第29話 はじめてのとうばつ
馬車で街道を進んでいると、途中で魔物に遭遇した。
種族:アーマードベア
レベル:17
スキル:〈硬化+2〉〈爪技+1〉〈噛み付き〉〈威嚇〉
熊系の魔物だ。体毛が固く、まるで鎧に護られているようであることから、アーマードベアと名付けられている。
ただ、防御力が高い反面、敏捷値が低く、大して強くはない。と言っても、普通のDランク冒険者であれば苦戦してしまうくらいには強いが。
討伐のため、俺たちは御者が停止させた馬車から降りた。
「ルノア、やってみるか?」
「うん」
すでにルノアには冒険者のことについて説明してある。
世間知らずな彼女は最初「ぼうけんしゃってなに?」という感じだったが、聞き終えたときには目を輝かせて「ルノアもパパのおてつだいするの!」とやる気に溢れていた。
そんなわけで、はじめてのとうばつ、である。
「ほ、本当に大丈夫なのです!?」
「心配」
ニーネとファンはかなり不安そうにしている。
御者のおっちゃんも「え? まさかその子が戦うんですかい?」と驚いていた。
確かにルノアの見た目は、角と翼がなければごく普通の七歳の女の子だ。今は頭に大きめの帽子(普通の帽子だと角が邪魔で被れないのでスラいちが擬態している)を被り、翼も服の下に隠しているので完全にそうとしか見えない。
だがその実、最上級悪魔の血を引くハーフデーモンである。ステータス的には俺すらも上回っている。
ルノア 7歳
種族:ハーフデーモン
レベル:48
スキル:〈黒魔法〉〈雷魔法〉〈重力魔法〉〈翼飛行〉〈念話+1〉〈自然治癒力+2〉〈魔力吸収+1〉
称号:悪魔公爵の娘
状態:信仰度70%
レベルなんて48だしな。
ちなみに俺のレベルはまだ29だ。
「……」
戦闘民族のアマゾネスであるアンジュだけは、薄々ルノアの力を察しているのか、何も言わずにじっと見つめている。
そしてルノアが恐る恐るアーマードベアに近付いていく。
そのときだった。
「ッ!?」
突然、アーマードベアが怯え始めたかと思うと、お尻を向けて逃げ出してしまった。
「……どうしたの?」
肩透かしに遭い、ルノアはキョトンとしている。
どうやらあの熊、ルノアがただの幼女ではないと気づいたようだ。
さすがは魔物。野生の勘と言うべきか。
それからも何度か魔物と遭遇し、ルノアをけしかけてみたが、いずれも結果は同じだった。
今もまたレッドファングという狼系の魔物がルノアから逃げていく。
「つまらないの」
そう呟きつつ、ルノアが手を前に翳した。
直後、レッドファングがスッ転んだ。
「ッ!? ……ッ!?」
レッドファングは起き上ることができない。それどころか地面に這いつくばり、まるで巨大な岩に押し潰されたかのようになっている。
「グラビティか」
恐らく重力系の初級魔法の一つ、グラビティだろう。対象の重さを増やし、動きを鈍くさせる魔法だ。そう言えば、ルノアは〈重力魔法〉のスキルを持っていたな。
てか今、普通に無詠唱じゃなかったか?
そんな分析をしていると、雷鳴が迸った。
ルノアの手から放たれた雷が魔物に直撃する。
今度は初級の雷魔法ライトニングだろう。しかもグラビティは発動させたままだ。
レッドファングはあっさりと絶命した。
「パパ、たおしたの」
ルノアが駆け寄ってくる。
褒めてほしそうだったので頭を撫でて「よくやった」と言ってやると、「えへへ」と嬉しそうに顔を綻ばせた。
むぅ、かわいいな。
しかしそんな無邪気さとは裏腹に、この戦闘力はヤバい。
ニーナたちが唖然としている。
「ひええっ、ほ、本当に子供ですかい?」
御者のおっちゃんは仰天のあまり御者台から落っこちそうになっていた。
ルノアに訊いてみると、特に魔法の訓練をしたわけでもなく、前に何となく使ってみたら使えたのだという。
なにその才能……。悪魔が怖れられる訳だな。
ルノア
スキル獲得:〈無詠唱〉
しかも今ので無詠唱のスキルを習得してるし。
ちなみに現在、重力魔法と雷魔法の他にルノアが覚えているのが黒魔法なのだが、これはなかなかに怖ろしい魔法だった。
Q:黒魔法って?
A:死や病気、呪いなど関する魔法。
即死魔法や弱体化魔法の他、敵を洗脳させて操る魔法なども、この黒魔法に含まれるらしい。
ルノアにその気があったとしたら、あの村、確実に滅びていたな。
しかし悪魔公爵のアーセルとかいう奴、こんな危険な子供を各地で生み増やしているのか。
それから順調に街道を進み、俺たちはファースの街へと戻ってきた。
ギルド長と、受付嬢ながら実質的にこのギルドのナンバー2であるセルカに、俺たちは事情をすべて説明した。
「てめぇが面倒を見るというのなら異論はねぇ」
ギルド長はあっさりと認めてくれた。
「最近は聞かねぇが、悪魔を使役する冒険者は珍しいわけじゃねぇしな」
ということらしい。
「ただしディーン教徒どもがうるせぇから、角と翼、あと尻尾は誰にも見られねぇようにしろよ」
ギルド長が意外と話が分かる奴で助かった。
まぁ元々、娘であるアンジュからも「細かいことは気にしない人だから大丈夫でしょ。たぶん」って言われてたしな。
思っていたより簡単に報告が終わり、報酬を貰って立ち去ろうとする。
そのときギルド長が娘にとんでもないことを訊ねた。
「ところでてめぇ、もうこいつには抱かれたのか?」
「なっ……ななな、何を言ってんのよあんた!? そんな訳ないでしょ!?」
それぞれ「てめぇ」とか「あんた」呼ばわりだが、アマゾネスの母娘ではこれが普通らしい。
アンジュの返答に、アンジュリーネ(母)は心底呆れたような顔をした。
「はぁ? 馬鹿か、てめぇ? 一週間も一緒だったってのに、まだヤってねぇのかよ?」
「ななな、何をやるっていうのよ!?」
「ああん? アマゾネスが好きな男と一緒にいてやることっつったら、決まってんだろーが。セッ――」
「あああああああああああああああああああああああああっ!」
物凄い叫び声でアンジュが母親の言葉を掻き消した。
そして真っ赤な顔で俺の方を振り向き、
「あああ、あのバカ女ってば一体何を言っているのかしらねあたしには全然まったくこれっぽっちも理解できないわ!?」
捲し立てるように誤魔化してくる。
そんな慌て切った娘の様子に、ギルド長は口端を吊り上げ、
「くくっ、自分の気持ちに正直になれねぇてめぇの方がよっぽどバカだろーが」
「ううう、うっさい!」
「ほんとはヤりてぇんだろ? アマゾネスに伝わる房中術を教えてやろうじゃねぇか、実例を交えてな。確か、オレがてめぇを産んだときは――」
「うるさいって言ってんでしょーがああああっ!!」
アンジュは再び咆哮めいた叫び声を上げた。
「ととと、とにかく! あ、あんたはすぐに出て行きなさい! 出て行け!」
「お、おう……」
強引に部屋を追い出されてしまった。
「パパ。おねえちゃんたち、なんのおはなししてたの?」
「ルノア、お前にはまだ早い話だ」
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