第71話 勇者VS邪神
「陛下っ! ――っ!?」
エルメスを護らんと、勇者たちの前に立ちはだかろうとしたシルステル王国の騎士たちだったが、足を縫い付けられたようにその場から動くことができなかった。
「じゃ、邪魔だと言ってるだろっ。め、女神様は人間族の母っ……じ、慈悲深くて、むやみに我が子を殺すことは好まれないんだっ。だ、だけどっ、僕の邪魔をするというのなら話は別だぞっ」
「た、たとえ全員で挑んだとしても、勝てるわけがない……」
「あれが、伝説の勇者、なのか……? 桁が、違いすぎる……」
騎士たちがわなわなと唇を震わせ、瞳から戦意が失われていく。そして次々とその場にへたり込んでいった。中には気を失ったり、失禁したりしている者すらもいる。
恐らく勇者の持つ〈威圧〉スキルの効果だろう。……それがなければ、コミュ症の冴えないテツオ君が喚いているだけにしか見えない。
勇者はエルメスへと視線を移した。
「っ……」
それだけでエルメスが息を呑み、身体をがたがたと震わせる。
「お、お前がエルメス王だなっ。あ、あ、改めて言うっ。わ、我らが唯一絶対の女神、ディーン様に帰依すると誓えっ。そそ、そうすれば、その身の安全だけは保障してやるっ……」
「こ、断る! 我が国は特定の神のみを祀り、他の神々を蔑にするような教えには従えない!」
エルメスは勇者の威圧に抗い、その要求を毅然と突っ撥ねた。
勇者は小さく嘆息し、そして告げた。
「な、ならばっ、死ねっ」
猛然と躍り掛かってくる。
「テレポート」
「――っ!?」
うお、マジか。これを躱すのか……。
転移魔法から奇襲を仕掛けたんだが、勇者に防がれてしまったのだ。〈第六感〉スキルのお陰かもしれない。
だが相手の体勢を崩すことには成功した。
さらに俺は一気に畳みかけた。
二本の剣を振るって苛烈に攻め立てるが、勇者は剣一本で俺の猛攻を凌いでいく。
「……っ、なな、何者だっ?」
「プラズマフォール」
少なからず動揺している勇者の誰何を無視し、俺は上級の雷魔法を発動。滝のごとき落雷が勇者を襲う。
だがこの程度で倒せる相手ではない。
「テレポート」
再び転移魔法を使い、雷を耐え切った勇者の背後へ飛ぶと、背中を思いきり斬りつける。
「がっ……」
「ハイグラビティ。からの、シャドウスランプ」
吹き飛ぶ勇者が超重力に捕らわれて地面に叩き付けられ、さらに闇魔法により動きを縛る。
「インフェルノ」
そこへ上級の火魔法を放つと、勇者の全身が猛火に包まれた。
「やったか……?」
と、あえて呟いてみる。絶対やってない。
直後、地獄の炎が弾き飛んだ。
火炎の中から、不死鳥のごとく勇者(冴えない青年)が現れる。
「……お、驚いたっ。ま、まさか、勇者であるこの僕に、ここまでのダメージを与えられる奴がまだいたなんてっ」
とか言いつつ、ほとんど無傷なんだが。
うーん、結構本気で攻撃したんだけどなぁ。
「だ、だけど、女神様に導かれた勇者である僕の前ではっ……所詮、誰もが有象無象の一人に過ぎないんだっ」
自分に言い聞かせるように呟くと、勇者は目を大きく見開いた。
「ぷ、プラズマフォールッ!」
先ほどのお返しのつもりか、俺と同じ上級の雷魔法を発動してきた。
「ぐっ……」
俺は闘気を全開にして身を護る。〈魔法耐性〉スキルもあるので、それほど大きなダメージではない。
だがその隙に勇者が肉薄してきていた。
雷で覆われた剣を二本の剣を交差して受け止める。凄まじい衝撃。俺は後方へと吹っ飛ばされた。
勇者はすぐさま追撃してくる。
現在の俺のレベルは58。対して、勇者のレベルは72。
俺は色々とスキルによって身体能力がかなり強化されているが、それは勇者も同じ。特に固有スキルである〈女神の祝福〉の影響は大きいようで、俺と勇者のステータス値はかなりの開きがあった。
〈剣技〉スキルは俺が+8で勇者が+7とほぼ互角。魔法系のスキルもほぼ互角だが、多彩さでは俺が勝っているものの、〈無詠唱〉スキルの+値が高い勇者の方が発動が早い。
明確に俺が有利なのは、防御系のスキルが充実している点くらいだろうか。〈物攻耐性+8〉と〈頑丈+7〉、さらには〈自己修復+6〉があるし、そう簡単には致命傷を受けることはないはずだ。
A:勇者の斬撃を喰らうことは推奨しない。下手をすれば即死。
マジか。
どうやら勇者の装備のせいらしい。
タナカ=テツオ
装備:ディーンの剣(女神の加護を受けた、勇者だけが装備可能な剣。オリハルコン製。稀少度レジェンダリー)
装備:ディーンの鎧(女神の加護を受けた、勇者だけが装備可能な鎧。オリハルコン製。稀少度レジェンダリー)
おいおい、至れり尽くせりだな。
俺の攻撃がまるで効いてないのも、この防具のせいのようだ。
俺は完全に劣勢に立たされていた。防戦一方だ。
さすがは勇者である。正直なところ、今の俺では倒せそうにない。
――今の俺では、な。
「あ、あの傭兵は誰だ!? 押されているとは言え、あの勇者と渡り合っているぞ……っ?」
「冒険者か……っ!?」
と、そのとき勇者を前にして戦意を失っていたシルステル王国の騎士たちの間から、そんな声が聞こえてきた。
さらに、誰かが言った。
「あいつ、もしかしてエルメス王の愛人とされる冒険者じゃないか?」
違います。愛人じゃないです。
「そうだ、Aランク冒険者のレイジだ……」
「レイジ……っ! そいつって確か――」
「エルメス王と共にダンジョンを攻略したっていう、あのAランク冒険者のレイジだ……っ!」
俺の名前が瞬く間に騎士たちの間に広がっていく。
いや、騎士団の方だけではない。後方に陣取っている傭兵団の方からも、もっと熱狂的な声とともに俺の名が聞こえてきた。
「レイジ! 負けるんじゃねぇぞ!」
「レイジ君! 頑張れぇぇぇ!」
「レイジさん! ファイトです!」
「師匠ぉぉぉっ!」
クラン・レイジに所属する冒険者たちだ。さらにそれに呼応するように、騎士団の方からも次々と声援が上がる。
「レイジ!」
「レイジ!」
「レイジ!」
鎮火しかかっていた戦意の炎が、再びシルステル王国軍の兵たちの間に灯り始めていた。
「……ど、どうやら、それなりに名の知られた人みたいだね……。だ、だけど、どうあがいても、ぼ、僕には勝てないよ。なぜなら、僕は女神様に導かれた勇者だからだ……っ!」
口角を引き攣ったように吊り上げ、嘲弄してくる勇者のテツオ君。
……勇者ねぇ。
確かにそこらの有象無象程度では相手にならないだろう。
けど生憎、こっちは神なんだよな。
邪神だけど。
――騎士団の中には、俺のことをよく思っていない者が多い。
アルフレッドたち一部の騎士たちの謀反からエルメス王を護ったのが、騎士団とは犬猿の仲にある冒険者だったのだ。ぶっちゃけ逆恨みではあるが、色んな意味で面目を潰された騎士たちの感情も分からないでもない。
しかしなんとも現金ではあるが、そんな彼らもこの絶望的な状況にあっては、単身で勇者とまともにやり合っている俺のことを認め、縋るしかないだろう。
セビッチ:信仰度 0% → 15%
ヤコル:信仰度 0% → 10%
アブラハ:信仰度 0% → 25%
ローゼ:信仰度 0% → 10%
ヤースル:信仰度 0% → 15%
メウソル:信仰度 0% → 10%
ハンバルガ:信仰度 0% → 5%
ジャコビツ:信仰度 0% → 15%
マール:信仰度 0% → 35%
ケイ:信仰度 0% → 25%
ダニエル:信仰度 0% → 15%
ハビウソン:信仰度 0% → 25%
アリス:信仰度 0% → 5%
レレロロ:信仰度 0% → 30%
ラットル:信仰度 0% → 5%
――つまり。
今まで俺の信者ではなかった騎士たちが、今この場で次々と信者になっていってくれるということ。
レイジ
レベルアップ:58 → 61
スキルアップ:〈剣技+8〉→〈剣技+9〉 〈召喚魔法+2〉→〈召喚魔法+3〉 〈動体視力+4〉→〈動体視力+5〉 〈集中力+4〉→〈集中力+5〉 〈気配察知+2〉→〈気配察知+3〉 〈指揮+4〉→〈指揮+5〉
さーて、信者獲得&レベルアップ祭りと行きますかね。
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