第69話 勇者

 シルステル王国の東の国境を守護するリーツアル砦。

 これまで鉄壁を誇っていたこの堅牢な砦が、たったの一時間足らずで聖ディーナルス教国軍によって攻略されてしまったという。

 それを率いていたのが、


「〝勇者〟と名乗る若者らしい」

「勇者、か……」


 俺は今、エルメス王から王宮に呼び出され、彼の口から直接戦況を聞かされていた。


 勇者。

 神に選ばれ、世界の秩序を取り戻すために戦う者。英雄の上位存在。

 現在、聖ディーナルス教国にいることは〈神智〉のお陰で掴んでいたし、不穏な動きをしていることも知っていたが、ついにこの国にまで攻めてきたらしい。


「勇者を名乗るその戦士の強さは圧倒的で、単身砦に乗り込み、砦を守護していた何百という我が国の兵たちを斬り伏せたそうだ」


 まぁステータスのあるこの世界の場合、一人の戦力が戦況を大きく覆すなんてことざらだもんな。


 勇者率いる聖ディーナルス教国軍は、砦を占領したまま動かず、代わりに王宮へ使者を送ってきたそうだ。


「彼らの要求は要約すると、女神ディーンに帰依し、教国の傘下に下れ、さもなければ王都に攻め入る、という何ともふざけたものだった」


 大国であるシルステル相手に随分と強気だが、実際、それを成せる自信があるのだろう。


 聖ディーナルス教国は小国だ。

 シルステルと比較すれば、人口は十分の一程度。山間部の国で経済力も乏しい。


 彼らの武力であるディーン聖騎士団は、唯一神と崇める女神ディーンのためならば命を惜しまない精強な軍隊として知られていたが、それでもその戦力は、シルステル王国が有する騎士団に遠く及ばない。

 しかしその戦力差を覆すだけの力がたった一人の勇者にあると、彼らは見ているのだ。


「無論、そんな要求を受け入れることなどできない。即刻、砦からの退去と賠償を強い態度で要求したんだけど、やはりその程度で退くはずもなく……」


 そして砦を出発し、連中は王都への進軍を開始したそうだ。

 相手の兵数はディーン聖騎士団を主力とする約三百。

 それをシルステル側は、王都の東に広がっている平野地帯で、シルステル王国騎士団のおよそ二千人を持って迎え撃つつもりだという。


 前世の戦争の感覚で言えば少数に思えるが、ステータスのせいで個人の戦闘能力の差が雲泥のごとくあるこの世界において、戦いは少数精鋭の方が色々と都合がいいのである。後方支援は別として、民間人から徴兵されることはほぼない。いても経費を喰うくせにまったく戦力にならないからな。


 ただ、傭兵は別だ。

 特に冒険者は、戦時に傭兵として重用されることが多い。冒険者の中には、たった一人で戦況を左右できるほどの戦闘能力を有する者もいるしな。


 敗北は許されない上、敵には勇者がいる。となると、たとえ人数で勝っていたとしても、少しでも戦力を増やして望みたいところだろう。


「……という訳で、現在、冒険者ギルドに傭兵募集の依頼を出してはいるんだけれど……まるで集まらず……」

「騎士団と仲が悪いもんなぁ」


 この国において、騎士団と冒険者は犬猿の仲。


「騎士団側としても、自分たちだけで十分だ、冒険者の手など借りる必要はない、と主張している者が多くいて……」


 自身、女冒険者ディアナとしてAランクまで上り詰めたエルメス王は、複雑そうな顔で言う。


「で、俺のクランに力を貸してほしい、と」

「その通り。話が早くて助かるよ」


 現在、クラン・レイジには三十一のパーティと百五十人を超える冒険者が所属している。その中にはBランク以上の冒険者も増えてきている。俺たちが挙って傭兵募集に応じれば、迷っている冒険者たちの大きな後押しになるに違いない。


「分かった。すぐに全団員に指示を出そう。ただし、強制はできないけどな」

「ありがとう! やはり君は頼れる男だ! 愛してる!」

「だから男の姿でその台詞はやめろって!」


・エルメス:信仰度 75% → 80%


 なんか最近、エルメスの信仰度が上がりまくってるんだが……。



   ◇ ◇ ◇



 聖ディーナルス教国の純白の国旗が見えた。

 先んじて平原に展開していた騎士団と傭兵団から成るシルステル王国軍に緊張が走る。


 少しして、白銀の鎧を纏う敵軍の姿が見えてきた。よく晴れた日であれば、陽光を反射してピカピカと煌めいていたことだろう。


 今にも泣き出しそうな曇天の空の下。

 ついに両軍の戦いが始まろうとしていた。


 聖ディーナルス教国軍は数日前にリーツアル砦を出発し、それから真っ直ぐ王都に向かって進軍してきた。

 彼らにとっては唯一無二のディーン教の教えもあって、途中の村や町での略奪行為を行うこともなかった。ただ、近年、ディーン教が周辺国にまで浸透し、少しずつ信者を増やしてきていたこともあって、シルステル国内にいる信徒たちから食糧などの補給を受けていたようだ。


 一方のシルステル王国は、連中が自国内を進軍していく様を、ただ指を咥えて見ていただけではない。

 幾度となく少数部隊での奇襲を仕掛け、少しずつ教国軍の戦力を削ろうとした。だがその悉くが失敗に終わっていた。


 いずれも勇者のせいだ。

 恐らく高い察知スキルを有しているのだろう。お陰で勇者に対する恐怖心が、王国軍内に広がりつつあった。


 王国軍は前方に騎士団、後方に主に冒険者からなる傭兵団という形で展開している。

 総指揮官として自ら戦場に出向いたエルメス王は、ちょうど騎士団と傭兵団の間に挟まれる場所にいた。


 俺がクランメンバーたちに呼びかけたこともあり、王国各地から冒険者が集まってきて、傭兵団は五百人に迫るほどの規模となっていた。特に亜人の冒険者が多いのは、彼らにとって、人間族こそ最も優れた種族であるとするディーン教の教えは、到底受け入れがたいものだからだ。


 兵数差は八倍を超す。

 ゆえに平原の向こうから現れた教国軍三百は、こちらから見ると随分と貧弱に思えた。

 そのせいか、勇者の存在に怯えつつあった味方も、戦意を持ち直したように見える。


「勇者はどこ?」

「分かんないわね。全員ピカピカしてるし」


 ファンとアンジュが目を凝らして敵軍を眺めている。ちなみに先日の昇格試験でファンはBランクに、アンジュはAランク冒険者になっていた。

 なお、さすがに戦場に子供を連れてくるわけにもいかず、また死人が多数出ると予想されることから教育上もよろしくないと考え、今回、ルノアは従魔たち(ただし、メタルスライムのスラじだけ俺のポケットの中)と一緒にお留守番だ。

 それに、悪魔族を憎み、自分を殺そうとしたディーン教徒などとあまり顔を合わせたくないだろう。


「……来るぞ」


 そのとき遠くで鬨の声が上がったかと思うと、教国軍がいきなり突撃を敢行した。真正面から王国軍にぶつかってくるつもりらしい。

 正直言って普通なら無謀な策だと嘲笑うところなのだが、しかしさすがにそんなに愚かな相手ではないようだ。


 その先頭を走る人物。

 他と同じ白銀の鎧を身に纏ってはいるが、一般兵のそれとは明らかに輝きが違う。


 そしてその容貌もまた、神話に語られる英雄めいた金髪の美丈夫――――ではなく、貧相な顔立ちをした冴えない青年だった。

 ……日本人の。



タナカ=テツオ 21歳

 種族:人間族(ヒューマン)

 レベル:72

 固有スキル:〈女神の祝福〉

 武技スキル:〈剣技+7〉〈体技+5〉〈槍技+4〉〈弓技+4〉

 魔法スキル:〈火魔法+5〉〈風魔法+5〉〈雷魔法+6〉〈光魔法+4〉〈結界魔法+5〉〈聖魔法+6〉〈回復魔法+4〉

 魔法補助スキル:〈無詠唱+5〉〈高速詠唱+2〉

 攻撃スキル:〈飛刃+5〉〈衝撃波刃+5〉

 攻撃補助スキル:〈魔法剣+5〉

 防御スキル:〈物攻耐性+4〉〈毒耐性+3〉〈魔法耐性+3〉

 移動スキル:〈隠密+4〉〈天翔+4〉

 身体能力スキル:〈怪力+5〉〈動体視力+5〉〈俊敏+5〉〈柔軟+5〉〈回避+4〉〈嗅覚+4〉〈聴覚+4〉〈持久力+4〉〈自然治癒力+5〉〈頑丈+4〉〈集中力+3〉

 探知スキル:〈気配察知+4〉〈第六感+5〉〈魔力探知+4〉

 心理スキル:〈忠誠+8〉〈勇敢+3〉〈闘志+5〉

 特殊スキル:〈闘気+5〉〈並列思考+4〉〈幸運+6〉〈戦意高揚+6〉〈威圧+5〉

 称号:女神ディーンに召喚されし勇者

 状態:魅了

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