第20話 パーティ内序列
「……誰?」
少女――ファンはきょとんとした顔で首を傾げた。
何というか、本当に白いな。
白銀の髪に、白磁のような肌。表情も乏しく、それがさらに白さを強調している感じがする。
「ファースの街の奴隷商でお前を買う予定だった客なんだが、まぁ覚えてないよな」
「あ」
思い出してくれたらしい。
しかし色々と予定が狂ったな。
今の彼女の所有権はあの好色商人にある。本人は死んでいるが、遺族が相続することになるのだ。
あの商人は王都在住だと言っていたし、遺族はたぶん王都にいるのだろう。となると、手続きは非常に面倒だ。譲ってくれと言っても断られたり、高い金額を吹っかけられたりする可能性もある。
このまま連れ去ってしまうという手もあるが、彼女の腕には奴隷の証である腕輪が嵌められている。調べられる可能性は少ないとは言え、他人の奴隷を勝手に所有していることがバレたら罪に問われるだろう。
そこで、今や便利屋になりつつあるスラぽんの登場である!
スラぽんがぬるぬる動いてファンに近付いていく。
ファンは後ずさった。
『……?』
「怖がらなくていい」
「……先ほど食べられた……」
どうやらちょっとしたトラウマになってしまったらしい。
実は彼女が牢屋から出ることができたのは、次のような手順による。
・巨大化したスラぽんが彼女の身体を亜空間に入れる。
・身体を小さくして鉄格子を通り抜ける。
・彼女を外に吐き出す。
これ、応用したらマジックショーでお金取れるんじゃないか?
ちなみに、アイテムボックスには人間が中に入ることができないよう魔術的な制限がかかっていたのだが、スラぽんの〈保管庫〉になった時点でそうした制限は失われていた。ただし亜空間のサイズは10メートル×10メートル×10メートルのままだ。
説得に応じ、ファンは恐る恐るスラぽんに近付いていく。スラぽんが触手を伸ばし、それで彼女の腕を覆い尽くした。
「……腕輪が消えた……?」
ファンは目を丸くして驚いている。
スラぽんが〈亜空間〉スキルを使い、腕輪を亜空間に入れただけだ。
実は無理に腕輪を破壊しようとすると腕輪にかけられた契約魔法が発動してしまうのだが、壊さずに取り外してしまえば発動しないのである。
ちょっとした裏ワザだが、普通のアイテムボックスでは不可能な芸当だ。腕輪だけを粘液で覆うことができるスラぽんだからこそできるっぽい。
「これでもうお前は奴隷じゃない」
微妙に違法くさいけどな。
「……予想外」
「だろうな。さて、奴隷じゃなくなった以上、お前はもう自由の身だ。これからどうするか、お前自身で決めればいい」
「私自身で……決める……」
ファンは俺の言葉を反芻する。
「何かやりたいことはあるのか?」
「……私ができるのは戦うことだけ。他には何も知らない」
「じゃあ俺たちと一緒に冒険者やろうぜ」
「冒険者……」
ファンはしばし考えてから、
「……構わない」
これで彼女は俺たちの仲間になった訳だが、俺が予定していた形とは違う。
狼や犬が群れのボスに忠誠心を示すように、犬人族の奴隷は主人に対して強い忠誠心を持つ(もちろん尊敬できる主人である必要がある)。
だが彼女が奴隷ではなくなった今、俺と彼女の関係は主人と奴隷の関係ではない。
・ファン:信仰度10%
助けてやったこともあって信仰度を獲得してはいるが、やはり低い。そもそも助けられたことをあんまり感謝してないな、こいつ。
主人と奴隷の関係が無理なら、別の方法で上下関係を構築してやる必要があるだろう。
「ファン。これから俺と勝負しろ」
「ご主人さま!?」
「……?」
俺は彼女と一騎打ちをすることにした。
「本気?」
「ああ」
「……分かった」
互いに向かい合い、剣を構える。〈二刀流〉のスキルを持つ彼女は剣を二本持っている。どっちも保管庫に入れていた予備だが。
ファンが地面を蹴る。
二本の剣から繰り出されたのは嵐のような斬撃だった。
うおっ、こんなんどうやって捌けと!?
俺は剣一本では受け切れないと即座に判断し、防御は〈物攻耐性+3〉と〈自己修復+3〉に任せて攻めに徹した。この二つのスキルには本当に世話になっている。
ただ、幾ら耐性があっても痛いものは痛いんだよなぁ……。
レイジ
スキル獲得:〈痛覚軽減〉
と思っていたら、新しいスキルを獲得した。これはありがたい。
「っ……」
「どうした? その程度か?」
俺が防御を捨てて攻めまくった結果、形勢は逆転。やっぱり攻撃は最大の防御だな。
「……本気を出す」
ファンの全身をオーラのようなものが覆った。
〈神眼〉で見ると、すべてのステータスが上昇していた。〈闘気〉の効果だ。ぜひとも欲しいスキルだな。
「じゃあ俺ももう少し本気を出すぞ。ブレイズウェイブ」
「魔法っ? くっ……」
「グラウンドウォール!」
「なっ!?」
炎の波を避けたファンだったが、いきなり目の前に現れた壁に激突した。
俺の武器は剣だけじゃないんだよ。
◇ ◇ ◇
「俺の勝ちだな」
「……負けた」
五分ほどで決着が付いた。ファンは剣を二本とも取り落し、俺は彼女の喉首に剣の切っ先を突きつけている。
何を思ったか、俺の足元でファンが仰向けに倒れ込んだ。そして服を捲る。可愛らしいお臍が丸見えになった。
……いや、それどころか下の方まで丸見えなんだが。奴隷だからかパンツ穿いてない。
俺は目を逸らしつつ訊いた。
「……どういう意味だ、それは?」
「服従のポーズ」
どうやら腹を見せているらしい。まるで犬だな。
・ファン:信仰度60%
信仰度が急激に上昇した。
戦いを好む彼女にとって、強さというのは上下関係を構築する上での重要なファクターだったのだ。
俺の方が彼女より強いということをはっきり分からせてやったことで、彼女は俺を自分より格上だと認めたのである。
「これからよろしくな」
「ん」
俺はニーナたちのことを紹介した。
「彼女はドワーフのニーナ。そしてこのスライムは俺の従魔でスラぽんだ」
「よろしくなのです!」
『!』
「……よろしく」
ファンはペコリと頭を下げる。
「分からないことがあれば、何でもニーナに訊いてほしいのです!」
ニーナが先輩風を吹かせ始めた。
しかしそんな彼女を見下ろして、ファンが呟く。
「……かわいい」
「ほえ?」
「抱き締めていい?」
「ちょ、やめるのです!?」
「よしよし」
「こ、子ども扱いしないでほしいのです! ニーナはこう見えて十五歳なのです!」
「私と同じ?」
ファンが目を丸くする。そう言えば、同じ歳なのか。
「でも、ニーナの方が先輩なのでお姉さんなのです!」
「違和感がある」
「違和感があってもお姉さんなのです!」
「……勝負する?」
「受けて立つのです!」
なぜか二人も勝負することになった。
そして三分後。
「私の勝ち」
「ぎゃふん……」
あっさりニーナが負けた。
「私の方がお姉さん」
「うぅ……屈辱なのです……」
微妙にドヤ顔のファンに抱きあげられ、ニーナは無念そうに項垂れる。
ぷるぷるっ。
「……スラぽんには勝てる気がしない」
どうやらスラぽんには一目置いているようだ。
今のところ彼女の中では、このメンバーの上下関係はこうなっているに違いない。
俺>スラぽん>ファン>ニーナ
「どうしてニーナが一番下なのです~っ!」
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