第65話 ダンジョンマスター

 竜王を倒したことで出現した通路を進むと、予想通り尖塔の内部へと入ることができた。

 螺旋状の階段を発見し、上っていく。


 かなり長い階段ではあるが、モンスターが出現しないこともあって上るのは簡単だ。前世の体力だったらエレベーターが欲しいところだが。

 やがて階段を上り終え、壮麗な彫刻が施された扉の前へと辿り着いた。


 扉を開けた先に広がっていたのは、このファンタジー世界においてこう表現するのもアレだが、なんともファンシーな部屋だった。

 ピンクを基色とし、カラフルに彩られた壁や床や天井。フリルの付いたクッションや、可愛らしいぬいぐるみがあちこちに散乱している。


「ここがダンジョンマスターの部屋、なのでしょうか……?」


 ディアナが部屋の中を見渡しながら驚いている。


「たぶんな。ほら、あそこに高濃度の魔力を発している水晶玉みたいなやつがある。たぶん、あれがダンジョンコアだろう」


 部屋の中央。

 そこに、膨大な魔力を帯びて淡く輝く美しい球体が浮かんでいた。


「ん、宝石みたい」

「綺麗ね……」

「すごい魔力なの」


・ダンジョンコア(DP589000)


〈神眼〉で調べてみるが、確かにこれがダンジョンの心臓、ダンジョンコアのようだ。しかしダンジョンマスターはどこにいるのだろうか?


「ダンジョンマスターさん、ダンジョンマスターさん。……おかしいですね。いないのでしょうか?」


 ディアナが呼びかけてみるが、返事はない。尖塔内にあるのはこの部屋だけで、他にダンジョンマスターが居そうな場所はないのだが。

 ……いや。俺の探知スキルはあまりレベルが高くないが、それでもこの部屋に生き物がいることを確かに伝えてくる。隠れているのだろうか。


 俺はダンジョンコアへと近付いてみることにした。


 と、そのとき部屋の隅から物凄い速度で何かが飛来し、俺の手に激突してきた。ちくりとした痛みが走る。

 見ると、小さな生き物が噛み付いていた。


チロ 364歳

 種族:妖精族(フェアリー)

 レベル:5

 スキル:〈迷宮管理+10〉〈不老不死+10〉〈翅飛行+5〉〈念話+3〉

 称号:ダンジョンマスター


 妖精だった。

 快晴の青空のような色をした長い髪に、同色の瞳。身体は十センチほどしかなく、その華奢な四肢は触れただけで折れてしまいそうだ。背中には虹色に煌めく翅が生えていて、星屑のような鱗粉を散らしていた。


『ダメ! ちかづいちゃダメ!』


 脳内に念話によって直接話しかけてくる。

 どうやら不用意にダンジョンコアに近付いたため、怒らせてしまったらしい。いやワザとだけど。ダンジョンマスターはダンジョンコアを破壊されると死ぬ。だから近づけば出て来てくれるかもしれないと思ったのだ。

 しかし俺の右手の甲の辺りに懸命に噛み付いているのだが、正直まったく痛くない。この子には戦う力はまったくないようだ。


「大丈夫。壊すつもりはないよ」


 俺は安心させるように優しく言い、ゆっくりとダンジョンコアから離れた。


『……ほんと?』

「本当だ」


 甲に噛み付いたまま見上げてくる妖精に、俺は頷きを返した。

 にしても可愛らしい女の子だ。見た目はルノアよりも幼い。年齢は364歳らしいが……妖精族というのはどうやら、歳を取っても肉体的にはもちろん、精神的にもほとんど成長しないみたいだな。


『~~~~っ!』


 と、いきなり俺の手から猛スピードで離れたかと思うと、部屋の隅っこにあったクマのぬいぐるみの後ろに隠れてしまった。

 クマの腕の後ろから恐る恐る顔を出して、


『ほんとにほんと?』

「本当だって」

『それ、こわされるとこまるから……』

「分かってる」

『……チロにいじわるしない?』

「しないしない」


 何だか随分と警戒心が強いな。


「妖精族というのは総じて警戒心が強い種族なのです。なのでめったに人前に姿を現すことはなく、わたくしも初めて見ました」

「見たことない」

「あたしもよ。話には聞いてたけど、こんなにちっさいのね」

「かわいいの」


 妖精族はエルフ族の祖先にあたるとも言われている種族だが、現在は数も少ない上、ディアナが言う通り人前にめったに姿を見せないため、その実在が疑問視されているほどらしい。

 ダンジョンコアに気に入られた知的生物が、半ば強制的にダンジョンマスターにさせられるそうだが、妖精族のダンジョンマスターというのは世界的にもかなり珍しいことなのかもしれない。


「えっと……チロ様? 申し遅れましたが、僕はシルステル王国第一王子エルメス=シルステル。かつて、あなた様と親交のあった初代国王ジークラウス=シルステルの子孫に当たるものです」


 王子に戻ったディアナがダンジョンマスターの妖精――チロに、恭しく名乗り、優雅に頭を下げた。


「チロ様が運営されるこのダンジョンのお陰で、我が国は長きに渡って繁栄を享受させていただいています。そのことに深く感謝するとともに、初代以降、長らくご挨拶を欠いてしまっていたことをお詫びいたします」

『じーく?』

「はい。ジークラウス=シルステルは僕の十二代前の先祖に当たります」


 ディアナの言葉に、チロは悲しげに顔を伏せた。


『じーく……いいひと……でも……ぜんぜんこなくなった…………どうして?』


 そりゃ三百年前の人だもんな……。けど妖精である彼女にとっては、つい最近のことなのかもしれない。そしてすでに彼が死んでしまったことを知らないのだろう。

 ディアナは一瞬、言葉に詰まり、しかし嘘をついても仕方がないと思ったようで、


「ジークラウス=シルステルは亡くなりました」

『……じーく、しんじゃった……?』

「はい」

『……じゃあもう、チロ、じーくとあそべないの……?』

「……」


 初代国王ジークラウスは幾度もこの場所に来ていたようだ。そして、たった一人でこの場所でダンジョンマスターをしている彼女の遊び相手になってあげていたのだろう。


「……初代国王は老齢になって罹った流行病のせいで、治療の甲斐なくあっという間に逝去されてしまったそうです。恐らく、彼女に最後に会いにくる間もなかったのでしょう……」


 ジークの死を知ることもできず、チロはずっと待っていたのかもしれない。再び彼が訪れてくれることを。


『チロ……またひとりぼっちになっちゃった……』


 ぬいぐるみに抱き付き、嘆くチロ。

 警戒心が強い反面、寂しがり屋というのも妖精の特徴らしい。そして一度心を許した相手には非常に懐いてくるそうだ。

 てか、微妙にめんどくさい性質だな。そりゃこんな高難度のダンジョンの奥に引き籠ってたら一人ぼっちにもなるわ。まぁダンジョンコアを壊されたら死ぬわけだし、こんな仕組みを作った迷宮の神とやらが悪いんだろうだが。


「いいえ。そんなことはありません」

『……?』


 ディアナが首を振って断言すると、チロは不思議そうに顔を上げた。


「僕と……いえ、わたくしとお友達になってくれませんか?」


 ディアナは再び口調を変え、チロに微笑みかけた。

 彼女は「第一王子エルメス」は偽りの姿であり、本当の自分は「女冒険者ディアナ」の方にあると考えている。だからディアナに戻ったのは、王子としてではなく、あくまでも一人の人間として彼女と友達になって欲しいという想いの表れだろう。


 その気持ちが通じたのか、チロは恐る恐るぬいぐるみの陰から出てきて、


『……チロと、あそんでくれるの?』

「はい」


 チロがパッと表情を輝かせ、ディアナの胸に飛び込んでいった。


『えるめす! あそぼ!』

「いえ、わたくしのことはディアナと呼んでください」

『でぃあな! でぃあな、すこしじーくのにおいがする!』

「え? そ、そうですか?」

『まりょくがにてる!』


 子孫だからだろうか。

 ともあれ、ディアナはチロと仲良くなったようだ。


 さらにそこにファンやルノアたちも加わって、今は女性陣がわいわいと楽しそうにはしゃいでいる。

 それを離れた場所で寂しく見守る俺。


『あのひとは、いや』


 ……なぜかチロは俺にだけは懐いてくれなかったのである。まぁいいけどさ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る