第48話 炊き出しとギャング

「ご主人さまっ、お帰りなさいなのです!」


 作業を終えたニーナが、俺に気づいて満面の笑みを浮かべた。


「すごいな。こんな短期間でびっくりするくらい上達したみたいじゃないか」

「自分でもびっくりしているのです!」


 目をくりくりさせながら頷くニーナ。


 俺は彼女が造ったという剣を手に取る。


 ・鋼の剣:片手剣。業物。稀少度アンコモン


〈神眼〉で見ると、量産品ではなく、しっかりと業物判定されていることが分かる。

 同じ鋼製でも、特殊な名称の武器もあった。


 ・ハヤブサの剣:鋼製の片手剣。物凄く軽い。稀少度アンコモン。


 どっかで聞いたことがあるような名前ですね……。


「一週間後に開催される鍛冶コンテストに向けて、そろそろミスリルを使って武器を作ってみようと思っているのです!」

「へぇ、そんな催しがあるのか」


 ミスリルは魔力を帯びた稀少金属であり、強度も鋼以上だ。

 だが加工には特別な技術が必要なため、まだ手を出していなかったという。


「そうか。頑張ってくれ」

「はいなのです! ご主人さまが手にしてもおかしくない武器を作るのです」


 むん、と拳を握って気合を表現するニーナ。

 稀少度レアの刹竜剣ヴィーブルに匹敵するものとなると、そう簡単じゃないだろうけどな。


 そうだ。

 今回のダンジョン攻略で手に入れた、武器の素材となりそうなものも渡しておこう。


 特にドラゴンの牙と爪、それから鱗だ。

 竜の牙や爪はミスリルに匹敵、物によってはそれを凌駕する強度を持っている。竜の鱗は金属に混ぜれば、金属が硬くしなやかになるらしい。

 ちなみに刹竜剣ヴィーブルも竜の牙を素材としているようだ。


 それから、俺が〈献物頂戴+2〉で彼女から貰った熟練値を、〈賜物授与+2〉で渡しておいた。


レイジ

 スキル喪失:〈鍛冶+4〉〈細工+4〉〈創造力+3〉〈審美眼+3〉


ニーナ

 スキルアップ:〈鍛冶+4〉→〈鍛冶+6〉 〈細工+4〉→〈細工+5〉 〈創造力+3〉→〈創造力+4〉 〈審美眼+3〉→〈審美眼+4〉


 これでニーナは超級鍛冶師になった。

 王都の鍛冶師の中でもトップクラスだ。鍛冶コンテストがどんな規模か知らないが、きっと驚異の新人の登場に鍛冶師界がどよめくことだろう。






 翌日、俺はクラン本部の建物前で、炊き出しを行うことにした。


 子供たちやクルスのパーティにも手伝ってもらいつつ、三階にある広い調理室で大量に切った食材を、巨大な鍋に突っ込んでぐつぐつと煮込む。

 簡単なスープだが、〈料理+3〉を持つ俺が監督しただけあって、かなり美味い(はずだ)。


 その匂いに惹かれて、周囲のあばら家から続々と近隣住民たちが姿を現した。


「くそ、美味そうな匂いをさせやがって……」

「孤児院のガキどもはいいよな……何もしなくても食っていけてよ……」


 そんな嫉妬に満ち満ちた声があちこちから聞こえてくる。

 しかし子供たちがスープの入った器を彼らの下へと持っていくと、反応はがらりと変わった。


「え? これ、俺が食っていいのか……?」

「はい! そのために作ってるんです!」

「ま、マジかよ……」

「お、俺にもくれっ!」

「慌てないでください! 量は十分にありますので!」


 我先にと群がってくる近隣住民たちに、レベカが声を張り上げて注意する。

 大盛況だ。

 話が伝わったのか、さらに続々と貧民街の住民たちが集まってきた。


 今回の炊き出しの一番の目的は、餓えた貧民街の人たちに対する施しという以上に、近隣住民の不満を解消することにある。

 自分たちが狭くてボロい家で貧しい暮らしをしているというのに、いきなり立派な建物が建ったのだ。誰だって嫉妬するだろう。


 孤児院の子供たちを護るためにも、近隣住民の理解を求めることは必須だった。そのためには彼らの胃袋を掴むのが手っ取り早いと考えたのである。せっかくの新築に落書きされたり、ゴミを投げ込んだりされるのも嫌だしな。


 今後も定期的にやる予定なので、俺はわざわざ奴隷商に行って料理ができる、あるいは料理の才能がある奴隷を何人か買ってきた。


 実を言えば、この炊き出しの目的はもう一つあるのだが――


「……来たか」


 と、そこで俺は気づく。

 近隣住民たち押し退けるようにして、いかにもな男たちが建物の前へと集ってきたのだ。

 その中には、先日、レベカに孤児院の子供の引き取りを迫ったスキンヘッドの男、モーガンの姿もあった。


 この辺りを仕切っているギャングの連中である。


「ちょっといいか、冒険者の兄ちゃん?」


 肩で風を切って近づいてきたモーガンが、俺に声をかけてくる。

 レベカや子供たちが怯える中、俺は涼しげな顔で応じた。


「ああ。何の用だ?」

「困るんだよなァ。ここ、俺らのシマなんだよなァ?」


 凶相を歪めながら、回りくどい台詞で責めてくるモーガン。

 俺たちの縄張りで何好き勝手やってんだよ、と恫喝してきているのである。


「あんたも知ってんだろ? ここを仕切ってるお方のことをよォ?」


 もちろんだ。

 クランの本部について登録する際、ギルドからも忠告を受けたからな。

 この一帯を取り仕切るギャング〝赤狼〟のリーダーに気を付けろ、と。


 貧民街に幾つかあるすべてのギャングは今、実質的に赤狼の傘下にあるという。赤狼のリーダーの圧倒的な暴力を前に屈したらしい。


「リーダーが知らない内に、シマに冒険者の巣ができたとあっちゃなァ? 俺ら〝赤狼〟にも面子ってもんがあるんだ」

「そうか。そりゃあ悪かったな」

「はっ、分かればいいんだよ。俺らだってよォ、できるならあんま冒険者と事を構えたくはねぇんだ」


 相好を崩すモーガン。

 だが続く俺の台詞に目を見開いた。


「じゃあ、案内してくれ。そいつのところに」

「……っ?」


 驚くモーガンに、俺は断言する。


「この建物をお前らにくれてやるつもりはない。ここは俺のクランの本部だ。そうあんたらのリーダーに直接伝えてやるよ」


 しばし呆気にとられた様子だったが、モーガンは突然、大きな笑い声を上げた。


「くはははっ、こいつは真正のバカだぜ! てめぇ、もしかしてボスのことを知らねぇのかっ? あの方はな――」

「いいから連れていけよ」

「――っ!?」


 俺は殺気を放ってモーガンの継ぎ句を塞いでやった。


「て、てめっ……」


 膝をガクガクさせているモーガンは放置し、俺は歩き出す。

 まぁ場所は分かってるし、こっちから勝手に乗り込んでやろう。


「お、お兄ちゃん……」

「だ、大丈夫なのか……?」

「心配ないさ」


 俺は不安がる子供たちに応じ、それから、


「ファン、アンジュ、ルノア、それからクルスたちも。ちょっと行ってくるからしばらくここは任せた」

「一人で大丈夫?」

「ああ。問題ない」

「パパ、いってらっしゃいなの」


 俺が近づいていくと、ギャングの連中が後ずさるようにして道を開けた。


 近隣住民たちのざわめきが聞こえてくる。


「あの兄ちゃん、まさか本気で〝赤狼〟のとこに乗り込むつもりか!?」

「正気か……?」

「け、けど、あの兄ちゃん、Bランクの冒険者らしいぞ」

「おいお前、以前、Bランク冒険者が挑んで二度と帰ってこなかったのを忘れたのかよ?」


 当然のことながら、〝赤狼〟のリーダーは住民たちにとっては恐怖の対象だ。

 つまりそいつを倒せば、俺は一躍この街のヒーローになれるということ。


 別にいきなり乗り込んでも良かったんだが、炊き出しで人を集め、大々的に「これからあいつぶっ押してきます」って宣伝した方が効果的だもんな?


 悪いが俺の信者集めの踏み台になってもらうぜ、〝赤狼〟のリーダーさんよ。

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