第53話 墓地フロア

 ――ダンジョン『九竜の潜窟』第七階層・墓場フロア


 アンジュが真っ青な顔で叫んだ。


「無理無理無理っ! こんなの無理に決まってるでしょ!?」

「お前、お化けが怖いのか?」

「べべべ、別に怖くなんてないわよ!? 怖くないけどっ……怖くないけどこれは無理なのっ!!」


 いやそこまで怖がってるのに虚勢張ってどうすんだよ。


「そうか。怖くないなら大丈夫だな。行こうか」

「あああっ待って!? 置いてかないで! あたしを一人にしないでぇぇぇっ!!!」


 よほど怖いらしい。


 と、そんな彼女の叫び声を聞き付けたのか、


「うー、あー」


 という不気味な呻き声を上げながら、覚束ない足取りでこちらへと歩いてくる人影があった。


リビングデッド

 レベル:32

 スキル:〈噛み付き+4〉〈怪力+3〉〈痛覚軽減+10〉


 ゾンビだ。目は濁り、肌は青白く、口から血を垂らし、ボロボロの服を身に纏っている。


「ぎゃああああああああああああ!!?」


 大声で悲鳴を上げるアンジュ。いや、今のお前の声の方がびっくりしたんだけど。お化け屋敷でお化けより女性客の悲鳴に驚かされる。あるあるだよな。


「何が怖いのか分からない」


 そう言って、ファンがリビングデッドの首を斬り飛ばした。

 頭部がコロコロとこっちに転がってくる。


「パパ、まだいきてるよ?」


 その辺で拾ってきた棒で、ルノアがリビングデッドの頭をツンツンする。こら、やめなさい。

 胴体と離れたというのに目や口が動き、噛み付こうとしていた。ちなみに首を失った身体の方もフラフラと歩き続けている。


「ぎいやああああああああああああああっ!」


 その生首と目があった瞬間、アンジュはさらに大きな悲鳴を轟かせ、俺に抱き付いてきた。


「ねぇやだお願いあたしもう帰る帰りたいこんなところ一分一秒もいたくない」


 完全に泣き出していた。

 もう少し彼女の反応を楽しんでみたい気もするが、やめておこう。

 スラいちの保管庫の中に待機しておいてもらえばいいか。

 しかし、


「いやよ一人にしないでお願い何でもするから」


 何でもするとまで言っちゃったよ。


「ルノア、アンジュに付いてやっててくれ」

「うん、わかったの。アンジュおねーちゃん、ルノアがいっしょにいてあげるからこわくないよ!」

「……ぐすん、ぐすん……」


 頼もしい幼女に、鼻を鳴らしながら頷くアンジュだった。



   ◇ ◇ ◇



 アンジュとルノアが一時離脱したので、俺とファン、そして従魔たちで墓地フロアを進んでいく。

 前にも言ったが、近年の攻略における最高到達地点がこの第七階層で、第八階層へと続く階段が見つかっていないそうだ。

 今回の探索では、その階段の発見と階層主の撃破が目標だった。


ボーンソルジャー

 レベル:34

 スキル:〈剣技+4〉〈痛覚軽減+10〉


ボーンキャプテン

 レベル:36

 スキル:〈剣技+4〉〈統率+3〉〈痛覚軽減+10〉


グリムリーパー

 レベル:38

 スキル:〈鎌技+4〉〈黒魔法+3〉〈空中浮遊+3〉


 よく出没するのが先ほどのようなゾンビと、剣を使ってくる骸骨のモンスター、それから巨大な鎌を持ち、ボロを纏う死神のモンスターだ。


 ゾンビは群れていることも多いが、特殊な攻撃はなく、ただ思い思いに襲ってくるだけであるため倒しやすい。火の魔法が弱点なので、死体らしく火葬してやると楽だ。


 骸骨のモンスターは五、六人ほどで徒党を組み、ボーンキャプテンを中心に連携して攻めて来るから少々厄介である。まぁ二本の刹竜剣を適当に振り回していれば、それであっさり殲滅できるが。


 一番の強敵が死神のグリムリーパーだろう。特に黒魔法が怖い。相手を洗脳するマインドハックや、即死魔法のデスコール、身体能力を下げるフィジカルダウンなど、嫌な魔法を使ってくるのだ。

 しかも空中に浮かんで逃げながら呪文を詠唱してくるというのが、イヤらしい。


 過去にこのフロアにチャレンジしてきた多くの冒険者たちを苦労させてきた相手だが、しかし俺とファンは天翔を使えるし、遠距離攻撃もできる。魔法を発動される前に速攻で倒すに限る相手だ。




 しかし一体、下層への階段はどこにあるのだろうか。

 さっきから〈鷹の目〉や〈千里眼〉を駆使して探してはいるが、一向にそれらしきものが見つからない。


 階層主も見つかっていなかった。過去にこの階層にチャレンジした冒険者たちが使ったとされる古い地図を露店で購入したが、そこにも階層主の居場所は書かれていないのだ。そもそもこの地図が本物かどうか怪しいところではあるが。


「……ん?」


 ふと、俺はとある墓石の前で足を止めた。

 何の変哲もない、他の墓石と変わらない材質と形状の墓だ。苔に覆われ、また風化によって石に刻まれている文字を読み取ることはできない。


 だが〈第六感〉スキルのお陰か、何となく気になったのだ。


「昔、墓石を動かすとその下に階段が現れるゲームがあったよな」


 そんなことを思い出しつつ、俺はその墓石を押してみた。


 ズズズズズ……と音を立て、ゆっくりと墓石が動き始める。

 どうやらビンゴのようだ。


 墓石の下には、地下へと続く階段があった。


「いや、これは分からんだろ」


 思わず突っ込んでいた。何かこうした隠し通路や隠し階段を発見できるようなスキルを持っていない限り、これは見つからないぞ。せめてヒントくらい設けろよ。


 そんなダンジョンマスターへの不満を抱えつつ下りてみると、どうやらそこはまだ第八階層という訳ではなさそうだった。

 地下墓地、とでも言えばいいのだろうか。恐らくは墓地フロアの延長にある領域に違いない。


「暗い」

「そうだな。……ライト」


 ほぼ真っ暗闇の空間だったので、俺は光魔法で辺りを照らした。

 真っ直ぐ通路が伸びている。慎重に進んでいくことに。

 そうしてしばらく探索を進めた頃……


「っ……」


 ふと頭上に気配を察知し、俺は視線を上げた。

 天井に何かが張り付いていた。

 蜥蜴――のようなシルエットをしているが、頭は人間のように丸く、尾は生えていない。皮膚を剥いたようなピンク色をしていて、結構でかい。


クリーチャー

 レベル:38

 スキル:〈噛み付き+5〉〈突進+4〉〈爪技+3〉〈舌攻撃+3〉〈壁面走行+4〉


 バイ●ハザードのボスモンスターみたいな奴だった。シルエットは似ているが、スパ●ダーマンじゃないぞ。


「シャァァァッ」


 長い舌を出し、唾液を散らしながら天井から降ってくる。怖っ。


「おらっ」


 ズシャッ、と俺が振るった刹竜剣レッドキールがそいつを頭から両断した。

 まぁバイオ●ザードではボスモンスターでも、俺にとっては雑魚モンスターだ。


レイジ

 スキル獲得:〈舌攻撃+3〉〈壁面走行+4〉


 壁面走行のスキルか……。忍者みたいに壁を走れるようになるかな?


 それからも何度かクリーチャーに遭遇しつつ、地下墓地の奥へ。階段を見つけ、さらに地下へと下りていく。


 すると、大量の棺桶が並んでいる広い空間に出た。


 うわー、これ絶対、中から何か出てくるよ。


 そんなこちらの期待を裏切らず、棺桶の蓋がズズズと動き出す。

 一斉に中から出て来たのは木乃伊たちだった。


ミイラ

 レベル:32

 スキル:〈包帯攻撃+3〉


 包帯攻撃って……。


 わらわらと百体近い木乃伊たちが襲い掛かってくる。


「エクスプロージョン」


 どがん、と集団のど真ん中に一発、大爆発をかましてやってから、俺たちは木乃伊狩りを開始したのだった。

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