第58話 王子の秘密

 エルメス第一王子が見せてくれた、初代国王が遺したとされる手記。

〈神眼〉で確かめてみると、完全に偽物だった。


 だめじゃん。


「もちろん、これが本物だったらの話だけどね」


 だがエルメスとしても偽物ではないかと疑いを持っているらしい。

 というより、完全に疑っている感じだな。


「けど、それでなぜ俺に護衛を? そもそも騎士団と冒険者は仲が悪いはずだが」

「だからこそ、君なんだ」

「……?」


 どういうことだ?


「……だけど、それについて話す前に」


 首を傾げる俺に、エルメスが声を潜めて言う。


「今さらだけど、これから話すことは絶対に口外しないと約束してほしい。……こちらから呼び出しておきながら、大変失礼なことだとは分かっているが……」

「当然だ。だからこそ全員、外させたのだろう?」

「……話の分かる人で本当に助かるよ。無論、そうと見込んだからこそ呼んだんだけどね……」


 エルメスは安心したように頷いてから、いっそう潜めた声で告げたのだった。


「今回のダンジョン攻略の話自体が、僕を始末するためにハーメイリ公爵が仕掛けた罠だと思っている」


 なるほどな。まぁそんなところだろうとは思ったが。


「そして恐らく騎士団の中に刺客を潜ませているはずだ。ダンジョン攻略中の事故として、僕を暗殺するつもりだろう」


 第一王子であるエルメスが死ねば、ほぼ間違いなくハーメイリ公爵が王位に就くことになるだろう。

 当然、エルメスとしては自ら死地に飛び込むような真似はできない。

 だがエルメスがダンジョン攻略に挑むことが、いつの間にか王宮中に知れ渡り、気づけば後には退けない状態になっていたという。罠という証拠も無い。

 ハーメイリ公爵の搦め手に、まんまとやられてしまったというわけだ。


「正直言って、騎士団は僕よりも叔父上側だ。さすがに団員すべてということはないだろうが、騎士団の上層部は叔父上の駒である可能性が高い。だから僕としても自前で力のある護衛を雇いたいんだけれど、君が言った通り、騎士団と冒険者は犬猿の仲でね。ギリギリどうにか捩じ込めそうなのが――」

「俺、というわけか」


 確かに何人もの冒険者を護衛にすれば、騎士団側が黙っていないだろう。だから少数である必要がある。

 しかし一騎当千級の力を持つAランク冒険者となれば、相手を警戒させてしまうだろう。


「その点、俺はBランクだ。Bランクが一人くらいならどうにかなると、向こうも油断してくれるというわけか」


 俺の名前も徐々に知られてきてはいるが、それでもAランク冒険者に比べればまだまだ知名度は低いからな。


「けれど実際には、君にはAランクの中でも上位の実力があると僕は思っている」


 ……その発言、もはやこいつ、隠す気がないな?


 Bランクである俺であれば騎士団も油断するというが、だとすれば第一王子が俺を知っていること自体がおかしい。

 適任を探して頑張って調査したのだとしても、Aランク上位の力があることなんて、よほどの実力者でなければ断言できないだろう。


 それこそAランクの冒険者でなければ。

 しかも、俺がある程度本気で戦うところを見たことがあるような人物――


 該当する奴が一人だけいるな。


「その指輪のお陰か、ディアナ? ちゃんと男に見えるのは」


 俺がその名で呼ぶと、エルメスは目を瞠った。

 それから苦笑して、


「……驚きました。よく分かりましたね? 確かに、示唆するような発言をしていたとは思いますが……」


 口調がAランク冒険者、ディアナのものへと変わる。

 さらにその手に嵌めていた指輪を外すと、そこにいたのはもはや先ほどまでの美少年ではなく、完全に美少女だった。

 いや、元から美少女だったのだが、俺が美少年だと認識させられていた。


「この指輪は相手の認識を操作する魔導具でして、今まで一度もバレたことがなかったのですが……どうして分かったのですが?」

「ただの勘だよ、勘。何となく同一人物じゃないかと思って、少し鎌をかけてみたんだ」


 というのは真っ赤な嘘で、最初に冒険者ギルドでディアナに会ったときから分かっていたんだけどな。



エルメス=シルステル 17歳

 種族:人間族

 レベル:48

 武技スキル:〈剣技+5〉〈体技+2〉

 魔法スキル:〈火魔法+4〉〈風魔法+4〉〈雷魔法+1〉

 攻撃補助スキル:〈魔法剣+5〉

 移動スキル:〈風脚+4〉

 身体能力スキル:〈俊敏+3〉〈集中力+3〉〈動体視力+3〉〈柔軟+1〉〈回避+1〉

 心理スキル:〈勇敢+3〉

 特殊スキル:〈並列思考+3〉〈慧眼+2〉

 称号:シルステル王国第一王子 第一級冒険者(Aランク)

 状態:信仰度10%



 恐らくはディアナという名前の方が偽名なのだろう。

 つまり本来は女なのだが、この指輪の力を借りつつ、ずっと男の、王子のフリをしてきたというわけか。


「……このことは王宮でも、僕が信頼しているごくごく一部の人間しか知らないことなんだ」


 再び指輪を嵌め直し、口調も王子のものへと戻して、ディアナ――いや、エルメスは教えてくれた。


 彼の父、現国王ルルカス=シルステルは、男の子宝に恵まれなかったのだという。

 エルメスの上には六人もの子供がいるそうだが、しかしそのすべてが女性。そして七人目もまた、待望の男の子は生まれなかった。


 しかもエルメスが誕生したとき、ルルカス王はすでに高齢で、生殖機能の低下もあってもはやそれ以上の子供は望めなかったそうだ。実際、エルメスが生まれたのは上の姉の誕生から数えて十年ぶり、奇跡的なことだったという。

 だがこのまま男の子が生まれなければ、王位は弟のハーメイリ公爵が継ぐことになってしまう。


 ハーメイリ公爵は戦上手ではあるが、性格にかなり問題がある人物らしい。ルルカス王との兄弟仲も悪く、王はどうしても王位を彼に譲りたくなかったのだという。


 そこで考えたのが、生まれたばかりの女の子の性別を偽ることだった。


「それから十七年間、僕は男として、第一王子として生きてきたんだ」


 その一方で、こっそり王宮を抜け出し、少女の姿に戻って秘かに冒険者をやっていたらしい。アクティブというかなんというか。それによりストレスを発散できていたからなのか、性別を偽り王子として生きることをそれほど苦と感じたことはなかったという。


「しかもそれでAランクになるとか」

「いや、僕としてもそこまで行くつもりはなかったんだけどね? お陰で予想外に目立ってしまったよ。幸いなことに正体がバレることはなかったけど」

「昇格試験を受けなければよかっただろ」

「それが……ギルド長の猛烈なプッシュを断り切れなくてさ」


 爽やかに苦笑するエルメス。

 指輪の効果だと分かってはいるが、ほんとこいつイケメンだな。


「しかし今さらかもしれないが、こんなこと俺に知られてよかったのか?」

「君に護衛を依頼する以上、仕方ないと思っていたさ。それに……僕は人を見る目には自信があるんだ」


 恐らく〈慧眼+2〉のお陰だろう。

 ……おかしいな? 俺、邪神なんだが?


「分かった。もちろん、依頼は受けよう」

「本当かい? ありがとう!」


 ここまで聞いておいて断れないだろ。

 それに、万一騎士団に先にダンジョンを攻略されてしまったら癪だしな。

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