第37話 Aランク冒険者
Bランクへの昇格試験で、俺は試験官であるBランク冒険者を瞬殺した(殺してないけど)。
これで確実に合格――
「い、イカサマよ! ゲートが負けるはずないじゃない! そもそも動きが見えなかったわ! 絶対そのときに何かイカサマしたのよ!」
おばはん、今度は意味不明なイチャモンを付けてくるの巻……。
動きが見えなかったのはあんたの実力不足だ。
「お前、見えたか?」
「一瞬、跳んだように見えたが……気づいたらゲートが倒れてあいつが後ろにいて……」
まぁ他の連中もどっこいどっこいのようだが。
「どう見てもレイジの勝ち」
「そ、そうなのです!」
「パパのほうがつよいの」
さすがにファンやルノアには見えていたようだ。ニーナはちょっと怪しいな。ダウト!
「あんたたちはあいつの一味でしょ!」
一味って。
「ご、合否を決めるのは試験官ですので」
職員も困ってるな。まぁゲートが目を覚ましたら、ちゃんと証言してくれるだろう。
と、そのとき。
「わたくしが証言します。彼は合格です」
凛とした声が訓練場に響き渡った。
「何を根拠に――」
声を荒らげかけたおばはんが、その人物を見て押し黙った。
美しい少女だった。
栗色の長い髪に、宝石のような碧眼。楚々とした雰囲気を纏いながらも、内に秘めた力強さを感じさせる。青と白を基調とした鎧がよく似合っていた。
「ディアナ……」
「Aランク冒険者だ……」
そんな声があちこちから漏れ聞こえてきた。
Aランク冒険者か。
俺は〈神眼〉で彼女のステータスを確認してみる。
ん? これは……
「先ほど彼は試験官のすぐ手前で跳躍しました。皆が姿を見失ったのは彼の動きが速かったということもありますが、あの瞬間、極限まで気配を消したことも一因としてあげられるでしょう。その後、彼は天井を蹴り、急降下。試験官の頭部に踵落しを叩き込みました」
大正解。テストなら満点の回答だな。
「天井を蹴った……? あ、あんな高さまで届くわけがないじゃないっ……」
噛み付いたのはやはりおばはんだ。だがさすがにAランク冒険者相手に強く出ることはできないようで、先ほどより明らかにトーンが下がっている。
「わたくしが見間違えたとでも?」
「っ……」
少女に視線を向けられ、おばはんが口を噤む。
すごいな。顔には柔和な笑みを浮かべてるのに、有無を言わせない迫力がある。さすがはAランク冒険者だ。
「恐らく闘気の応用技を使われたのでしょう。生憎わたくしは闘気についてはあまり詳しくないため、ただの推測に過ぎませんが」
〈天翔〉を使ったことも見抜かれていたようだ。
「加えて、無詠唱での重力魔法」
「重力魔法!?」
「そんなの使える奴がいたのかよ……?」
「だから最初、いきなりゲートがふら付いていたのか。しかも無詠唱って……」
冒険者たちが驚嘆している。
俺はルノアのお陰で簡単に習得できたが、本来、重力魔法は激レアな魔法だ。大半の人間の成長速度はFで、ごく稀にEがいる程度。
「彼の実力はすでにBランクどころか、Aランクにも匹敵しているでしょう。合格以外にあり得ません。……何か異論はありますでしょうか?」
周囲を見渡す少女に、おばはんも含めて誰一人として反論する者などいなかった。
「で、では、合格とさせていただきます。レイジさん、Bランク昇格です。おめでとうございます」
職員がおっかなびっくり宣言した。
「さて。それでは本日最後の試験と参りましょうか」
まだ何とも言えない微妙な空気が漂う中で、Aランク冒険者の少女――ディアナは一人、どこ吹く風といった様子で訓練場の中央へと進み出てくる。
「本来、Bランクへの昇格試験はBランクの冒険者が務めるものですが、事情により急遽、わたくしが担当させていただくことになりました。よろしくお願いいたします」
おおっ、と見学者たちから驚きの声が上がった。
「受験者羨ましいぜ!」「俺もディアナ様にコテンパンにされてぇ!」というような声もちらほらと聞こえてくる。
一体誰が戦うのだろうか。まぁ俺の知らない奴だろうが……。
と思っていると、聞いたことのある声が聞こえてきた。
「ふん、Aランク冒険者がどれほどのものか、見せてもらおうじゃない!」
「って、アンジュ!? 何でここに?」
籠手に覆われた両の拳を打ち付けて気合を入れていたのは、ファースを拠点としているはずのアンジュだった。
「あ、あたしも昇格試験を受けに来たのよ!」
そう言えば、もうすぐ受けるって言ってたっけ。
「べべ、別にあんたに会いに来たわけじゃないんだからねっ!」
ベタなツンデレ発言ありがとうございます。
「……あんたに先を越されるのも癪だし」
呟きながら、アンジュはディアナの下へと歩いていく。
相手がAランク冒険者だというのにまるで物怖じする様子はない。むしろ肉食獣のようにぎらついた瞳で睨んでいる。
一方、ディアナは平然と微笑み、
「ファースのギルド長、アンジュリーネさんの娘さんだとは窺っていましたが、本当にそっくりなのですね」
「あいつのこと知ってんの?」
「もちろんです。『狂拳』のアンジュリーネと言えば、王都でも有名な冒険者ですよ」
「あいつ、どちらかと言うと蹴技の方が得意なんだけど」
そんなやり取りを交しつつ、両者ともに戦闘態勢へと移行する。
張り詰めた空気。
極限まで緊張感が高まり――ディアナが腰の剣を抜き放ったのを合図に試験がスタートした。
「はぁぁぁっ!」
「――炎剣」
全身に闘気を纏いながら一気に距離を詰めるアンジュ。静かに迎え撃つディアナの剣から、ゆらりと炎が立ち昇った。
ディアナはいわゆる魔法剣士だ。
先ほど確認したところ、〈魔法剣〉という魔法を剣に乗せるスキルを有していた。
ディアナが炎を纏う剣を振るう。
すると鞭のように炎がしなり、アンジュに襲いかかった。
咄嗟に籠手でガードするアンジュだが、衝撃で吹き飛ばされる。
「っ……やるじゃない!」
「あなたの方こそ。よく初見で受け止めましたね」
それから、腹を空かせた猛獣のごとく牙を剝くアンジュに対し、ディアナは冷静な立ち回りを見せ続けた。
基本的にはアンジュの攻撃が届かない間合いを保ちながら、魔法剣でほぼ一方的に攻撃していく。
「くっ!」
懸命に近づこうとするアンジュだが、彼女の瞬発力をもってしても、ディアナとの距離を詰めることができない。
「風脚、という技です」
ディアナが種明かしする。
〈風脚〉。これも彼女が持つスキルだ。足に風を纏わせることにより、敏捷値を引き上げているのだろう。
〈魔法剣〉とほぼ同系統の技だが、〈並列思考〉スキルが無ければ二つの魔法を同時に発動し続けるのは不可能だ。さすがはランクA冒険者。
とりわけ近距離からの攻撃手段しか持ち合わせていないアンジュには厳しい相手だな。
「では、これくらいにしておきましょうか。合格です」
結局、試験終了まで、アンジュは一度もディアナに攻撃を当てることができなかった。
「悔し~~~~い!!!」
合格こそしたものの、アンジュはめちゃくちゃ悔しがっていた。
「まぁランクAの冒険者だしな」
「それでも悔しいのよ!」
ランクAとは言え、同年代の少女に手も足も出なかったのだから、負けず嫌いの彼女にとっては痛恨なのだろう。
ちなみに相手が同性だと、負けても恋愛感情を抱いたりはしないらしい。
「じゃあ、しばらく俺たちのパーティに加わらないか? 一人で訓練してるより、たぶん効率良いと思うぞ」
「は? ……えっ?」
突然の提案に呆気にとられるアンジュ。
「ななな、何であんたのパーティなんかにあたしが加わらなくちゃいけないのよっ!?」
「ちょうど戦力補強しておきたいと思ってたところなんだ。ニーナが抜ける分の」
「……ほえ?」
俺の言葉に真っ先に反応したのはニーナだった。
ぽかんと口を開いている彼女に、俺は告げた。
「これからニーナは俺たちと別行動だ」
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