第59話 護衛任務
第一王子自らが部隊を率いてダンジョン攻略に挑戦するとあって、出発のその日、ダンジョン前の広場は祭りのような騒ぎだった。
大勢の人が押し掛けてきて、地鳴りのような声援を送っている。
「「「エルメス王子万歳!」」」
「「「シルステル王国万歳!」」」
警護の騎士団員たちが熱狂する人々を押し留める中、武装したエルメス王子とその部隊が、ダンジョンの入り口に向かって群衆に挟まれた道を堂々と進んでいく。
まぁその中に俺も交ざっているんだが。
唯一の冒険者であり、俺だけ装備が違うため結構浮いている。さっき「一般人が紛れ込んでいるぞ」という声が聞こえてきたしな。
予想通り騎士団から強く反対されたそうだが、エルメスは王子の強権を発動してどうにか俺を部隊に捩じ込んだらしい。だが、当然ながら騎士団員たちの俺への視線が厳しい。話しかけても無視されるし。これから数日間、一緒にダンジョンに潜るんだ。もうちょっと仲良くしようぜ?
こんなことなら隠密スキルで身を隠しつつ、こっそり後を付けていく方がよかったかもしれない。
ダンジョン攻略のために集められた騎士団員たちは、全部で七人。
さすが精鋭ばかりを選んだだけあって、誰もが高レベルの実力者だった。
中でももっともレベルが高いのがこの男だ。
アルフレッド=ドニエク 29歳
種族:人間族
レベル:46
武技スキル:〈槍技+5〉〈体技+3〉
魔法スキル:〈雷魔法+3〉〈火魔法+2〉
攻撃補助スキル:〈魔法剣+4〉
身体能力スキル:〈怪力+3〉〈俊敏+2〉〈集中力+3〉〈動体視力+3〉〈回避+2〉
心理スキル:〈勇敢+3〉
特殊スキル:〈並列思考+2〉〈闘気+2〉
称号:ドニエク公爵家長男 シルステル騎士団隊長
どうやらエルメス王子の政敵であるハーメイリ=ドニエク公爵の息子らしい。つまりはエルメスの従兄にあたる人物で、スキル構成が似ているのはそのせいかもしれないが、どう考えても信頼できない相手だ。
ここまであからさまな人選をしてくるとは警戒してくれと言っているようなものだが、恐らくエルメスも拒否できなかったのだろう。武官方面についてはほぼハーメイリ公爵が牛耳っているらしいし。
ちなみにエルメスと違い、いかにも武人といった厳つい顔とがっしりとした体格をしていて、野心の強そうな印象を受ける。
「殿下も幾度かダンジョンに潜られたことはあるかと存じますが、恐らく上層まででしょう。しかし今回挑むのは下層。狂暴なモンスターが数多く巣食う非常に危険な領域です。ですがご安心を。我々が必ずや御身を護り抜き、最下層までお連れいたしますので」
一応、エルメスに対しては慇懃な態度を取っているが、心の中ではかなり侮っているのが透けて見えるな。
エルメスの今の実力を知らないせいかもしれない。Aランク冒険者ディアナとしてではあるが、ソロで第五階層のボスを倒すような奴なんだが。
「お前たち、絶対にモンスターどもを殿下に近づけるな」
「「「はっ」」」
まぁこいつらがモンスターを蹴散らしてくれるっていうなら、任せよう。温存になるしな。
他の騎士たちも全員が30中盤から後半といったレベル帯だし、墓場フロアである第七階層でも十分に戦える戦力だ。
◇ ◇ ◇
第二階層である森林フロアの最奥、第三階層へと続く階段の手前に到着したところで、一日目は終了となった。
さすがは王族と言うべきか、彼らがアイテムボックスから取り出したテントは、俺が普段冒険で使っているものとは比べ物にならないほどの高級品だった。てか、寝袋じゃなくてベッドだぞ。
「……で、俺はなんで王子と同じテントなんだ……?」
俺はなぜかエルメスのテントの中にいた。傍から見れば男同士なのだが、それは彼が性別を偽っているからで、実際には少女だ。外に騎士団の連中がいるとは言え、さすがに二人きりはマズいんじゃなかろうか。
「君は僕の護衛なのだから当然だろう? 寝ている時間が最も危険なんだからね」
爽やかに微笑むイケメン(女)。
「いや、そうだけど……」
「何なら一緒に寝るかい?」
「からかうなって」
さすがにこの浅い層で仕掛けてくることはないだろうが、警戒するに越したことはない。
仕方なく俺は依頼主の要望に応えることにした。
「すまないが、少し向こうを向いていてもらえないか?」
「……? ああ、分かった」
俺はエルメスに背中を向ける。
「絶対にこっちを見ないでくれよ?」
そう念押ししたかと思うと、後ろからガチャガチャという鎧を脱ぐ音、続いて衣擦れの音が聞こえてきた。
って、着替えかよ!?
「ぜ、絶対だぞ? その……指輪の効果は顔だけだから……」
「見ないって!」
そんなこと言われると想像してしまうだろ!
ていうか、もしかしてフリか? フリなのか? 本当は見てほしいのか? いやそんな文化この世界にないか。
しかも着替えだけでなく、タオルか何かで身体を拭いているらしい。お陰で何とも言えない緊張感に満ちた時間が五分以上も続いたのだった。
「じゃあ僕は少し休ませてもらうよ。君も無理をしないようにしてくれ」
「ああ」
しばらくすると、ベッドで横になっているエルメスからすやすやと寝息が聞こえてきた。図太いのかなんかのか、こんな状況でもすぐ寝入ってしまえるんだな。
俺は座ったまま目を瞑る。こうすれば眠りが浅くなるし、何かあれば〈気配察知〉や〈第六感〉で目が覚めるだろう。
それに、こういうときのために連れてきていたスラいちに、テントの色に擬態して見張りを頼んだ。スライムは眠らず二十四時間働き続けられるのだ。
ふと、スキルで強化された俺の耳に、外から微かに話し声が聞こえてきた。
「隊長、あの冒険者、どうでしょうかね?」
「少し調べさせてみたが、どうやら貧民街を牛耳っていたギャング〝赤狼〟のリーダーを倒したのはあの男らしいな」
「ほ、本当ですか? だとしたらBランクどころの強さじゃないですよね? くそっ……王子も厄介な護衛を……」
「狼狽えるんじゃねぇよ。たとえAランク相当の力があろうと、この俺の敵じゃねぇ。数もこっちが上だ」
「そ、そうですよね」
「しかし気になるのは、エルメスの奴が一体どのルートであの冒険者を連れてきやがったかってことだ。あいつにそんな繋がりなんてねぇはずなんだがよ。しかも相当な信頼を置いてやがる。テントの中まで護衛させるなんてよ」
「もしかして、愛人、とかでしょうか? 男同士ですけど……」
「……あり得るな」
ねぇよ!
俺は思わず座ったままズッコケそうになった。
……思っていた通り、俺のことは油断してくれているようだ。それに、やはりエルメス自身は大して戦えないと認識しているみたいだな。
◇ ◇ ◇
およそ三日間かけて、第七階層の墓場フロアへと到達していた。
まだ騎士たちは何も仕掛けてきていない。だがこの第七階層は、俺を除けば近年の攻略の最前線だ。初代国王の手記が偽物である以上、次の層へと通じる地下遺跡の場所はそこに記載されておらず、恐らく偽の情報が載っているのだろう。
その偽の情報によってエルメスを特定の場所へと誘導し、そこで仕掛けてくる可能性が高い。
――という俺の予想に反して、一向は地下遺跡を進んでいた。
そしてそのまま、第八階層へと続く階段へと到達してしまう。
「殿下、どうやら手記は本物だったようですね。ついに我々は、第八階層に百年ぶりに人類の足跡を刻むのです」
「……そうだね」
エルメスも当惑している。
どういうことだ? アルフレッドが言う通り、手記は本物だったのか? いや、今手元にあるのはコピーだが、あのとき確かに〈神眼〉で確認したはずだ。まさか、あれもコピーだったということか?
分からん。こんなことならちゃんと中身にまで目を通しておくべきだったな。
やがて階段を下りた先に広がっていたのは、見渡す限りの大空だった。
そこには無数の島々が浮かび、遥か下には雲海が広がっている。
俺たちは第八階層の空中フロアに到達した。
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