第68話 名誉騎士
ダンジョンを攻略し、アルフレッドの謀反を鎮圧してから数日が経った。
王家に次ぐ力を持っていた公爵家が起こした暗殺未遂事件と、それによる公爵家の取り潰し。
下手をすれば国を揺るがすほどの大事件ではあるが、第一王子による初代国王以来のダンジョン攻略成功という世紀の大武勲を前に、あっさりと埋没してしまった。お陰で内外の動揺は最小限に抑えることができたという。
そして今日、ついにエルメス王子が新たな国王として即位することとなった。
王宮前の広場には、新国王の姿を一目見んと、凄まじい数の人たちが集まっている。
戴冠式を終えた後、そのお披露目も兼ねて、新国王が国民に向けて就任演説を行うというのがこの国の習わしらしい。
「こうして無事に王位に就けたのは君のお陰だ、レイジ。感謝している」
で、これから演説を行うまさにその国王陛下様が今、俺の目の前でイケメンスマイルを浮かべていた。もちろん今は男性モードである。
「その恩に付け込んで、こんな無理を言ってしまって悪いな」
「いや、これくらいは大したことじゃない。元より僕の私的な護衛の報酬だけではなく、何らかの形で公的な褒賞を出すべきだと思っていたところなんだ。むしろこんなことでいいのかと思っているくらいだよ。……おっと、そろそろ時間のようだ」
エルメス新国王は大歓声に迎えられ、広場に集った国民の前に姿を現した。
そして熱の籠った演説が終わると、さらなる大歓声と拍手が巻き起こる。
「さて、実は今日この場で、ある人物の表彰を行いたいと思っている」
ようやく喝采が収まり始めた頃、エルメスはそう切り出した。
「この度のダンジョン攻略、幾多の困難が僕の前に立ちはだかった。凶悪な魔物たち。トラップ。過酷な環境。……途中、味方に裏切られるという最大の危機もあった! しかしそれらを乗り越えて、僕はついに初代以来三百年ぶりとなるダンジョン攻略を成し遂げることができた!」
わっと、再び観衆が湧く。
「だが、それは僕だけの力では絶対に成し得なかっただろう! 味方の裏切りに遭う中、我が身を省みず僕を護り、そしてダンジョンの最奥まで共に戦ってくれた人がいたんだ! すでに噂で伝え聞いている者もいるかもしれない。だが改めて、彼の貢献とその勇気を皆の前で讃えたい!」
そしてエルメスは俺の名を呼んだ。
「Aランク冒険者レイジ! 我が親友にして最強の戦士よ!」
一際大きな歓声が上がる中、俺は壇上に上がってエルメスの前に跪いた。
あ、ちなみに俺、Aランクに昇格しました。今回のダンジョン攻略の成果でAランクの昇格試験を受けることができるようになったので、即行で受験した。さすがに国王直々に表彰されるってのに、Bランク冒険者じゃ箔が付かないしな。
「その多大な功績に応え、今ここで我が国の名誉騎士に任じる!」
名誉騎士。
任じると言っても、実際には称号みたいなもので、これから俺が騎士として活動しなければならなくなるわけではない。
普通は騎士団員の中でも相当な実績を上げた者にしか与えられず、与えられるにしても退職時や殉職時が多いため、俺くらいの年齢で名誉騎士になるのは異例中の異例と言えるだろう。
ちなみに別に俺の方から「名誉騎士にしてくれ」と言ったわけではない。俺は単に「国王直々に表彰してくれたら嬉しいな。できるだけ大勢の前で」と言ってみただけだ。
そしたら勝手にエルメスの方から名誉騎士の話を持ってきてくれ、しかも就任演説時に表彰してくれることになったのである。
くくく……これでますます俺の信者が増えるぜ。
まぁ敵も増えるだろうけどな。ただ敵が増えたとしても、経験値がマイナスになったりすることはないのでまったく問題ない。
ちなみに現在、俺は〈執筆〉スキルを活かし、今回の冒険の記録をカッコいい英雄譚風に小説化しようと試みている。これを国家権力の後押しを受けて大々的に売り出せば、きっとさらに俺の信者が増えることだろう。
◇ ◇ ◇
就任演説の効果は予想以上のものだった。
その翌日からクラン本部へ、入団希望者たちが殺到したのだ。しかも王都どころか、他都市を拠点にしていた冒険者たちも続々とやってきた。中には国外からも噂を聞き付けてやってくる冒険者もいるほどで、しばらくの間その対応に追われることになった。
各都市への弾丸ツアーも決行し、入団試験を連続して開催した。まぁ〈千里眼〉とロングテレポートのコンボで移動は一瞬だったが。
ちょっと合格基準をこれまでより厳しくした。あんまり一度に多くのクランメンバーを獲得しても、現状、彼らを管理する者が不足している。段階的に増やしていく必要があるだろう。
と言っても、クランはあくまでパーティ同士の緩やかな相互扶助的繋がりでしかないため、そんなに厳しくメンバーたちを監督するつもりはないが。
冒険者だけでなく、一般市民からの反響も大きい。
お陰で貧民街にあるはずのクラン本部に、連日のように観光客が訪れる。ちょっとした観光名所の一つになってしまったのだ。
ちなみに貧民街に幾つかあったギャングだが、その大半が解散してしまった。
〈神眼〉で俺が才能を見極めてやったお陰で、わざわざ危険な犯罪に手を染めなくとも、まっとうな手段で金を稼げるようになったせいだ。
中にはクラン・レイジの実質的な傘下に入り、事業を展開してクランの運営資金をがっぽり増やしてくれているギャングもある。もはやギャングじゃないな。
そんなこともあって、クラン・レイジはいつの間にか総合商社みたいになっていた。王侯貴族からの信頼も厚く、人材も資金も豊富となれば向かうところ敵なしである。
貧民街の住民の中には、才能を埋もれさせている奴が結構沢山いた。それを見出して、能力を発揮できる仕事に就かせてやる。感謝される。信者が増える。俺の経験値と熟練値も増える。まさにWINWIN。
クラン本部を建てた頃は死人のようだった貧民街の住民たちが、いつしか生気を取り戻していた。街としても活気が満ちてきて、最近ではここで店を開く者も増えてきている。老朽化していた建物も建て直しや改築がされ出しているし、いずれ王都の他の地区に負けない街並みへと変わっていくだろう。
貧民街のことは、国としても頭を悩ませていた問題だったらしい。
エルメス王に呼び出され、貧民街改善の功績でまたしても表彰された。
「本当にあなたには驚かされてばかりです」
謁見の間で表彰を受けた後、俺はエルメス王の私室へと呼び出された。今は男だと誤認させるための指輪を外し、ディアナの口調に戻っているが。
「あれからチロのところにも行ってるらしいな」
「はい。レイジさんに転移魔法を使えるようにしていただいたお陰です。国王になった今、わざわざダンジョン最下層まで各階層を突破していく時間など取れませんし」
俺は〈賜物授与〉を使い、彼女に〈時空魔法〉のスキルを与えていた。ディアナの〈時空魔法〉スキルの成長速度はEだったので、一生かかっても中級の時空魔法であるロングテレポートを習得することはできなかっただろう。
そのせいで俺は〈時空魔法+4〉から〈時空魔法+1〉になってしまったのだが、ルノアが頑張って熟練値を上げてくれたため、今は〈時空魔法+3〉にまで戻っている。
ちなみに一度ロングテレポートを使った経験があったからか、〈時空魔法+1〉の段階でも一応は発動することができた。ただし転移先が大幅にズレてしまったが……。
「せっかくですし、一緒にお風呂に入って行かれませんか?」
「……何を言っているのか分からないんだが……?」
「大丈夫ですよ。――ほら、僕は男だから」
「都合のいいときだけ指輪を嵌めないでくれないか?」
「国王とは言え、僕も年頃。やはり男性の身体に興味があるんだ。だがこの秘密がある以上、僕にはなかなかその欲を満たすことができない」
「それ男のときに言うのやめろって!」
……最近、ディアナの俺へのアプローチが積極的過ぎるんだが。
実は微妙に王宮内で噂になっているらしい。エルメス王子は男色で、俺が彼の愛人なのではないかと。……やめてほしい。
・エルメス:信仰度75%
そんな感じで、俺は順調にシルステル王国内に信者を増やしていた。
しかしある日、急報が舞い込んできた。
どうやら聖ディーナルス教国の軍隊が、勇者に率いられてシルステル王国領へと攻め込んできたらしい。
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