第39話 孤児院とギャング

「俺はBランク冒険者のレイジです。この孤児院を取り壊して、ここにクランの本部を建てたいと思ってます」

「な……」


 レベカという名の若い孤児院院長は、俺の言葉に愕然と目を見開いた。


「な、何を考えているのですか……っ!? こ、子供たちはここしか住む場所がないんですよ……っ!?」

「いえ、もちろん、孤児たちを追い出すつもりなんてありませんよ。予定では四階建ての建物にするつもりですが、そのうち一フロアを丸々孤児院として使っていただきます。建築中は宿に移っていただくことになりますが、その費用もこちらから出します」

「……??? えっと……?」


 突然の美味すぎる話に、レベカは困惑しているようだ。


 俺はぜひクランの本部を王都内に設けたいと考えていた。

 幸い、資金は十分にある。


 問題は場所だったのだが、俺はあえて貧民街を選んだ。

 色々と理由はあるが……まぁ一言で言うと、もちろんより多く信者を増やすためである。


 で、貧民街の中で本部を建てることができる土地はないかと〈鷹の眼〉と〈千里眼〉で探していたところ、この場所が見つかったのである。


「……詐欺、じゃないですよね……?」

「これがギルド証です」


 と提示してみるが、レベカは眉根を寄せて懐疑の表情だ。ギルドの会員証には魔術的な仕掛けがほどこされていて偽造など不可能なのだが、元冒険者でない彼女が今この場で見極めるのは難しいだろう。


「不安であれば一度、日時を決めてギルドでお会いしましょう」

「……そ、そうですね。それは助かります」


 レベカが少しホッとしたような顔で頷いたときだった。


「よう、レベカ」

「っ!」


 野太い声に名前を呼ばれ、レベカがびくりと肩を震わせた。


 どう見ても堅気とは思えない、スキンヘッドの凶相の男だった。背後に二人、これまた厳つい顔の手下を連れている。


モーガン 34歳

 種族:人間

 レベル21

 スキル:〈拳技+2〉〈蹴技+1〉〈体術〉〈恫喝+1〉

 称号:ギャングの幹部


 ギャングの幹部か。Dランクの上位、あるいはCランク冒険者並みの強さだな。

 後ろの手下二人はもう少しレベルが低いが。


「……この辺りを仕切っているギャングたちです……うちの子を狙っていて、何度か引き取りの打診に来ているんです……」


 レベカが小声で教えてくれる。

 なるほど、要するに人身売買目的か。引き取りというのは建前だろう。ギャングがまっとうな養親とやり取りしているとは思えないしな。


「餓鬼とはもう話を付けてくれたよな?」

「……え、えっと……」

「おいおい、向こうはすぐにでもって言ってくれてんだぜ? その厚意を無下にするつもりじゃねぇだろうな?」

「……で、ですが……」

「あんたも餓鬼どもも、ロクなものを食えてねぇんだろ? 一人減ればその分、多く食えるようになる。そいつも養親の下で腹いっぱい食えるようになる。誰も不幸になんかならねぇだろう?」


 モーガンはいやに優しい声で、諭すように言う。

 それだけ聞くと、確かに悪い話じゃないけどな。


 てか、何でレベカが俺に対してあれだけ警戒していたのか分かった。

 こいつらのせいだ。すでに過去に騙されたことがあるのかもしれない。そりゃ美味しい話には慎重になるわな。


 しかしそもそも孤児院というもの自体、まだこの世界では一般的ではない。すべて私営であるし、資金も不十分な場合が多い。国が護ってくれるわけでもないし、経営には並大抵ではない苦労があることだろう。

 当然、ギャングに逆らうのも怖ろしい。となれば、一人の子供を犠牲にしてでも他の子供たちを護るという判断を下したとしても、誰も咎めはしないはずだ。

 だが、


「……ら、ララちゃんは……行きたくないと、言ってます!」


 引き攣ったような声。それでも強い語気ではっきりと、レベカは断りの意志を伝えた。

 それを聞いて、モーガンは、


「それを説得するのがてめぇの役目じゃねぇかッ!!」


 いきなり咆えた。

〈恫喝〉のスキル持ちだ。レベカの顔が引き攣り、身体が震え出した。


 孤児院の玄関から、不安そうにこちらを見ている顔があった。子供たちだ。男の怒鳴り声を聞きつけ、集まって来たのだろう。


ララ 6歳

 種族:エルフ族

 レベル:1

 称号:孤児


 件のララという子もいた。

 なるほど、エルフなのか。あまり人間の街では見かけない種族だし、欲しがる人間は多いはずだった。


「そのくらいにしてくれませんか。子供たちも怖がっていますし」


 俺は間に割って入った。

 モーガンが顔を歪め、鋭い目つきで睨みつけてくる。


「ああん、何だ、てめぇは?」

「冒険者のレイジです」

「冒険者? はっ、聞いたことのねぇ名ま――――っ!」


 俺が軽く殺気を発すると、モーガンは口を噤んだ。


「ちっ……おい、行くぞ」


 舌打ちを零しつつも、モーガンは手下を促して踵を返した。並みの冒険者じゃないと悟ったのだろう。どうやらただの馬鹿ではなさそうだ。


「え? 兄貴、いいんすか?」

「レイジなんて冒険者、聞いたことないっすよ? どうせ下級じゃないすか?」


 その手下二人が不満そうに呼び止める。


「あ、一応俺、Bランク冒険者なんで」

「「っ!」」


 さすがBランク冒険者。それだけで手下二人が黙ったぞ。一応、ギルド証も見せておく。


「……レベカ、次に来る時には良い返事を期待しているぞ」


 モーガンが最後にそう言い残し、彼らは去っていった。

 ちゃんと引き際は弁えているようだな。


「……あ、ありがとうございました」

「いえ。しかし、大変ですね」

「はい……。元々ここは冒険者だった父が院長をしていて……その頃は父がギャング追い払ってくれていたのですが……二年前に亡くなってしまって……」


 それで娘の彼女が院長を引き継いだというわけか。

 ファースの孤児院の院長も元冒険者だったが、やはり武力がないと護っていくのは難しいのだろう。


「……あの、先ほどの話……信じても大丈夫でしょうか?」


 レベカが恐る恐るといった様子で訊いてくる。


「じゃあ今すぐギルドに行きましょうか。その間、子供たちは俺のパーティメンバーたちに見ておいてもらいましょう」


 俺は〈念話〉を使って自由行動中のファンとルノアに連絡を取り、孤児院まで来てもらうことにした。

 少女と幼女なら子供たちも不安がることはないだろう。



    ◇ ◇ ◇



 レベカとは話がつき、早速、建て替えのために孤児院を取り壊すことになった。

 子供たちはまとめて宿屋へと移動させた。人数が多いので完全に貸し切ってやった。


 クラン本部の建築は王都でも一、二を争う規模の土木会社に依頼した。

 地下一階、地上四階。貧民街では恐らく最大の建物になるだろう。

 しかし土魔法を使って建てるため、驚くべきことに工期は僅か二週間ほどだという。


「さて。その間、ダンジョンにでも潜るとするか」


 ニーナは鍛冶修行中で不在。

 ファン、ルノア、スラぽん、スラいち、そして結局、パーティに加わることになったアンジュとともに、俺は王都の西端にあるダンジョンへとやってきていた。


「あ、あくまでも一時的なんだから!」


 アンジュは念を押すように主張しているが、これはこのまま有耶無耶のうちに事実上のパーティメンバーになってしまうパターンだな。

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