第66話 謀叛
『またきてくれる?』
「もちろんです」
『ほんとにほんと?』
「本当です」
「ルノアもまた来るの」
ダンジョンマスターのチロと約束を交わし、俺たちはダンジョンから地上へと帰還することになった。
時空魔法の熟練値を上げ、ロングテレポーションを覚えたお陰で簡単に帰ることができる。当然、次からはここに来るのも一瞬だ。
『あっ……すこし、まって』
チロが部屋の奥へと飛んでいったかと思うと、彼女の身体からすると巨大な剣をずるずると引き摺ってきた。
『でぃあな……これ』
「剣?」
『じーくの、わすれもの……』
「初代のっ?」
どうやら初代国王ジークラウス=シルステルの忘れ物らしい。今となっては遺物だ。
ディアナが鞘から抜くと、淡い輝きを纏う美しい刀身が現れた。
・ジークラウスの剣:片手剣。最上大業物。初代国王ジークラウス=シルステルの愛剣。神の金属とされるオリハルコン製。稀少度レジェンダリー
どうやら伝説級の武器らしい。
欲しい。めっちゃ欲しい。……が、さすがにこれはディアナのものだろう。
「ダンジョン攻略の証拠にもなるし、ディアナが持っておけばいい」
「いいのですか? ありがとうございます」
俺たちはチロに礼を言い、ダンジョンを後にした。
◇ ◇ ◇
アルフレッドはダンジョンから帰還したあと、すぐに王宮へと出頭した。
エルメス王子の報告をするためだ。
謁見の間に足を踏み入れると、そこには居並ぶ貴族たちの姿があった。中にはアルフレッドの父、ハーメイリ公爵の姿もある。
そして珍しく現シルステル王国国王であるラザック=シルステルが玉座に腰掛けていた。若かりし頃の美丈夫ぶりが嘘のように、随分とやつれてしまっている。
アルフレッドは片膝をつき、王の前に首を垂れた。
すでにエルメス王子死亡(正確には行方不明だが、実質的に死亡と言えるだろう)の情報は伝え聞いているはずだ。先ほどちらりと王の顔色を窺ってみたが、元から青い顔をしているせいか、心境はいまいち判別がつかなかった。しかし溺愛していた一人息子を失ったのだ。その心中が穏やかなはずはない。
「第八階層にてワイバーンの大群に襲われてしまい、懸命に戦ったものの力及ばず……。我々はあえなく撤退を余儀なくされました。しかしその際、エルメス殿下が浮島から足を踏み外され転落……行方は分かっておりませんが、恐らく救出は不可能かと……。申し訳ございません、陛下、私に力が足りぬばかりに……」
アルフレッドは内心で歯噛みしていた。無論、エルメス王子を死なせてしまったからではない。王子を護れなかったことで、自分が周囲から非難を受ける立場に置かれてしまうことに対してだ。
当然こうなることは、この任務を父親のハーメイリ公爵より任された時点で理解していた。寵愛する次男をいずれ国王にするためには、長男であるアルフレッドの評判を可能な限り落としておく必要がある。今回の一件はまさに一石二鳥の策だったのである。
だからこそアルフレッドは、ダンジョン攻略を自らの手で成し遂げ、それを払拭し得るだけの〝戦功〟を打ち立てたかったのだ。
しかし最終フロアのあまりの難度にそれは叶わず、こうして無様に戻ってきたのである。
不幸中の幸いと言えるものがあるとすれば、最終フロアに挑んだことで、エルメス王子以外にも騎士の戦死者が出たことだろう。お陰でエルメス王子が死んだのは事故であるという説得力が増す。もっとも、アルフレッドが針の筵に置かれることは避けようがないだろうが。
「ワイバーンの群れからの撤退中……エルメスが足を踏み外して転落した……それは真か?」
ラザック王が重々しく口を開いたかと思うと、アルフレッドにそんなことを再確認してきた。アルフレッドは訝しく思いつつ、
「はい。空中フロアには無数の空に浮かぶ島が存在しています。その上を飛び移りながら移動していくのですが、中には人ひとりがぎりぎり乗ることができるほどの小さな島もあり、不運にも撤退途中、エルメス殿下が飛び乗ろうとしたのはそうしたものの一つでした。普段であれば慎重に移動するのですが……撤退中であったため、そのような余裕がなかったのでしょう」
アルフレッドは顔を俯け、いかにも悔しげといった声音で詳しく説明した。
「……なるほど」
頷くラザック王。アルフレッドを見下ろすその瞳には、怖ろしく冷淡な色があった。
「――ということらしいが、本当か、エルメス?」
「いえ、陛下。彼は嘘をついています」
「……なっ!?」
背後から聞こえてきた声に、アルフレッドは絶句した。
咄嗟に振り返る。
するとそこには、空中フロアで雲海へと転落したはずのエルメス王子の姿があった。
「な、なぜ……ま、まさか、生きていたのか……?」
「僕が生きていてはまずいのだろうか、アルフレッド殿?」
中性的な顔に笑みを浮かべ、エルメス王子が近づいてくる。ただしその目はまったく笑っていなかった。当然だ。あのときアルフレッドは、エルメスが飛び乗った浮島を破壊し、彼を殺そうとしたのだから。
「本当のことを教えてくれ、エルメス」
「はい。確かに第八階層にてワイバーンとは交戦しましたが、群れと言えるほどの規模ではありませんでした。無論、撤退などもしていません」
「っ……」
謁見の間がざわめく。アルフレッドは何も言い返すことができない。
「しかし僕が浮島から転落したのは事実です。だがそれは足を踏み外したからなどではなく、僕が飛び乗った浮島を破壊した者がいたせいです」
アルフレッドは目の前が真っ暗になっていくのを感じた。
エルメスはアルフレッドを指差して言った。
「彼が僕を殺そうとしたのです」
そのとき、居並ぶ貴族たちの間から怒声が上がった。
「何ということをしてくれたのだ、アルフレッド!」
叫んだのはハーメイリ公爵だった。
「エルメス殿下をお護りすべき立場でありながら、貴様は……ッ! 申し訳ございませんッ、陛下ッ!」
「親父ッ……てめぇッ……」
エルメス殺害を画策したのはハーメイリ公爵だ。だが失敗した今、この男はすべての罪をアルフレッドに擦り付け、少しでも自分への被害を少なくしようとしているのだ。
「俺はあんたの――」
「黙れッ!」
殴られ、アルフレッドは継ぎ句を遮られる。そのときハーメイリ公爵は他には聞こえない小さな声で、「余計なことは言うな。そうすれば後でお前を助けてやれる」と呟いた。
「おいッ、早くこの大罪人をひっ捕らえろッ!」
恐らくあらかじめこの男が用意していたのだろう、下手なことを口走る前にこの場から立ち去らせようと、騎士たちがすぐさま走り寄ってくる。
もしここで「エルメス殺害を俺に命じたのはこいつだ」と叫べば、恐らく親子ともども厳罰は免れない。下手をすれば公爵家ごと取り壊しもあり得る。
一方、このままアルフレッドが大人しくすべての罪を被れば、大幅に求心力を失うものの、それでも公爵家は存続するはずだろう。ハーメイリ公爵は腐っても現国王の弟。先ほど耳元でささやいてきたように、アルフレッドの罪を軽くすることもできるかもしれない。
だが――このときアルフレッドが選んだのは、そのどちらでもなかった。
アルフレッドは隠し持っていたアイテムボックスから素早く槍を取り出すと、容赦なくそれで父親を斬り裂いた。
「なっ……き、貴様っ……なに、を……」
血を噴き出しながらよろめくハーメイリ公爵。アルフレッドは即座に追撃する。
幾多の戦場を駆け抜けてきた猛将も、加齢による衰えは隠せない。腰に差していた剣を抜いて応戦しようとしてくるも、それより先にアルフレッドの槍がトドメを刺していた。
呆気なく絶命して崩れ落ちる。
悲鳴が上がった。
貴族たちが我先にと逃げ出し、反対に騎士が押し寄せてくる。
「ハハハハハッ! 俺は強い!」
アルフレッドは気が付けば哄笑を上げていた。
そうだ。俺はこの一年、ダンジョンの下層で凶悪なモンスターと戦い続けてきたのだ。
今やこの国で最も強いのは俺だ。衰えていたとはいえ、猛将軍と謳われたあの親父さえ、瞬殺してしまった。もはやAランク冒険者すら敵ではないだろう。
「サンダーストーム!」
自分を取り押さえようと迫ってきた騎士へ、アルフレッドは雷の雨を降らせた。雷撃を浴び、騎士たちがバタバタと倒れていく。
それを見届けることもなく、アルフレッドは視線を玉座へと向けた。
「その座に相応しいのはこの国最強の俺だ」
病に侵されたラザック王。そしてそれを護るように立つエルメス王子を睨み据え、アルフレッドは宣言した。
「貴様らを始末し、俺がこの国の王になる」
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