っていたより一方的な展開になってしまったな。
どうやら俺、ちょっと強くなりすぎてしまったようだ。
「悪いが、そろそろ決着を付けさせてもらうぞ」
「っ!?」
俺は右手の剣で彼女の刀を払う。そしてがら空きになった胴へ、左手の剣を薙ぐ――寸前で止めた。
そうしないと、彼女の胴は真っ二つになっていただろう。
「ま、負けました……」
そのことを理解していたようで、刀華はすぐに敗北を認めた。
◇ ◇ ◇
まさか、この私が負けるなど……。
刀華はしばし、呆然とその場に立ち尽くしていた。
それも手も足も出ないという言葉が相応しいほどの圧倒的な負けだった。
落胆。悔しさ。敗北感。
だがそれ以上に彼女の胸を支配していたのは――
いた! いた! いた!
私よりも強い剣士がいたのだ……っ!
胸が張り裂けんばかりに高揚し、ドキドキドキと強い心拍を奏でる。
「レイジ……っ!」
――求めていた相手に出会えた喜びだった。
・刀華:信仰度 0% → 60%
「はっ!? 新たなライバル出現っ……?」←ディアナ
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