第73話 魅了強制解除方法

「ま、まさか勇者様が……」

「余所見してる場合じゃねぇぞ!」


 敗北を喫した勇者の姿に動揺する教国軍を、王国軍が数に任せて一気に押し潰さんとする。

 勇者が倒された今、エルメスを討つことはおろか、勇者頼みの教国軍にはもはや全滅か降伏の道しか残っていなかった。


 彼らが選んだのは降伏だった。

 そして王国軍の兵士たちによって拘束され、勇者ともども王都へと捕虜として連行されていった。






 戦勝を記念し、王都では大規模な祝典が開催された。

 のみならず、国内の各都市でも連日のように広場や大通りなどに群衆が集い、さながらカーニバルのような雰囲気でこの勝利に酔いしれているという。


 先日就任したばかりにもかかわらず、軍を率いて勝利を飾った若きエルメス王への評価はうなぎ上り。

 元より初代国王以来のダンジョン攻略者として熱狂的な支持を集めていたのだ。今回の一件で、もはや揺るぎない王権を手に入れたと言っても過言ではないだろう。


 それを好機と見て、エルメスは驚くべき行動に出た。


「僕……いえ、わたくしは、実は女として生まれました」


 なんと、女であることを明かしたのだ。

 その事実は驚きを持って迎えられたが、王位継承で争っていた公爵家が先日の事件で取り潰されていたこともあり、真実を隠蔽して王位に就いたことを咎める声はほとんど出なかったようだ。

 もし男性の次期国王を選出するとなっていたとすれば、数世代前まで遡らなければならず、混乱は避けられなかっただろうことも、非難を封じるのに一役買ってくれた。


 さらに、史上初の女王となったエルメス=シルステル――いや、名を改め、ディアナ=シルステルは、これまで慣習的に行われていた王位継承についての法整備を進め、女性でも玉座に付くことが可能にしてしまった。


「ふふふ。これでわたくしも、女として結婚することができるようになりましたよ、レイジさん」


 と、ディアナが俺に意味深な流し目を送ってくるんだが、たぶん気のせいだろーなー(棒)。


「ちょっと、何でまたあんたがここにいるのよ!」


 声を荒らげたのはアンジュだ。どん、と叩いたテーブルは、クラン・レイジの本部の四階にある共同リビングに置かれたものである。


「決まってるじゃないですか。未来の旦――いえ、レイジさんにお会いしに来たのですよ」


 今、あからさまに言い間違えたよな?


「昨日も来てたじゃない!」


 王になって忙しいはずなのに、どういう訳か、ディアナは毎日のように俺のクランの本部を訪ねてきては、一緒に夕食をとっているのである。テレポートが使えるため王宮から一瞬で来ることができるのだが、王宮の料理の方が美味いだろうに。


「大勢で食べた方が美味しいではありませんか。お父様もお身体を壊されて以降、自室で食事をとられるようになってしまわれましたし」

「姉がいるんじゃなかったか?」

「全員、すでに嫁いで王宮を出ていますから」


 反論が切れたのか、アンジュが恨めしげにディアナを睨んで「う~」と唸っている。


「そうそう。ニーナさん、今度騎士団で訓練の一環として模擬戦大会を開催する予定なのですが、優勝者の景品用に武器を作っていただけませんか?」

「もちろんいいのです!」

「ファンさん、実はまた騎士団に剣の指導に来ていただきたいのですが」

「ん、了解」

「ルノアちゃん、また一緒にチロのところに遊びに行きましょう」

「うん! ルノア、チロとあそぶの好きなの」


 ちなみにディアナを毛嫌いしているのはアンジュだけで、ファンもルノアもニーナもこんな感じで普通に接している。

 しばし楽しげに女子トークに花を咲かせていたディアナだったが、不意に声のトーンを落とし、


「ところで、レイジさん。勇者はどうなりましたか?」

「ああ。あいつならもう心配は要らないと思うぞ」


 危険なので即刻死刑にすべきだという声も上がっていたのだが、勇者の身柄は俺が預かっていた。

 同じ日本人だからというのもあるが、それ以上に情状酌量の余地があると思ったからだ。


 というのも、あの哲男くん、どうやら女神に「魅了」されていたらしい。

「魅了」というのは状態異常の一種であり、言葉通り、女神に魅了されて狂信者にさせられていたようなのである。


 恐らくディーンとかいう女神が持つ神スキルの一つなのだろうが、ディーン教の信徒たちは皆、程度の差はあれ、「魅了」の状態異常にかかっていた。

 どうやらこの「魅了」、女神を信奉する信徒たちの言動に触れることで感染していくようで、もしあのまま王都を占領され、教国の属国にされていたとしたら、知らないうちに少しずつ「魅了」されて住民が女神の信徒にさせられていたことだろう。ただし亜人や魔族には効果がないようだが。


「魅了」を解く方法はある。


 祈祷や礼拝をさせないこと。女神のことを考えさせないようにすれば、少しずつ「魅了」は薄れ、正気に戻っていくようだ。

 他の信徒と交流させないこと。どうやら集団でいると相乗効果により、「魅了」の度合いが強くなってしまうらしい。


 最も手っ取り早いのが、黒魔法で洗脳し、強引に女神のことを忘れさせることだろう。ただ、並みの信徒たちであれば、前述の二つで十分だった。


 勇者にかけられていた「魅了」はかなり強いものだった。

 どうやら召喚時に直接会って、彼の劣等感と性欲に強烈な衝撃を与えたらしい。


 そんな訳で、俺が施した治療法は、女神以上の衝撃を与えてやるということだった。


 具体的に言うと、国中から最高の娼婦を集め、彼にあてがってやったのだ。

 最初は「ぼぼぼ、僕のハジメテは女神様に捧げるんだ……ッ!」などとかなり抵抗したが、裸体の美女に下半身を刺激されるとすぐに大人しくなった。

 そして連日連夜、時には昼間から、経験豊富な美女たちとのセッ○ス、セッ○ス、セッ○ス……。


 その結果――


「あ、お久しぶりです、エルメス陛下! いや、今はディアナ陛下でしたね!」


 冴えない青年だった哲男くんは、あの貧相な顔立ちが嘘のように今や肌がつやつやしていて、言葉もハキハキ、明るい好青年へと変貌を遂げていた。


「ゆ、勇者……なのですか?」


 その変わりぶりに目を丸くするディアナ。


「あの時は本当に失礼しました! 兄貴のお陰で僕は生まれ変わりましたよ!」

「そ、そうですか……それは、良かったです」

「いやぁ、それにしてもお綺麗ですね。こんな美女を殺そうとしていたなんて、当時の自分をぶん殴ってやりたい気分ですよ!」


 女性を前にしても臆することがなくなった哲男くんは、絶世の美女と言っても過言ではないディアナを前にしても以前のように緊張で言葉を詰まらせることもなかった。


 むしろ最近、ちょくちょくクランに所属している女性冒険者を口説こうとしていたりして、色々と油断できない。成果は上がっていないようだが。まぁ好青年になったとは言っても、残念ながら容姿はアレだからな。

 ちなみにファンやアンジュにも言い寄って、あっさりフラれたそうだ。


 女神の「魅了」から解放してやったばかりか、童貞まで卒業させてくれた俺のことを、彼は兄貴と呼んで慕ってきている。


・タナカ=テツオ:信仰度65%


 彼が持っていた固有スキル〈女神の祝福〉は、「魅了」の解除とともに失われてしまっていた。ただ、今まで獲得した経験値や熟練値はそのままなので、俺に膨大な経験値と熟練値が一気に入ってきた。


 そんな勇者を単身で打倒して王国を救ったことにより、俺の信者数はめちゃくちゃ増えた。

 俺のレベルは今や91にまで上がり、勇者より遥かに強くなっている。


 ちなみに現在の総信者数は――




『やっほ~ん、おひさ~❤ 少し見ないうちにまた信者が増えたねッキャピ☆』


 また唐突に現れやがった……。

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