第55話 Bランク兄弟
クラン加入試験は半分を終えていた。
ここまでで三つのパーティ、合計十一人が合格し、四つのパーティが不合格となっている。
ちなみに不合格の理由はそれぞれ「リーダーがスリの常習犯だった」「装備を持ち逃げする気まんまん」「そもそもやる気がない」「ファンにやられて興奮している変態だった」である。
「ファン、少し休憩を取るか?」
「いらない。疲れていない」
「そうか」
まぁ一番強い連中でCランクの三人組だったのだが、それでもまったく苦戦してなかったもんな。
「じゃあ次は……Bランクか」
続いては、今回唯一のBランク冒険者がいるパーティ。
しかもBランクの二人組である。
どうやら兄弟らしく、顔のよく似た二人が訓練場へと入ってきた。しかし体格は大きく異なり、片方は屈強なパワーファイターという印象だが、もう一人は細身のスピードファイターという感じ。
ベルギル 32歳
レベル:32
スキル:〈斧技+4〉〈怪力+3〉〈頑丈+3〉〈闘気+2〉
称号:第一級冒険者(Bランク)
マルコス 29歳
レベル:33
スキル:〈短剣技+3〉〈投擲+3〉〈俊敏+3〉〈柔軟+2〉〈動体視力+2〉
称号:第一級冒険者(Bランク)
「……おいおい、まさかこんなガキと相手しろって言うんじゃねぇだろうな?」
そう吐き捨てたのは、ベルギルという名の兄の方だ。
「その通りだ。二対一で構わないぞ」
「ヒャハハッ、舐められたもんだねェ、兄貴?」
俺が答えると、マルコスという弟の方が大声で笑い出した。
ベルギルが恫喝じみた視線でファンを睨みつける。
「てめぇ、ランクはいくつだ?」
「Cランク」
「Cランクだと? はっ、むしろオレの方がてめぇを試験する立場じゃねぇか」
「御託はいい。早く始めるべき。次も控えている」
「……てめぇ」
ファンの淡々とした言葉に、青筋を立てるベルギル。
「おい、全力でやってもいいんだな?」
「ああ」
俺は頷いた。
「……その言葉、後で後悔させてやるぜ」
「ヒヒヒッ、これはこれで楽しそうだねェ、兄貴」
試験開始と同時に、マルコスが小手調べとばかりにナイフを投擲した。
しかしファンは剣を振ってあっさり撃ち払う。
「へぇ。じゃあこれは防げるかなァ?」
続けてマルコスが投げたのは、計十本ものナイフ。しかも先ほどよりも速い速度で、すべてがファン目がけて一斉に飛来する。
「なっ……」
「っ?」
だがファンは二本の剣で、あっさりそのすべてを防いでしまった。少なくとも何本かは当たると思っていたのだろう、Bランク兄弟は驚いたように目を瞠った。
「こっちから行く」
直後、ファンの姿が掻き消えるほどの速度で動いた。
「兄貴、後ろ!」
「……っ!」
ファンはベルギルの背後へと回っていた。弟の声でそれに気付いたベルギルは、ファンが放った斬撃を寸でのところで斧の柄で受け止める。
「んのガキがっ!」
怒号を上げ、戦斧を振り回してファンを攻撃するベルギルだが、ファンはそれを悠々と回避していく。
「ちょこまか動くんじゃねぇっ!」
巨大な刃が空間を真横に切り裂く。ファンは素早く跳躍してそれを避けたが、どうやらその瞬間をマルコスが狙っていたらしい。
「ヒャハハッ、なるほど、速度はなかなかのようだねェ。だけど、僕も速さには自信があるんだよ」
彼もまた跳躍し、ファンに空中戦を仕掛けていた。自ら短剣を手に躍り掛かりつつ、ナイフを投擲する。
「……へ?」
しかし彼の予想に反し、ファンは空中でもう一度跳躍していた。天翔だ。
呆気にとられて間抜け面を晒すマルコスの頭上を取ると、ファンは闘気の刃を飛ばす。
「ギャアアッ!?」
両腕から血飛沫を撒き散らし、悲鳴とともに地面に叩き付けられるマルコス。
「マルコス! くそったれが!」
ベルギルが怒鳴りながら地面に着地したファンに襲いかかった。
だがやはり彼の攻撃速度では彼女を捉えることはできない。
「はっ、だがてめぇの方も、オレにダメージを与えることはできねぇぜ! オレの身体は人一倍、頑丈だ! 加えて闘気で――があああっ!?」
ファンの剣があっさりベルギルの肉を引き裂いていた。
「ば、馬鹿なっ……な、何で……ひぎゃっ……」
闘気で身を護っているからダメージを受けない自信があったのだろうが、生憎、彼の〈闘気+2〉に対してファンは〈闘気+3〉だ。
「ひぃっ……痛いっ……」
二本の剣で全身を斬り付けられ、ベルギルはケツを向けて逃げ出そうとする。
「まだ試験は終わってない」
「ぎゃっ」
ファンは飛刃で彼の両足を攻撃。ベルギルは頭から地面に倒れ込んだ。
「そこまでだ」
俺は試験終了を宣言する。
すぐに兄弟に回復魔法をかけてやった。
「不合格だ。確かに実力はあるかもしれないが、それを驕り過ぎだ。出直してこい」
幾らBランクだからって、こいつらのように増長の激しい奴は御免だ。いずれトラブルを起こしそうだしな。
そもそも試験に来たのだって、ほとんど冷やかし目的だろう。同じBランク冒険者がやっているクランに、わざわざ所属しようなんて思うタイプじゃない。
「ふ、ふざけんじゃねぇ! もっと弱い連中だって合格してるじゃねぇか!」
「あ、兄貴の言う通りだよ!」
だが俺が結果を言い渡すと、二人は喚き始めた。
それを聞いて、ファンがすっと目を細め、
「出直してきて」
「「はいっ!」」
有無を言わさぬ一言に、即座にぴしっと背筋を伸ばして軍人のように良い返事をする二人。どちらが格上なのか、心の奥にまで刻み込まれてしまったらしい。
その後もサクサクと試験を進めていった。
そして最終的には、五組十七名が合格となった。
Cランクが五名、Dランクが十名、Eランクが二名である。
試験の三日後。
俺は合格者たち全員を集めて、簡単な入団式を執り行った。
そこで約束通り、ニーナ作の装備品を全員に手渡した。剣や鎧など主要な装備についてはあらかじめ量産しておいてもらったとは言え、三日間で全員分を揃えてしまうとは、さすがは超級鍛冶師である。
ちなみにこの入団式、ギルドに頼んでギルド本部の訓練場を借りて行っている。もちろんクランの宣伝のためだが、そこそこの数の冒険者たちが見学に来ていた。
ピカピカの装備品を支給する際、
「入団するとあれを貰えるのか?」
「今年の鍛冶コンテスト優勝者が作ったものだってよ」
「噂はほんとだったのか……」
などという声があちこちから聞こえて来たので、宣伝効果は十分にありそうだ。次回の試験はもっと人が集まるかもしれない。
入団式と言っても、俺の長々とした話を聞いても楽しくないだろうと思い、ちょっとしたパフォーマンスを行うことにした。
彼らの試験を担当したファンと、俺の模擬戦である。
もちろん、これも入団希望者を募るための演出だ。
「よし、本気でかかって来ていいぞ」
「わかった」
二本の剣を手に躍りかかってくるファンに、俺もまた二本の剣で応じる。
「お、おいマジかよあれっ?」
「なんて動きしてやがんだ! しかも二人とも二刀流だぞ!」
「てか、ほとんど動きが追い切れねぇ!」
「っ!? どこに消えた!?」
「上だ! あの二人、空飛んでやがるぞ!」
訓練場の空間全体を使いながら、俺とファンは激しく剣を交し合う。今、俺と彼女のレベル差は十近くもあるとは言え、さすがに剣だけだとなかなかいい勝負になるな。
「まぁこんなもんか。じゃあ決着をつけるぞ。ハイグラビティ」
「っ!」
俺は一転、魔法の使用を解禁した。
重力に捕らわれて動きが鈍くなったファンを、俺は地面へと叩き落とした。さらにシャドウスワンプで完全に身動きを奪ってやる。
「魔法!?」
「あの男、魔法まで使いやがるのか!」
「……ずるい」
「やっぱこのコンボは最強だな。はい俺の勝ち」
諦めて抵抗をやめたファンの頭に、俺は剣の腹をごつんとぶつけてやった。
このパフォーマンスは好評だった。
何より、新入団者たちの俺に対する信仰度が一気に高まったのが最大の成果だろう。
俺のことは顔と名前とランクくらいしか知らない、みたいなやつも多かったのだ。
それが、自分たちが試験の際に手も足も出なかったファンを、あっさりと倒してしまったのだ。受けたインパクトは大きかったに違いない。
ちなみになぜ試験官をファンに任せたのかというと、特に若い男性冒険者は同性で同年代の冒険者に敗れると、相手をライバル視したり、敵意を抱いたりしてしまうことが多いからだ。
だが年下の女の子に負けた場合、相手を恨む以上に自分の弱さを憎むもの。
その上で俺がファンよりも強いことを示せば、直接的な敵意の矛先を避けつつ、俺の格上感がより強調されるというわけである。人間、自分より遥かに格上の存在には、なかなかライバル心や嫉妬心を抱けないものだしな。
ベルギル:信仰度10%
マルコス:信仰度15%
どうやら彼らも入団式を見に来ていたらしく、勝手に俺の信者になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます