第60話 空中フロアと公爵家の陰謀

 ――ダンジョン『九竜の潜窟』第八階層・空中フロア


キリングホーク

 レベル:36

 スキル:〈嘴攻撃+4〉〈翼飛行+5〉〈鉤爪攻撃+4〉


サンダーバード

 レベル:38

 スキル:〈雷魔法+5〉〈翼飛行+5〉


ワイバーン

 レベル:40

 スキル:〈炎の息+5〉〈翼飛行+5〉〈威嚇+4〉〈噛み付き+4〉〈鉤爪攻撃+3〉


 空を飛んで襲い掛かってくるモンスターを撃破しつつ、空中に浮かぶ島々を渡り、フロアを進んでいく。


 前回はこの階層に辿り着くなりすぐにUターンしたため、俺がこの階層のモンスターと戦うのは初めてのことだ。

 当然、騎士団の連中もそうであるはずなのだが……なんというか、ちょっと慣れている感じがするな。


 俺のように〈神眼〉で相手のステータスを見ることができれば、どんな攻撃をしてくるのか大よそ予測ができる。しかし普通の人間はそういうことはできず、初見の特殊攻撃には対処に困るものだ。なのに、あらかじめ知っていたかのようなしっかりとした対応を取っている。


 どうもこいつら、この階層で訓練を積んでたっぽいな。ってことは、公にはされてなかったが、実は公爵家は独自に攻略を進め、最低でもこの階層までは到達していたということか。

 となると、偽の手記とは言え、そこにこの階層までの正しい情報が記されていてもおかしくはない。


 で、この階層が攻略済みだとすると、地の利は彼らにある訳で……。


「ここは……」

「お気を付け下さい、殿下。踏み外すと一巻の終わりです」


 ドニエク公爵家の長男であり、騎士団の隊長でもあるアルフレッドを先頭に進んでいくと、そこには人ひとり乗れば定員オーバーになってしまいそうなほど小さな島が、飛び石のように点々と列をなしていた。


 絶好の場所を選んだな。ぶっちゃけさっきから回り道しているから変だと思っていたが、ここに連れて来たかったのか。

 この飛び石ルートを進んでしまうと、きっと彼らの思う壺。


 ま、ここはあえて乗ってやるけどね?


 小島を渡っていく。飛び移る際の衝撃でちょっと揺れるが、高いステータスを持つだけあってバランスを崩して転落してしまうようなドジはいない。


 やがて、飛び石ルートのちょうど真ん中くらいまでやってきた。

 そしてエルメスが一際小さな島に飛び乗ったその瞬間だった。


 アルフレッドが振り向きざまに槍を振るった。先端から迸った雷撃がエルメスの乗っていた島に直撃し、破壊する。


「っ……アルフレッド殿!?」

「……エルメス。お前自身に恨みはねぇが、我がドニエク公爵家のためにここで死んでもらうぜ」


 足場を失い、落下していくエルメス。

 騎士団の連中は全員がグルだったのだろう、誰一人としてアルフレッドの突然の反逆に驚く者はいない。


「エルメス殿下っ!」


 唯一、エルメスに護衛として雇われた俺だけが驚いたフリをして声を張り上げた。

 すぐに乗っていた島から跳躍し、エルメスの後を追う。



   ◇ ◇ ◇



「ははっ、馬鹿め。自分から後を追って落ちてくれるとはな。お陰で始末する手間が省けた」


 エルメス王子を追い、自ら飛び降りていった冒険者を見下ろし、アルフレッドは嘲笑の声を漏らした。


 しかしもっとこちらを警戒しているかと予測していたため、ここまで簡単に事が運んだことにアルフレッドは少々拍子抜けする。


「所詮、貴様は王の器ではなかったということだな、エルメス」


 遠ざかっていく従弟の姿を見下ろしながら、アルフレッドは鼻を鳴らした。


 ――ドニエク公爵家は、以前から独自にこのダンジョンの攻略を進めていた。


 そして長年の懸案事項だった第八階層――つまりこのフロアへと続く階段を発見したのは、今から一年ほど前のことだ。

 しかしその事実を公爵家は秘匿してきた。無論それは、第八階層以降の攻略を、自分たちだけで独占するためだった。


 それからハーメイリ公爵は、騎士団の精鋭ばかりを集め、息子であるアルフレッドを隊長とする特殊部隊を編制。これは騎士団の活動から完全に切り離し、ダンジョン攻略のみに専念させるための部隊だった。

 決して少なくない犠牲を払いつつも、彼らはついに第八階層を踏破。最終階層に辿り着けるルートの開拓に成功する。


 初代国王以来、誰も辿り着いたことのないダンジョン最奥。そこに新たな足跡を刻むことができたとすれば、公爵家の名声はさらに高まることになるだろう。第八階層以降の攻略をこれまで秘匿してきたことは多少非難されるだろうが、その程度のことではこの功績は揺らがない。


 だがハーメイリ公爵はそれだけでは満足しなかった。

 そして今回の計画を思いつく。


 初代国王の偽の手記によって政敵であるエルメス王子をダンジョン攻略へと駆り出し、そこで攻略時の不慮の事故と見せかけて殺す。その上で、エルメス王子の遺志を継ぐなどともっともらしい大義を堂々と掲げながら、自ら部隊を率いてダンジョンを攻略するのだ。


 そうすれば、間違いなく国王の座は自らの下へと転がり込んでくるだろう。


「……相変わらず、欲深い親父だぜ」


 そう吐き捨てるアルフレッドの目には、すでにエルメスの姿は豆粒のようになっていた。


 ハーメイリ公爵の命令に従えば、ここでアルフレッドたちは一度帰還する予定である。

 だが、アルフレッドの瞳には野心と反抗の炎が燃え上がっていた。


「親父は自ら国王になった後、すぐにあの無能にその座を譲るつもりだ。だがそうはさせねぇ。この俺こそが王に相応しい」


 アルフレッドは正妻の子であるが、ハーメイリ公爵は妾の子供である次男の方を溺愛しているのだ。だからこそ公爵は、自ら部隊を率いてダンジョン攻略を成し遂げるつもりだった。


 だがもしアルフレッドが単独でダンジョンを攻略してしまったとなれば、話はややこしくなる。次男に玉座を継がせてしまえば、なぜダンジョン攻略者である長男ではないのかと国中から凄まじい非難を受けることになるだろう。


「行くぞ」

「はい」


 今回連れてきた騎士たちは、いずれも彼に忠誠を誓う者たちだった。アルフレッドの意志に従い、彼らはダンジョンのさらに奥へと足を向けた。



    ◇ ◇ ◇



 俺はエルメスとともに猛スピードで落下していた。


「すごい! これはなかなか爽快だね!」


 エルメスは何だかとても楽しそうだ。

 まぁスカイダイビングだよな、これ。パラシュート無しの。

 ただし俺には〈天翔〉があるし、エルメスにも〈風脚〉という飛行手段がある。


「いや、僕の〈風脚〉では空を飛ぶことまではできないよ?」


 あ、そうなのか。


「だけど、レイジは空を飛べるんだよね?」

「一応な。ただ、長時間は使えないぞ」

「…………具体的には?」

「ここまで落ちてしまったら、もうあの島まで戻ることは不可能だな」

「それまずいじゃないかっ!?」


 エルメスが珍しく声を荒らげた。

 直後、雲海に突っ込む。


「どうするんだよ!? これ、どう考えてもただじゃ済まないよ!?」

「このまま落ちて行けば下の階層に辿り着くみたいだぞ」

「下の階層に?」

「ほら」


 俺が下方を指差すと、エルメスも視線をそっちに向けた。

 遥か下に地面が見えていた。かなり小さいが、街らしきものも見える。


「……でも死ぬよね?」

「そうだな。この高さだし、さすがに〈天翔〉でブレーキかけても地面に激突して死ぬだろう」

「ダメじゃないかっ!?」


 エルメスが俺に掴みかかってくる。


「心配するな。こんなときのために彼女たちを連れて来たんだ」

「……?」

「ルノア、スラさん、出てこい」

「はいなの」

『……!』


 呼びかけると、スラいちの保管庫からルノアとスラさんが飛び出してきた。


「えっ? 今どこから……っ?」

「それは企業秘密」


 ルノアがその細い両腕で俺を抱え、スラさんは触手を目を丸くしているエルメスの胴体に巻きつけた。

 翼を広げ、羽ばたかせる。

 徐々に落下速度が落ちていき……やがて空中に停止した。


「と、止まった……」


 ホッと安堵の息を吐くエルメス。そしてスラさんをまじまじと見て、


「このスライム……まさか、スカイスライム? 実在していたなんて……」

『……!』


 スカイスライムはスライムの超稀少種だ。どうやら王族のエルメスでも初めて見たらしい。まじまじと見ていたが、急になぜか頬を赤く染めて、


「……あ、あの、もう少し触手を巻き付ける位置を下げてもらえるとありがたいのだが……?」

『……?』

「ひゃうん!? ぎゃ、逆だっ! 変なところに触らないでくれっ」


 なんだか楽しそうだ。


「エルメス。遊んでいる場合じゃないぞ」

「遊んでない!」

「来るぞ」

「……はい?」


 そのときだった。

 雲海の中から、凄まじい速度で巨大な影が飛び出してくる。


「なっ……何だ、あれは……っ!?」

「このフロアのボスだ」


青龍

 レベル:55

 スキル:〈噛み付き+5〉〈鉤爪攻撃+5〉〈突進+5〉〈天翔+6〉〈闘気+5〉〈咆哮+5〉

 称号:九竜の潜窟階層主


 天空を飛翔する東洋のドラゴンだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る