第45話 氷雪フロアと遭難者
――ダンジョン『九竜の潜窟』第四階層・氷雪フロア
「寒いな……」
「寒い……」
「寒いわね……」
「さむいの……」
『……?』
『……?』
灼熱地獄だった第三階層と打って変わって、第四階層は極寒地獄だった。
雪と氷に覆われた白銀の世界。
美しい光景だが、しかしそれを楽しむ余裕がまったく無いくらいに寒い。スラいちの保管庫に用意していた上着を着込むが、それでもまだ十分ではなかった。
火魔法で暖を取りつつ進んでいくしかない。
「第三階層もそうだったけど、この階層での寝泊まりもごめんだわ」
アンジュの言う通り、こんな場所ではロクな休息も取れないだろう。早く次の階層に進みたい。もちろん階層主は倒していくけどな。
イエティ
レベル:30
スキル:〈怪力+3〉〈威嚇+3〉〈突進+2〉〈寒冷耐性+3〉
アイスウルフ
レベル:28
スキル:〈噛み付き+3〉〈遠吠え+2〉〈俊敏+2〉〈嗅覚+2〉〈聴覚+1〉〈寒冷耐性+3〉
よく出没するモンスターは、毛むくじゃらの雪男と白い狼だ。イエティは単体が多く、アイスウルフは五、六匹で群れを成していることが多い。どちらも俺たちの敵ではなく、寒冷への耐性スキルが手に入ったのがありがたい。
しかしこの雪道、歩くだけでも大変だな。そのため進行速度が遅くなってしまう上に、手持ちの地図にはなかった巨大なクレバスがあって迂回を余儀なくされたりと、予定より大幅に時間がかかってしまっている。
今日中に次の階層に行きたかったけど、このままだと難しいかもしれないぞ。
カマクラを作れば寒さを凌げるかな? いや、いっそスラぽんかスラいちの保管庫の中で寝るか?
と、そのとき、
「おおおおおおおいっ! 助けてえええええええっ!」
突然、前方から悲鳴が聞こえてきた。
見ると、巨大な氷の塊に追いかけられている女性がいた。
いや、あれは氷じゃない。
氷竜(アイスドラゴン)
レベル:45
スキル:〈氷の息+4〉〈噛み付き+3〉〈突進+3〉〈翼飛行+3〉〈寒冷耐性+4〉
称号:九竜の潜窟階層主
全身が氷で覆われた巨大なドラゴンだった。
てか、この階層のボスじゃないか。
◇ ◇ ◇
階層主の氷竜はセオリー通りに火魔法が弱点で、〈火魔法+5〉を持つ俺とは相性が良かったこともあって比較的楽に倒せた。
上級火魔法であるエクスプロージョンを連発してやったのだ。
「ふぅ~……じぶんらのお陰で助かったわ~……」
階層主に追い駆けられていた冒険者が、安堵の白い息を吐きながら礼を言ってくる。女性にしては髪が短く、ボーイッシュな印象を受ける二十代後半くらいの女性だ。
ラミアス 27歳
種族:人間族(ヒューマン)
レベル:33
スキル:〈剣技+4〉〈氷魔法+2〉〈水魔法〉〈回避〉〈動体視力+2〉〈魔法剣+1〉
称号:第一級冒険者(Bランク)
状態:飢餓 凍傷 疲労
ステータスを見てみると、俺と同じBランクだった。しかもディアナと同じ〈魔法剣〉のスキル持ちだ。
ソロでこんなところまで来ようと思ったら、確かにこれくらいの実力はないと不可能だろう。
だが通常のモンスターはともかく、階層主に挑むのは自殺行為だ。そもそも氷魔法と水魔法しか使えないようなので、相性最悪だし。
飢餓、凍傷、疲労と状態異常のコンボでフラフラだったので、食べ物を与え、回復魔法で治療してあげた。
「いやー、地図通りに進んどったはずやのに、途中で遭難してもうてな~。たぶん丸二日くらいやろか? ずっーと彷徨っとってん。で、なんかえらいごつい氷を見つけて、なんやこらー思うて近づいてったら、いきなり動き出しおったんや! 『いやいやこいつ階層主やん!?』って叫んで即行逃げ出したんやけど、めっちゃ追い駆けられもうて。じぶんらに出会わへんかったら、ほんま死んでたところやったわ、なははははっ」
死にかけたというのに、あっけらかんと笑うラミアス。随分と図太いやつだな。まぁそうでもなければ冒険者なんてやっていけないけどな。
「へー、じぶんらもBランクなんや? あの氷竜をあっさりやっつけおったくらいやもんなー。ほんま、災難ばっかや思とったけど、あんたらに出会えたのだけは幸運やったわー」
助けたついでに、一緒に次の階層へと向かうことにした。
彼女が遠くにいた階層主を引っ張って来てくれたお陰でだいぶ時間が省けたため、今日中に次の層に到着できそうだ。
「それにしても、子連れ冒険者とか初めて見たで? ルノアちゃんって言うんや? かわええー。ちょっと抱き締めさせてもろてもええか? ありゃりゃ、逃げおった。もう、お姉さん別に怖くないでー?」
しかし、よくしゃべる女だな……。
苦手なタイプなのか、ルノアは俺の腰に抱きついて隠れている。
「せやけど、よく迷わずに進めるなー、じぶん? うちなんか、足を踏み入れて十分で迷ってもうたのに~」
地図があるだけではこの階層の踏破は難しい。右も左も雪と氷ばかりなので、すぐに現在地が分からなくなってしまうのだ。
俺は〈鷹の眼〉や〈千里眼〉でどうにかしているが、通常は一定距離進むたびに目印となる旗を立てたり、常に特定の方向を示し続ける方位磁針のような魔法アイテムを使ったりしながら進んでいくらしい。
「むしろ足を踏み入れた時点で、何の対策もなしに進むとヤバいって気づこうぜ」
「いやー、地図もあるし何とかなるって思ったんやけどなー」
「てか、そもそも一人で挑むような階層じゃないだろ」
「いやー、つい最近、パーティ解散してもうてなー。女の子三人組やったんやけど、他の二人が『普通の女の子に戻りたい』とか言い出しおって」
どっかのアイドルかよ。
「『つまりうちは普通の女の子やないわけか!?』って訊いたら、『うん。Bランクはもう人外』とか言われてもうてな! もはや人ですらないんかい! それで頭にきたんで『せやったら、とことん人外の領域を目指したるわ! 見とれよ!』って宣言して、ダンジョンに潜って…………今に至るってワケやねん」
「うん、どう考えても普通の女の子の発想じゃないな」
つまりヤケ酒ならぬヤケ迷宮というわけか。それ死ぬから。いや実際に死にかけていたわけだが。
「まぁけど、ぶっちゃけ潮時やったんやけどなー。あとの二人はDランクで、最近はうち一人で冒険することも多かったしな」
ラミアスはしんみりと語る。
そんな話をしつつも、俺たちは時折現れるモンスターを軽くあしらい、雪と氷の道を進んでいく。
やがて、次の層へと続く階段に到着した。
――ダンジョン『九竜の潜窟』第五階層・海洋フロア
階段を上り切り、第五層に辿りついた俺たちを待ち受けていたのは、
「海だ」
「これが海……」
「海ね」
「うみ?」
「泳いでええやろうか!」
『!?』
『!?』
見渡す限りの大海原が広がっていた。
ファン、ルノアは海を見たのは初めてらしく、まじまじと目を瞠っている。スラぽんとスラいちは驚きのあまりぷるぷる震え捲っていた。
と言っても、ダンジョン内にある以上、実際の海ではないのだが。
「すごいわね、これ。本物の海と見分けがつかないわよ」
アンジュが感嘆の声を漏らしているが、マジで不思議だな。魔法が当たり前に存在する世界とは言え、さすがにここまでくると驚きを禁じ得ない。いや、これまでのフロアだって十分凄かったけどさ。
しかも空には太陽らしきものが存在していて、外の時刻に合わせてか、水平線の向こうに沈みかけているところだった。
「温暖な気候なのはいいが、踏破するのは大変そうだな」
今いる場所は岩山の上だが、基本的には階層全体が海水に覆われている。つまり、攻略するには船が必要なのだ。
「パパ、あそこ」
と、ルノアが指差す方向へと目を向けると、ちょっとした砂浜が広がっていて、漁村めいた小さな集落があった。
この階層では魚を収穫できるため、漁獲を専門としている冒険者たちが常駐しているのだという。王都が海から離れていることもあり、結構な高値で売れるそうだ。
あれがその冒険者たちが滞在している集落だろう。浜には船もあった。
「行ってみよう」
俺たちはその集落に向かって歩き出した。
宿泊する場所もあるはずだ。
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