第57話 第一王子の依頼

 ファースの街で開催した入団試験には、今までで一番多くの冒険者たちが集まった。

 六十二人、十六組ものパーティだ。

 この街のギルドを拠点にしている冒険者は百人ちょっとしかいないのだから、その三分の二以上が入団を希望して集まってくれたということになる。


「レイジくん! 久しぶりっ!」


 その中にはリザ、ミルフィ、メアリの駆け出し三人組の姿もあった。

 いや、もう駆け出しじゃなくてDランクの冒険者か。レベルもDランクとしては平均的なところまで上がってきているようだしな。


「久しぶりだな。って言っても、一か月くらいだろ?」

「そ、そうだけど!」

「リザはレイジさんが王都に行ってしまってから、ずっと寂しそうにしていたものね」

「や、やめてよ、ミルフィ~っ!」


 暴露されて、顔を真っ赤にしたリザがぽかぽかとミルフィを叩く。


「ああ……神の凱旋……」


 そんな二人を余所に、メアリが両膝を地面について恍惚とした表情をしていた。……だ、大丈夫かな、この子……?


「よお、元気だったか?」

「バルドックさん。ええ、お陰さまで」


 バルドック、ククリア、ロッキの三人パーティも来ていた。


「師匠ぉぉぉっ! あ、あいだがったでずぅぅぅ!」

「お、おう……?」


 ロッキが泣きながら抱き付いてくるが、いつの間に俺は彼の師匠になったんだ?


 試験内容はこれまでと同様だ。

 ファンを相手にパーティ単位で模擬戦をやってもらった。


 この街の冒険者たちのレベルはお世辞にもそれほど高くない。王都の冒険者たちですらファンには手も足も出なかったくらいなので、予想通りどのパーティも一方的にやられるだけで終わった。

 ……もうちょっと手加減してくれてもいいんだけどな?


「? 手加減はした。天翔と飛刃、それと闘気は使ってない」

「いや、手加減と言うのは相手に合わせてしないと意味がないと思うぞ……?」


 その三つを封印したところで、全員、心が折れるくらいの惨敗っぷりだった。今のファンにはAランク冒険者に匹敵する力があるし、それくらいのハンデではハンデにもならないのだ。


「うぅ……あの子、あたしよりずっと年下なのに……」

「前に見たときよりはるかに強くなってない?」

「さすが……神の眷属……」

「やはりあれくらいでなければ師匠の弟子になることはできないんですね……っ!」


 模擬戦の結果は散々だったが、俺は試験を受けてくれたパーティの大半を合格にした。もちろん全員にニーナに作って貰った武器を支給するつもりだ。なのでこれから、もっと精進してもらいたいところだ。


 俺の経験値のために。



   ◇ ◇ ◇



 ロングテレポートを使い、王都のクラン本部に帰ってきた。


「あ、レイジさん。お帰りなさい」


 一階のロビーのところで出迎えてくれたのは、クルスたちのパーティだった。地下の訓練場を使っていたのか、かなり汗を掻いている。


「ファースでの入団試験、どうでしたか?」

「十四組のパーティが新しく加入した」

「えっ、そんなに!?」

「いずれファースにも支部を作らないとな」


 クルスたちとそんなやり取りをしていると、俺が帰って来たことを聞きつけたのか、二階から厳つい男たちがぞろぞろと下りてきた。


「ボス、お帰りなさいっす!」

「「「ボス、お疲れ様です」」」

「お、おう……」


 赤狼の元構成員たちで、今はクランの職員たちだ。俺のことを勝手にボスと呼んでいるのだが、これじゃあまるでギャングみたいだな……。

 ちなみにタックスという禿頭の大男にまとめ役をしてもらっており、彼らにはちょっとした雑用の他、貧民街のギャングの監視や折衝などを任せている。


「ボスはやめろって。あと、あんまり一階に下りて来るなよ。来客が怖がるから」

「はっ! 了解です、ボス!」


 威勢よく敬礼し、二階へと引き上げていく。だからボスって呼ぶなよ。


「レイジ団長、留守中に書状が届いております」


 タックスたちを見送った俺のところへ、受付の女性が一目見て高級品と分かる封筒を手渡してくる。


「って、これもしかして王宮からじゃないか? 何の用だ?」


 見ると、王家の紋章が刻印された封蝋が施されていた。

 中に入っていた手紙の内容を簡単に要約すると、Bランク冒険者にしてクラン・レイジの代表である俺にぜひ会って話がしたいというものだった。

 差出人の名は、エルメス=シルステル。


 次期国王の第一候補とされている第一王子だった。



     ◇ ◇ ◇



「急の呼び出しにもかかわらず、よく来てくれたね。僕がシルステル王国第一王子、エルメス=シルステルだ」


 豪華絢爛を絵に描いたような部屋で、俺はこの国の次期国王と対面していた。

 栗色の艶やかな髪に、宝石のような碧眼。そして端正な顔立ちの美少年だ。年齢は十代後半といったところだろう。


 ここは彼の私室らしい。どういう訳か従者もすべて外室させていて、完全に二人きりだ。護衛がいなくて大丈夫なのだろうか。


「いえ、王子殿下にお会いできて光栄です。Bランク冒険者のレイジと申します」

「そう堅苦しく構えないでくれ。僕のことはエルメスと気安く呼んでほしい」


 いやいや、一介の冒険者が王子を呼び捨てにしてもいいわけねーだろ。

 たまにこうやって親密さを表すために呼び捨てOKとかいう偉い奴いるけどさ、周囲から咎められるのはこっちなんだよな。


 とは言え、


「じゃあ、二人だけのときはエルメスって呼ばせてもらうよ」

「ふふ、ありがとう」


 俺の妥協案に、世の女性たちを一瞬で魅了してしまいそうな微笑みを浮かべるエルメス。


「それで一体、どんな用件なんだ?」

「君に僕の護衛を依頼したいんだ」

「護衛?」


 エルメスは頷いて、


「近々、国を挙げてダンジョン攻略に挑むことになった。シルステル王国騎士団の精鋭を集めて作った部隊を、僕が率いて初代ジークラウス以来、三百年ぶりの攻略を目指すんだ」

「三百年ぶりのダンジョン攻略、か……」


 この国に存在するダンジョンは、シルステル王国の建国者・ジークラウス=シルステルが初攻略して以降、未だ誰一人として最下層にいるダンジョンマスターの元まで到達した者はいない。

 今までも幾度か国主導で大規模な攻略部隊を出したことがあるそうだが、いずれも攻略は失敗に終わっていた。


「ちょうど来年、シルステルは建国三百年を迎える。そのため、改めて我が王家の威光を民に知らしめておきたい――というのは表向きの話。実は今、国王陛下が病床に伏していて、医者の見立てではもう長くないんだ。だから一刻も早く新たな国王を立てなければならないのだけれど……生憎、勢力が完全に二分していてね」


 次期国王の有力候補はもちろん、エルメス王子だ。

 だがそれに迫る勢いを持っているのが、現国王の歳の離れた実弟であり、エルメスの叔父にあたるハーメイリ=ドニエク公爵だという。


「最近、隣国の聖ディーナルス教国が周辺の小国に侵攻するなど、かなり好戦的な動きを見せているんだ。だから力のある国王が望まれていて、残念ながら叔父上には僕なんかよりも遥かに戦争における実績がある」


 だからこそ、エルメスはハーメイリ公爵に負けない〝戦功〟を打ち立てる必要があるのだという。

 当然、初代国王以来のダンジョン攻略を果たすことができれば、これ以上ない〝戦功〟になる。


「けど、本当に攻略できるのか?」


 三百年間、誰も攻略できなかったダンジョンだ。騎士団の精鋭というのがどれくらいの実力か知らないが、普通に考えて厳しいんじゃなかろうか?

 そもそも八階層へと続く階段の場所が見つかってないはず。俺は見つけたけど。


「実はつい最近、初代が遺したとされる第九階層までの道のりを記した文献が見つかったんだ」


 言いながら、エルメスが取り出したのは、随分と年季の入った日記帳だった。


「これがあれば、最下層まで迷うことはないはずだ」


 しかし何でまた今頃見つかるんだ? これ、本当に本物かよ? 何となく胡散臭い気がするぞ。

〈神眼〉で確かめてみたら、「ジークラウス=シルステルの偽手記」と出た。


 偽物やん。

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