第74話 女神と邪神

『元気にしてたかにゃー? みんにゃ大好き、世紀のアイドル、超絶美少女天使のハルエルちゃんまたまた登場ですにゃ!』

「おい、その語尾やめろウザい。殴り殺したくなる」


 久しぶりに俺の頭に念話を飛ばしてきやがった自称天使に、俺ははっきりと言い捨てる。


『ちょ、相変わらずハルエルちゃんには厳しいよね!?』

「生憎、俺は俺の信者か信者になりそうな奴にしか優しくしない性質なんだよ。それより今度は何の用だ?」

『いやね、一応、礼を言っておかないとと思ってさー』

「礼? 何の?」

『勇者を倒してくれたことについてダヨー』

「勇者の存在は都合が悪かった、ということか。……まぁ当然だよな、女神ソリア?」

『っ……』


 念話越しにも相手が息を呑んだのが分かった。


 この世界では複数の神が信仰されていて、どの神にも優劣はないというのが一般的な考え方である。そのため、神同士は共栄関係にあるという。もちろん、ある神を信仰することで他の神への信仰心が下がることも多少あるにはあるが、基本的には神同士が対立することはめったにない。


 だが女神ディーンは違う。

 何より女神ディーンが持つ「魅了」の力は、他の神々から信者を奪う厄介なものだった。

 どうやって勇者をこの世界に召喚したのかまでは知らないが、拡大していくディーン教を前に、この王国内に信者たちを持つ神々は焦ったことだろう。


 とりわけ、この地域の管理を任されていた女神ソリアは。


『……い、嫌デスネ、ソンナワケナイジャナイデスカー』

「何でカタコトなんだよ。動揺し過ぎだろ」


 女神ソリア。

 俺が転生時に殺し、〈死者簒奪〉によってその力を奪った――というのはすべて、頭のおかしい自称天使から聞いた話でしかない。


『……ま、前に言った通り、女神様は死んじゃってマスヨ? その証拠に、君には神スキルがあるじゃないデスカ?』

「いや、必ずしもそうとは限らない。〈賜物授与〉があるだろ? お前は〈賜物授与〉を使い、俺に神スキルの一部を授与したんだよ。その後、俺の記憶を消し、ついでにこれも神の力なんだろうが、俺のステータスの種族と称号をいじったんだ」

『……』


 そもそもおかしいと思っていたんだよ。

 女神ディーンが召喚し、三百年ぶりにこの世界に現れた勇者。

 そいつを倒して神々の信者たちを救ったのが、すぐ隣国に現れた邪神だなんて。


「偶然では片付けられないだろ」


 つまり俺が言いたいのは、勇者を倒すために、女神ソリアは己の力の一部を分け与えて俺をこの国へと転生させたのではないかということだ。

 恐らく地上には直接手を出すことができないがゆえに、俺を利用したのだろう。そしてそんなことも露知らず、俺はまんまとこいつの目論見通りに勇者を倒してしまった。


『……ハァ。仕方ないですねー』


 不意に声のトーンが変わり、溜息交じりの念話が聞こえてくる。


『ほぼほぼ君の言う通りですよ。私が女神ソリア。今回の手はぶっちゃけ禁じ手すれすれのものだったので、できれば他の神たちはもちろん、君にもずっと隠しておきたかったんですが。 ほら、神格をただの人間に付与しちゃうとか、どう考えてもヤバいでしょ? まぁ、バレちゃったなら仕方ないですね』


 自称天使は、あっさりと自分が女神ソリアであることを認めた。


「別に俺にまで隠す必要は無かったんじゃないか? わざわざ記憶を消してまで」

『いえね、もしこれがバレたときは君を生贄に難を逃れ――おっと』

「そこまで言ったら最後まで言い切れよ」


 この禁じ手とやらが他の神たちに知られた場合は、女神を殺した俺にすべての責任を擦り付けつつ、自分は何も知らない天使を装って逃げ延びようと考えていたらしい。

 果たしてそんな言い逃れが可能なのか分からないが、女神のくせに姑息な奴だな。


「……で、どうするんだ? だったらまた俺の記憶を消すか?」

『いやー、そうしたいのは山々なんですけど、あれはあのときしかできない技なんですよねー。前にも言いましたけどね、天界にいる私らって地上への干渉が極端に制限されてるんですよ』


 基本的にはこいつが俺に直接危害を加えることはできないらしい。


「じゃあ俺から神スキルを取り返すか? それなら可能なんだろう?」

『とりあえず今のとこ、そんなつもりはないですよ。ていうか、そもそも君の私への信仰度が0%である以上、したくてもできないんですよねー』

「ん? ちょっと待て。じゃあどうやって俺に授与したんだ?」


 俺は〈神眼〉で他人の俺に対する信仰度を見ることはできるが、俺自身の他に神に対する信仰度を見ることはできないのだ。……まぁこいつへの信仰度が0であることは確かめなくても分かるが。しかしこれだと、先ほどの俺の推理が間違っていたことになってしまう。


『〈賜物授与〉が+4まで上がれば、相手が信者じゃなくてもスキルを授与できるんですよ』

「ああ、なるほどな」


 神スキルはなかなか熟練値が入ってこないため、俺はまだ+2だった。


『……まぁ、生贄作戦は失敗ということで、ちょっと面倒ですけど、万一に備えて根回ししておきますかね……。と言っても、あくまで万一のときのための保険ですけどね。万に一つもバレない……はず』


 女神ソリアは深々と嘆息する。


「てことは、これからも俺は邪神として好き勝手生きて良いってことだな」


 って、待てよ……?

 女神を殺してないってことは、俺はそもそも邪神じゃない……?


「……ま、まさか俺は……邪神じゃなかったのか……?」


 マジかよ……。


『いや頭抱えて愕然としてますけど、君、ぶっちゃけまったくもって邪神っぽくなかったですよね? むしろ普通に善神だったでしょ? 魔物から同業者を救ったり、オークの群れから街を護ったり、孤児院を無償で建て直したり、貧民街のギャングたちを更生させたり、王子を逆賊から守ったり、侵略を防いだり』

「べ、別に善意でやったわけじゃないんだからなっ」


 そう、すべては俺自身のためにやったことである。

 善意なんてないったらない。


『まぁ、そういうことにしておきますかねー』


 何やら生暖かい視線を感じる気がするが、きっと気のせいだろう。


『だけど安心していいですよ。君、しっかり邪神ですから』

「マジか!」

『……そこ、そんなに喜ぶところですかね? まぁいいですけど』

「しかし女神を殺してないのに俺は邪神なのか?」

『そこはですねー、実は君の前世のことが関係してて――あっ』

「どうした?」

『これから合コンでした! すぐに出ないとなー。という訳で、また今度』

「おいこら、幾ら何でもワザとらしいだろ! 俺の前世が何だってんだよ! 気になるだろ!」

『さいなら~』


 ぷつん。


 ……切れた。

 あのクソ女神が。


 俺は前世のことをあまり覚えていない。

 特に、自分のことに関しては完全に記憶がない。

 俺が邪神であることには、前世が関係しているような口ぶりだったが……。


 まぁいい。

 考えても分かるようなことじゃないしな。


 どのみち俺がやることは変わらない。

 もっと信者を増やしていくことだ。








 総信者数:42693人(人外含む。以下同)


 信仰度内訳

  90%以上:6人

  80%以上90%未満:12人

  70%以上80%未満:57人

  60%以上70%未満:239人

  50%以上60%未満:834人

  40%以上50%未満:1540人

  30%以上40%未満:3789人

  20%以上30%未満:6548人

  10%以上20%未満:10577人

  1%以上10%未満:19091人

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