第32話 オーク殲滅戦1
「最近になって、緑オークと茶オークの争いが沈静化しているという報告が上がって来ていたんです。それで調査をしてみたところ、オークキングと思しき魔物の存在が確認されたのです」
セルカが言うには、過去にオークキングが出現したときも同じような現象が起こっていたという。
緑オークと茶オークは年中縄張り争いを繰り広げているが、片方の種族からオークキングが現れたときだけは、もう片方の種族があっさりと負けを認めて隷属するらしい。
今回の場合、茶オークの方からオークキングが進化したそうだ。
「可能性は低いですが、彼らがこの街まで攻めてくることもあり得ます。ですのでギルド長が出張から戻り次第、討伐隊を派遣しようと考えています。現在、他の街のギルドにも依頼書を回し、参加者を募っているところです」
どうやらギルド長のアンジュリーネは今、不在にしているらしい。
「その場合、ぜひレイジさんたちにも参加をお願いしたいです」
「もちろん参加させていただきますよ」
「ありがとうございます。できればそれまでの間、遠征などには行かれずに街に待機しておいていただけると助かります」
「分かりました」
ギルドを後にすると、俺は〈千里眼〉スキルを使ってオーク山へと視覚を飛ばしてみた。
すると山の中腹にある開けた場所に、大勢のオークが集っているのを発見することができた。
緑オークと茶オーク、どちらの姿もある。友好的、とまではいかないまでも、喧嘩する様子ではない。
普通なら、あんなふうに同じ場所に一緒にいて大人しくしていることなどあり得ない。
原因はあの一際巨大なオークだ。
オークキング
レベル:44
スキル:〈斧技+5〉〈剣技+2〉〈闘気+1〉〈怪力+4〉〈頑丈+4〉〈威嚇+3〉〈統率+3〉
称号:オークの王
赤茶色の身体を持つこいつこそが、オークの最上級種、オークキングだった。
レベル44の魔物を安全に討伐しようと思えば、Aランク冒険者で構成されるパーティが必要だ。
だが今のファースの街にはAランク冒険者は一人もいない。ギルド長のアンジュリーネさえBランクだ。
他にもレベル30近いオークリーダーが十体以上、並みのオークだと数百体はいた。
他の支部から応援を呼んでいるようだが、討伐は容易ではないだろう。
◇ ◇ ◇
その日、冒険者ギルドから街に滞在する全冒険者へと緊急招集がかけられた。
ホールに集まった冒険者たちに状況を説明しようと、職員の一人が姿を現す。その蒼白な顔色から事態の深刻さが窺えた。
「オークキングが群れを引き連れてこの街に向かって来ています」
その言葉に、冒険者たちは息を呑んだ。
怖れていた事態が起こってしまったのだ。
しかもオークの進軍速度は早く、もう数時間後にはこの街に到達するだろうと予測されていた。
「マジかよ!?」
「どうしてもっと早くに気づかなかったんだ!?」
「くそ、これじゃあ住民が避難する暇もないじゃないか!」
「も、申し訳ありませんっ……」
口々に声を荒らげる冒険者たちに、ギルド職員が必死に謝罪する。
もちろんギルドはオーク山に偵察を出していた。
だが少し前まで、そうした気配など微塵も感じられなかったのだ。あまりにも突然の進軍だった。
冒険者たちは急いで街の西門へと向かった。
集ったのは七十人ほど。
Cランク冒険者のアンジュはもちろん、Dランクのバルドックたち、それからDランクに昇格して間もないリザたちの姿もあった。
「あ、あ、あたしたちだって、Dランク冒険者になったんだからっ……お、オークくらい倒せるよね!?」
「だと良いけれど。こんなことなら一度でもオーク山に行っておくべきだったわね」
「……オークでかい……」
「お、俺たちはオークを狩った経験があるぜ!」
「結局オークの群れに囲まれて必死に逃げ帰りましたけれどね」
「僕たち死にかけてばかりですよ、ほんと!」
「それにしても……」と、リザが不安げな顔で仲間たちに訊いた。
「レイジくんはどうしたのかな?」
「そう言えばいないわね。ニーナさんやファンさんも……」
自分たちの街を護るため、武器を手にして立ち上がった一般市民もいた。
二百人くらいはいるだろうか。
だが並みのオークですら、Dランク冒険者の上位の力がある。武装した市民の中でも戦力になり得るのはごく僅かだろう。
一方、愛弓の調整を終えたセルカは、門櫓の上から厳しい目で防壁の向こうに広がる平原へと視線を向けていた。
〈望遠+3〉を持つ彼女の眼には、すでにオークの群れが映っている。
「……こんなことになると分かっていたら、腕が鈍らないよう、定期的に冒険に出ておくべきでしたね」
セルカは嘆息を漏らす。
ギルド長が不在の今、Bランク冒険者は彼女を含めて二人しかいない。諸々の事情からできれば実力を隠しておきたいのだが、この状況だ。そういう訳にはいかない。
幸い門櫓の上から弓で長距離射撃する予定なので、それほど目立つことはないだろうが。
王都の防壁と違い、ファースの街の防壁は貧弱で、防壁を利用して敵を迎え撃つには心許ない。
そのため防壁の外で陣形を組み、戦うこととなった。上級冒険者たちを先頭に、下級冒険者、武装した市民という順番だ。
ただし元冒険者の孤児院の院長であるアルナのような実力者の中には、先頭に立っている者もいる。
オークキングが率いるオークの群れおよそ五百体が近づいてくる。
一番後方に見える一際巨大なオークがオークキングだろう。身の丈は三メートル近く、危険度Aの化け物だ。
「っ!」
と、そこでセルカは気づく。
オークの群れの先頭を行く個体。
「……オークジェネラルっ……?」
まさか、オークキングに次ぐ上位種まで出現していたなんて。
報告には上がっていなかったはずだ。オークリーダーと見分けがつきづらいため、発見することができなかったのだろう。
「っ! お、おい、あれ、オークジェネラルじぇねぇか!?」
他の冒険者たちも気付いたようだ。
見る見るうちに絶望の表情が広がっていく。
オークキングだけでも厄介だと言うのに、ここにきて危険度Bの魔物の存在が判明したのだ。
中には戦意を失って逃げ出す者も出始めた。
どう考えても向こうの方が戦力は上。
やがて開かれようとしている戦端に、誰もが悲壮な覚悟を固めていた。
「おい、あいつは何やってんだよ!?」
「どうせ怖くなって逃げやがったんだろ! 本当はランクCに見合う実力なんてなかったんだよ!」
冒険者たちの中からそんな声が上がっていた。
「れ、レイジくんはそんな人じゃないよっ!」
「そうですよ! 師匠は絶対来てくれますよ!」
リザやロッキが必死に反論しているが、未だに彼の姿が見えないのは事実。
「……彼には期待していたのですが……」
セルカは嘆息する。
とは言え、今は落胆している場合ではない。そろそろ先頭のオークジェネラルが射程圏内に入る頃合いだ。彼女は弓を構えた。
と、そのときだった。
「あれは……?」
セルカはある違和感に気づいた。
空に何かいる。
「何か」としか表現することができない。目を凝らしてみるが、セルカの眼でもはっきりとは捉えられない。
たが、確かに「何か」がいる。
それは上空からオークの群れに向かって、猛スピードで落ちてきていた。
オークたちも冒険者たちも、誰一人としてそれに気付いていない。
そのとき何の根拠も理屈も無く、セルカの脳裏に閃くものがあった。
「まさか、レイジさん……?」
そう呟いた瞬間、一気に視えるようになった。
間違いない。
「何か」の正体はあの黒髪黒目の青年だった。
彼は凄まじい速度で落下しながら、大上段に剣を振りかぶった。
その落下先は――オークジェネラル。
直後、オークジェネラルの頭部をレイジの斬撃が粉砕した。
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