第67話 アルフレッド

「まずは貴様からだ、エルメスッ!」


 アルフレッドは怒号を上げ、国王を護るように立つエルメスへと躍り掛かった。

 彼我の距離を一瞬で詰めると、これまで幾多のモンスターを屠ってきた愛槍で刺突を繰り出す。


 キィン、と澄んだ音が響いた。


「なっ?」


 アルフレッドは我が目を疑う。

 エルメスの胸を貫くと確信していた己の一撃が、寸前であっさりと弾かれたのだ。

 それを成したのはエルメス自身だ。いつの間にか腰に差していた剣を抜き、救い上げるような斬撃でアルフレッドの槍を跳ね上げたのである。


「はっ、少しはやるようになったようだな」


 アルフレッドはいったん跳び退りつつ鼻を鳴らす。どうやら自分は従兄の実力を測り間違えていたようだ。考えてみれば、最後にエルメスに剣の稽古を付けてやったのは、もう何年も前のこと。あの当時の感覚で対峙しては痛い目を見るかと、アルフレッドは相手の実力を上方修正した。


「だが俺に挑むには十年早ぇよ」


 目の前の王子に力の差を見せつけてやりたい気持ちを堪え、次の一撃で仕留めようと定める。

 あまり時間をかけてしまっては騎士団の救援が来てしまう。その前に王と王子を片付けなければならないのだ。


「死ね、エルメスッ!」


 アルフレッドは鋭い踏み込みとともに、今度こそ渾身の刺突を放った。エルメスの薄い胸部など、いとも容易く粉砕――


 ――することはなかった。


「な……んだと……?」


 アルフレッドの全力の攻撃は、またしてもエルメスの剣によって防がれていた。

 しかも針の穴を縫うかのような正確さで、槍の穂先を剣先によって受け止めていたのだ。

 刺突を刺突で防いだのである。これは正確さだけでなく、相応の腕力もなければ不可能な芸当だ。


 いや、防ぐどころか、エルメスの剣先はアルフレッドの槍の穂先を半ばまで斬り裂いていた。

 だというのに、エルメスの剣の方には刃毀れひとつない。


 馬鹿なっ……俺の槍はこの国最高の鍛冶師に作らせた超一級品だぞ……っ!?


「くそがっ!」


 アルフレッドは吐き捨てながら後退。態勢を整えようとするも、今度は逆にエルメスが攻撃に転じて距離を詰めてきた。

 速い。

 放たれたエルメスの斬撃を、アルフレッドは咄嗟に槍の柄で受け止めた。

 だが剣はあっさりと柄を切断、その際に僅かに軌道が逸れたお陰で鎧を掠めるだけで済んだものの、アルフレッドはこの信じがたい状況に呆然としてしまう。


 あり得ない。こんな凄まじい切れ味の剣、アルフレッドは見たことが無かった。


「な、なんだその剣はッ!?」

「初代国王ジークラウス=シルステルの愛剣だ」

「……は?」


 エルメスから返って答えに、アルフレッドは間の抜けた声を漏らしてしまう。


「ダンジョンの最奥でダンジョンマスターから貰ってきた。どうやら初代の忘れものらしい」


 何でもないことのように告げるエルメスだったが、アルフレッドは「そんなわけがあるか!」と叫んだ。

 もしそれが真実だとすれば、エルメスはあのダンジョンを攻略したということになる。


「ふ、不可能だ! あの最下層を貴様ごときが攻略できるはずがない!」


 最下層で遭遇した竜人のモンスターたちから、這う這うの体で逃げ切ったときのことを思い起こしながら、アルフレッドは怒鳴り声を上げる。


「確かに苦労はしたよ。古代都市の中心にある宮殿に辿り着くまでに、二十回は竜人の部隊に襲われたと思う。それまでの階層に出現するモンスターより各個体が強い上に、高い連携をもって攻めてくるんだからね。特に空を飛べる紫色の竜人たちは厄介だったよ」

「……う、嘘を吐くなッ!」


 それは確かに自ら見た最下層の情報と同じだったが、プライドの高いアルフレッドは、目の前の優男が自分より先にダンジョン攻略を成し遂げたなどとは、どうしても思いたくなかった。


 そもそも、第八階層で落下して助かったのだとしても、その後、最下層を攻略していたのだとすれば今ここにいるはずがない。アルフレッドたちの帰還ペースは決して遅いものではなかったのだ。ダンジョンマスターに会い、それから帰還したのだとすれば追い抜けるわけがなかった。


 そうだ。嘘に決まっている。これは俺の動揺を誘うための小癪な作戦だ。あの剣は王宮の宝物庫にあった伝説級の武器を持ち出してきただけだろう。


「もちろん、僕一人では到底不可能だったけれどね。強力な助っ人がいてくれたお陰だよ」


 そう補足するエルメスを、アルフレッドは幾分か冷静になった目で睨みつける。

 力では自分が負けているはずがない。

 問題はあの剣。

 先ほど押し負けてしまったのは、武器の差のせいだ。


 そうと結論付けたアルフレッドは、内心で嗤った。

 それがあれば俺に勝てると踏んでいるかもしれないが、生憎、俺にはその武器の差を埋めるための最強の技がある。


 直後、アルフレッドの槍が雷を帯び始めた。バチバチと空気が弾ける音が鳴り響く。

 魔法剣だ。剣ではなく槍だが。


「幾らその剣が優れていようと、この槍に触れた瞬間、お前の身体に電流が走ることになる。これで武器の性能差は無くなっちまったなぁ?」


 にやりと口角を上げ、アルフレッドはエルメスを挑発する。

 だがそのとき、エルメスの剣が炎を纏った。

 アルフレッドと同じ魔法剣だ。アルフレッドは瞠目するしかない。


「貴様っ、いつの間にそれを……っ?」

「魔法剣は初代国王が得意とした技。……君と同じく、僕もその血を引いているんだ。君が使えて、僕が使えない道理がない」

「抜かせぇぇぇッ!」


 咆哮を上げ、アルフレッドはエルメスに躍り掛かった。

 雷を伴う強烈な突き技。まさしく雷光のごとき一閃。

 対するエルメスも炎を纏う剣を下段から振り上げ、応戦。


 槍と剣が激突し、凄まじい爆音が轟いた。


「なっ……んだと……っ!?」


 驚愕したのはアルフレッドだ。自身の必殺の一撃を受け止められたばかりか、エルメスの剣に押されていた。炎によって封じられているのか、電流はエルメスにまて届いていない。

 逆にエルメスの炎がアルフレッドの雷を侵食していた。肌を炙られ、アルフレッドの顔が痛みに歪む。


 武技でも、魔法でも、武器の性能でも、俺はこいつに負けている……?


 そうと悟った瞬間、アルフレッドの背筋を戦慄が駆け抜けた。

 ――殺される。


 あのとき自分はエルメスを殺そうとした。その復讐として、今ここで始末されたとしてもおかしくない。しかも今の自分は王の命を狙う反逆者であり、従兄とは言え手心を加える必要など皆無。


「ひ、ひいいいっ!」


 次の瞬間、アルフレッドは踵を返し、一目散に逃げ出していた。

 そうはさせまいと立ち塞がる騎士たちを押し退け、謁見の間からの脱出を図る。幸い、背後からエルメスが追ってくる気配はない。逃げろ逃げろ逃げろ――


「逃がさないって」


 謁見の間の出入り口に、どこかで見たことのある男が立っていた。

 誰だったか? 混乱の極みにある頭でアルフレッドは考える。

 ……そうだ、あの男だ! エルメスの護衛だと言って、唯一、攻略部隊に同行してきたBランク冒険者。

 なぜこんなところにいるのか知らないが、邪魔をするのだとすれば容赦しない。


「そこをどけぇぇぇっ!」


 アルフレッドは我武者羅に槍を振り回し、その冒険者へと突っ込んでいった。


「――――え?」


 気が付いたら目の奥で火花が飛び、アルフレッドは宙を舞っていた。

 天井を見ながら呆然と一瞬前のことを思い出す。

 その男はアルフレッドが突き出した槍の穂先を素手で掴み取ったかと思うと、顔面に拳を叩き込んできたのだ。


 ようやく冷静になった頭で、アルフレッドは悟った。


 ……ははっ、こいつがBランク冒険者? 冗談じゃねぇ。とんでもねぇ化け物じゃねぇか。


 エルメスの現在の実力は完全にこちらの予想を超えていたが、そちらはどうやら些末事でしかなかったらしい。

 この男をエルメスの護衛に就かせてしまった時点で、自分の敗北は決まっていたのだ。

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