第28話 パパになりました

「……どうして助けたの?」


 助けたハーフデーモンの第一声はそれだった。

 単なる疑問というより、どこか責めるような響きが含まれていた。


 貴重なスキルをたくさん持ってたから、恩を売って信者にしてやろうと思って。

 ……なんて本音は口には出さないよ?


「あのまま、しにたかったのに……」


 この子くらいの力があればあんな結界、余裕で抜け出せたはずだ。そもそも聖騎士に捕まることすらなかっただろう。

 なのになぜ大人しく磔にされていたのか疑問だったが、どうやら自ら死ぬことを望んでいたらしい。


 むう……。ある程度は予想してたけど、やっぱ重いですわ、この子……。


 どうすべきかと俺が思案していると、「……おじちゃん」と呼ばれた。


 いや俺まだそんな歳じゃないからね? 24だからね?

 訂正してやりたかったが、何か訊ねたそうな顔をしているので俺は大人しく続きを待った。


「ルノアのこと、こわくないの?」

「何でそう思うんだ?」

「だって、ルノアはね、あくまの子なの」


 知ってる。ハーフデーモンだけどな。


「あくまはこわいって、みんな言ってたの。……だから、ころさないといけないんだって」


 俯いて、幼女――ルノアは唇を噛み締めながら言う。

 俺は断言してやった。


「怖くないさ」


 ルノアは不思議そうに首を傾げた。


「……どうして?」

「じゃあ、ルノアは俺たちに何か怖いことをするつもりなのかい?」


 ルノアはふるふると首を振った。


「……しない」

「じゃあ怖くないな」


 でも、とルノアは呟く。


「……ルノアのせいで、ママはしんじゃったの……」


 訊いてみると、つい最近まで彼女は母親と一緒に暮らしていたという。

 村人に知られないよう、秘かに育てられていたそうだ。


 だが、あるとき母親が病気になってしまった。

 そしてルノアは母親を助けたいという一心で、言いつけを破って勝手に外に出てしまったらしい。

 その結果、角と翼を持つ彼女の存在が村人たちに知れ渡ってしまったのだ。


 さらに追い打ちをかけるように、母親も病気が悪化して命を落としてしまう。


 一人になったルノアは「悪魔の子」と呼ばれて村人たちから迫害された。そして母親が病死したのは、悪魔の子を産み、隠していたせいだと言われた。

 さらにそこへ、悪魔狩りの聖騎士たちがやってきて――後は俺たちが実際に目で見た通りである。


「そんなの、あなたのせいじゃないわよ!」


 これまで静かに話を聞いていたアンジュが叫んだ。


「……そうなの?」

「た、たぶん……」


 おいそこは断言してやれよ。


 Q:悪魔が傍にいると呪われたり病気になったりする?

 A:その悪魔が意図して呪いをかけない限りあり得ない。


〈神智〉で調べてみるが、母親の病気とこの子の存在は無関係のようだ。


「お姉ちゃんの言う通りだ。ママが死んでしまったのはルノアのせいじゃないぞ」


 そもそも普通に治せる病気だったのに、見せしめのために放置された可能性が高い。もう少し俺たちが早く来ていたら何とかなったかもしれないが……。


「……ほんとう?」

「ご主人さまが言うのなら間違いないのですよ!」

「レイジは博識」


〈神智〉のお陰だけどな。


「でも、もうルノアのいばしょはないの……」

「だったら俺たちと一緒に来ればいい」

「……おじちゃんたちと……?」


 だからおじちゃんじゃないって。


「確かにファースなら、ディーン教徒の多いこの村よりはマシだろうけど……」

「大丈夫。角や翼くらい、帽子とかマントで隠せるさ」


 アンジュの不安に、俺はそう答える。

 他にも上手く誤魔化す方法は幾らでもある。


「いいの?」

「ああ。もちろんだ」

「……いく。ルノア、おじちゃんたちといっしょにいく」


 最終的にルノアは決断してくれた。

 しかし何を勘違いしたのか、


「おじちゃん、もしかしてルノアのパパなの?」

「え?」

「ママがいつも言ってたの。いつかきっと、パパがむかえにきてくれるって」


 俺、悪魔じゃなくて邪神ですよ。

 そもそもこの子の父親らしい悪魔公爵ってどんなやつなんだ。


 Q:悪魔公爵って?

 A:魔王に次ぐ最上級の悪魔。現在はマストラ、アーセル、プルゾフの三体。


 三体もいるのか。どいつだろう。


 Q:アーセルって?

 A:堕天使。見た目は好青年。様々な種族の女を誘惑して自分の子供を孕ませている。


 こいつの可能性が高そうだ。何というか、ロクな奴じゃなさそうだが。


「ルノアのパパなの?」


 ルノアが期待に満ちた眼差しで俺を見つめてくる。


 1.「パパじゃない」何で俺が悪魔の親にならなくちゃなんねーんだよ。

 2.「パパじゃないけどお兄ちゃんだ」俺はまだそんな歳じゃない。

 3.「パパだよ」パパになっちゃえ!


「そうだぞ。俺がパパだ」

「っ……パパぁぁぁぁぁぁっ!」


 ルノアが俺の胸へと飛び込んできた。

 ぐはっ……。

 さ、さすがはレベル48……普通にダメージ受けてHP削られたぞ……。


「えええ!? そうだったのです!?」


 いやニーナ、そんな訳ないだろう。

 まぁいずれこの子が大きくなって、ちゃんと分別がつくようになるまでは親代わりになってやるか。


 え? 無償で? いやいや何言ってるんですかね?


 ・ルノア:信仰度70%


 対価はもちろん経験値と熟練値ですよ。

 強力な信者ゲットだぜ。


「そそそ、それなら! あ、あ、あたしがママになってあげるわ!」


 顔を真っ赤にしたアンジュが何か言い出したんだが。

 ルノアが顔を上げる。

 そして残念そうに首を振った。


「……ママじゃない」

「がーん」



   ◇ ◇ ◇



 翌朝、泊まっていた宿に聖騎士たちが訊ねてきた。


「実は悪魔がいなくなってしまったのです。何か心当たりはありませんか?」

「ないですねー。ずっと寝てたもんで」


 俺たちを疑っている様子だったので、部屋の中をしっかり調べてもらった。ルノアにはスラぽんの亜空間の中に入ってもらっていたので、見つかるはずがない。


「まぁでも、聖騎士さんたちがいれば十分ですよね。だって悪魔狩りのプロですし」

「もちろんです」

「いやー、頼もしいですねー。じゃあ、俺ら帰ります」


 そして後のことは聖騎士たちに任せるふりをして、俺たちはとっとと村を立ち去った。

 馬車の中でルノアがスラぽんの亜空間から出てくる。


「むらを出るの、はじめて」

「ファースの街はここより何倍も大きいぞ」

「たのしみなの」


 ルノアは俺たちの顔を順番に指差しながら、


「レイジパパ。アンジュおねーちゃん。ファンおねーちゃん。それから、ニーナちゃんにスラぽんにスラいち」

「すごいな。もう全員の名前を憶えたのか」

「えへへ」


 俺が柔らかい赤髪を撫でてやると、ルノアは嬉しそうに笑う。


「ニーナもお姉ちゃんって呼んでほしいのです!」

「いわかんがあるの……」


 鼻息荒く主張するニーナだったが、ルノアには首を左右に振られていた。


「どうしてなのです!?」

「ニーナは永遠の妹キャラ。よしよし、泣かない泣かない」

「な、泣いてないのです! ファンはいい加減、ニーナを子ども扱いするのやめるのです~~~っ!」

『……!』

『……?』


 いつの間にか随分と賑やかになってきたな……。

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