第二章

第36話 第一級冒険者昇格試験

 ファースの街から馬車で一週間かけて、俺たちは王都にやってきた。


 さすがは王都、ファースとは比べ物にならないくらい立派な城壁で護られている。これならオークの群れがきてもビクともしなさそうだ。


 城門でギルド証を提示し、中に入った。


「ひ、人が沢山いるのです!」

「ほんとうなの」


 ファースの街ですら人が多いと驚いていたルノアはもちろん、王都に来たのは初めてだというニーナも人の多さに目を丸くしている。


「ん。確かに多い」


 と、頷くファンだが、剣闘士をしていた頃にここと同じくらいの規模の都市にいたらしく、それほど驚いてはいない。まぁ彼女の場合、基本的にどんなことがあっても大して表情が変わらないのだが。


 シルステル王国の王都と言えば、その最大の特徴はダンジョンがあることだろう。

 しかも城壁の中に、だ。


 なぜ街中にダンジョンがあるのか。

 それについて説明する前に、簡単にこの世界におけるダンジョンの仕組みについて触れておく必要があるだろう。


 この世界には、迷宮の神とか混沌の神とか呼ばれている神がいるらしい。こいつがダンジョンを生み出している張本人である。


 その迷宮の神とやらは時々、気紛れのように「ダンジョンコア」というダンジョンの核になるものを地上のどこかに出現させる。それは森の中だったり、孤島だったり、時には人の街に出現することもあるらしい。


 そしてそのダンジョンコアに気に入られた知的生物が、半ば強制的にダンジョンの運営者――ダンジョンマスターにさせられることにより、ダンジョンが誕生するという。

 勝手にマスターにさせられた当人にとっては堪ったものじゃないな。


 一応、ダンジョンマスターには永遠の命が与えられるらしいが、ダンジョンコアを破壊されるとダンジョンと一緒に消滅するらしい。なので彼らはダンジョンを攻略されないよう、必死になって運営しているそうだ。


 で、ここに王都が造られるその遥か昔から、この場所にはダンジョンが存在していたという。


 長い年月に渡って存在しているダンジョンほど出現する魔物や罠が強力に、そして内部構造も複雑で広大なものとなり、攻略が困難になる。

 ゆえに超絶難度のダンジョンとして、当時の冒険者たちからは攻略するのは不可能だと見なされていたらしい。


 だがそんな評判を覆して、一人の若者が攻略者となった。


 シルステル王国の建国者、ジークラウス=シルステル。

 現在この国を治めている王族の祖先にあたる人物だった。


 ダンジョンコアを破壊すれば、攻略者は多大な富と栄誉と力を得ることができる。

 しかしジークラウスはダンジョンマスターと、ある契約を交したという。

 それはダンジョンコアを破壊しない代わりに、ダンジョン内の魔物をダンジョンの外に出さない、というものだった。


 ダンジョン内で得られるドロップアイテムや魔石は、当時から高値で取引されていた。

 ジークラウスはダンジョンの上に街を作ることで、恒久的に街の産業として利用しようとしたのである。

 当時としては画期的な考えだったらしい。


 もう三百年近くも昔のことだが、現在もその契約は生きているという。


 そんなわけで、ここ王都には世界各地から大勢の冒険者が集まってくる。

 ただし、駆け出しはお断り。かなり難易度の高いダンジョンなので、Dランク以上の冒険者にしか入場が許されていないそうだ。






 王都の冒険者ギルドは、王都内でも最も賑やかな中央広場に隣接していた。


「結構でかいな」


 思わずそんな言葉が漏れてしまう。

 さすがに前世の高層ビルとまでいかないが、こっちの世界で見た中では恐らく最大の建物だろう。三階……いや、四階建てか。


「こここ、こんなところにニーナが入っていいのです!?」

「お前も冒険者だろ」


 三人を引き連れて中に入った。

 広々としたロビー。受付の数もファースよりずっと多い。

 その辺にいる冒険者をこっそり鑑定してみると、やはりファースの街の冒険者たちよりワンランク強いな。ダンジョン目当てで来ている熟練者が多いので当然だろう。


 逆に彼らは俺たちへと奇異の視線を注いできた。

 ニーナとファンはこの世界では成人と見なされる十五歳だが、ニーナの見た目は十歳だし、ファンもやや幼く見られてしまう方だ。そしてルノアはどう見ても幼女。

 明らかに冒険者のパーティっぽくないが、がっつりと武装している。確かに傍から見たら奇妙な集団だよな。


 まぁ気にせず受付に行こう。

 と思ったら、冒険者の一人から声をかけられた。


「ちょっとあんた、こんなところに子供を連れて来ちゃだめじゃないの」


 やけに恰幅のいい、五十がらみのおばはんだった。職員だろうか。


ナナ 53歳

 種族:猫人族

 レベル:21

 スキル:〈槍技+2〉〈嗅覚〉〈聴覚+1〉〈捜索+1〉

 称号:中級冒険者(Dランク)


 と思ったが、どうやら普通に冒険者っぽいな。

 こういうタイプの冒険者って初めて見た気がする。普通に動き鈍そうだし、これで魔物と戦えるんだろうか?


 それにしても、おばはんなのにえらい可愛い名前だ……。親は子供が歳を取ったときのことも考えて名前を付けてほしい。


「出たぞ、いつもの新人いびり」

「なかなかCランクに昇格できないからって、ああやって新人捕まえてストレス発散してんだってな。あの兄ちゃんも災難だ」

「おい、聞こえるぞ。あのババア、異様に耳が良いんだ。ほら、こっち睨んできたっ」


 ひそひそと他の冒険者たちの声が聞こえてきた。

 なんか面倒なおばはんに絡まれたっぽい。


「この子は違いますけど、俺とこっちの二人は冒険者です」

「そんなわけないじゃない。どう見たって子供でしょ」

「に、ニーナは十五歳なのです!」

「右に同じ」


 ギルド証を見せてみた。

 するとおばはんの顔が歪み、胡乱な目で睨んでくる。


「……あんたたちがCランク?」


 ニーナとファンはファースの街を発つ前に昇格試験を受け、合格していた。

 実力的に見て余裕だとは思っていたが、二人ともCランク冒険者の試験官たちをあっさり倒してしまった。ファンに至っては開始十秒で決着が付いた。あの試験官、めちゃくちゃ落ち込んでいたし、ちょっと可哀想だったな……。


「一体どこのギルドで昇格試験やったのよ? ファース? ふっ」


 おい。こいつ露骨に鼻で笑いやがったぞ。

 おばはんは深々と溜息を吐き出した。


「あそこも随分とレベルが落ちたみたいだねぇ」


 ほんとに腹立つババアだな。

 しかしこいつ、獣人だから仕方ないが頭に獣耳が付いてるんだよな。ババアが猫耳バンドしているみたいでちょっと笑える。


 へー、そうですかー、と適当に相槌を打ちつつ、それでは、とさっさと話を切り上げて俺は受付へと向かった。


「Bランクの昇格試験の受験登録をしたいのですが」


 受付嬢に用件を告げる。


「昇格試験? くふっ、身の程知らずってこのことねぇ」


 後ろからババアの嘲笑が聞こえてきた。

 マジで殴ってやろうかと思ったが、どうにか我慢した。






 翌日、俺は昇格試験を受けるため、ギルドの地下訓練場に赴いていた。


 ファースでのCランクへの昇格試験のときもそうだったが、そこそこ見学している奴がいるな。

 その中には昨日のおばはんの姿もあった。暇なのだろうか。


 今回試験を受けるのは俺を含めて三人いるらしい。

 今は最初の一人が試験官と戦っているところだ。試験内容はCランクの昇格試験と同じで、Bランクの冒険者と一対一で戦い、Bランクに相応しい実力を示せば合格である。


「不合格だ」

「くそ……」


 お、前の試験が終わったみたいだな。

 どうやら不合格のようだ。まぁBランクの試験官相手に、ほとんど手も足も出ないレベルだったし、仕方ないだろう。


「くふふ、やっぱり昇格試験はちゃんと厳しくしないとねぇ。身の丈に合わないランクの冒険者がいたら、ギルドの評判に関わるもの」


 おばはんが物凄く嬉しそうにしている。


「次の受験者」

「はい」


 呼ばれて、俺は訓練場の中央へと歩いていく。


「お前の担当はオレだ」


 先ほどとは別の試験官が担当するらしい。身長二メートル近くある、筋骨隆々の偉丈夫だった。


ゲート 36歳

 種族:人間族

 レベル:34

 スキル:〈剣技+4〉〈怪力+2〉〈体術〉〈動体視力+2〉〈闘気+1〉〈正義感+1〉

 称号:第一級冒険者(Bランク)


「ゲートじゃないの。くふふ、残念だったわねぇ、あなた。彼は厳格で知られる試験官だから、マグレで昇格しちゃうなんてあり得ないわよ」


 おばはんマジうぜぇ。

 俺は訓練場の真ん中でゲートという名の試験官と対峙した。


「始めるぞ。いつでもかかって来い」

「じゃあ遠慮なく。ハイグラビティ」

「――ッ!」


 俺が無詠唱で発動した中級の重力魔法――ハイグラビティを受け、ゲートがその場に膝を突きかけた。

 その隙を見逃すはずもなく、俺は地面を蹴って一気にゲートに肉薄する。


「こ、これは重力魔法かっ……くっ、だがこれしき――――っ!?」


 ゲートが目を剥く。

 彼の眼には、俺がいきなり姿を消したようにも見えただろう。


 相手に急接近してからの、隠密跳躍。

 ファンと模擬戦をしながら編み出した小技だが、初見だとほぼ確実にこちらの姿を見失ってくれる。


「っ……どこに……っ?」


 俺は隠密状態のまま〈天翔〉スキルで宙を舞っていた。

 ゲートが〈気配察知〉や〈第六感〉といったスキルを持っていれば気づいたかもしれないが、そうした察知系スキルがないことは〈神眼〉で確認済みだ。


 天井まで到達すると、そこを地面に見立てて蹴った。

 ゲート目がけ、高速で落下していく。


「踵落し」

「ぐべ!?」


 頭頂部に俺の踵が突き刺さり、試験官はあっさり意識を失ってその場に轟沈した。

 これなら文句なしの合格だろう。

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