第19話 盗賊団
ファースの街を出発し、馬を走らせること街道を約五時間。
そこで俺たちは横倒しになった馬車を発見した。
「これは……」
「盗賊に襲われたのです……?」
「……だろうな」
周囲には幾つもの死体が転がっている。護衛が応戦したのか、一見して盗賊と思われる身なりの汚い死体もあった。
生きている人間はいないようだ。
死体の中には丸々と太った豚のような男も含まれていた。殺された後に身ぐるみを剥がされたのか、真っ裸で絶命している。
名前:リョエール
種族:人間族
レベル:7
スキル:〈交渉力+2〉〈目利き+1〉〈金運+1〉〈算術+1〉〈精力増強+3〉〈性技+2〉
称号:好色商人
状態:死亡
こいつが奴隷商が言っていた商人のようだ。
探してみたが、あの獣人奴隷は見当たらない。ドサクサに紛れて逃げたか、あるいは盗賊に捕まってしまったかのどちらかだろう。
後者の場合、盗賊の住処を発見する必要がある。
俺は〈神眼+1〉(に内包された〈鷹の眼〉)を使い、上空からこの付近一帯を見下ろした。
+1になったことで能力が拡張されたらしく、見える範囲が大きく広がっていた。
ん、あれは……。
ちょっとした丘の上に砦のような建造物を発見した。かなり古いらしく、外壁は風化してボロボロだ。たぶん現在は利用されていないだろう。
だからこそ、根城にするにはもってこいの場所だ。
「この先に砦がある。そこに盗賊団がいるかもしれないな」
◇ ◇ ◇
ファンは牢の中に捕らわれていた。
ボロい砦のボロい牢屋ではあるが、元々が堅牢に作られていたせいか、脱出することはできそうにない。
牢の中には自分以外にも何人か女子供が捕えられていて、大半が絶望的な表情を浮かべていた。
これから奴隷として売り飛ばされることになるのだろう。
すでに奴隷であるファンは冷静だ。今度はどこに売られるのだろうか。あの豚商人を契約主とする奴隷の腕輪を嵌めているため、闇ルートからの売買になるかもしれない。
願わくは、今度こそ戦闘奴隷として買われたい。だが望みは薄いかもしれない。どうやら自分の容姿は、戦闘奴隷にするには惜しいくらい優れているようなのだ。
ファンは剣闘士奴隷の子供として生まれた。
そして幼い頃から剣闘士になるため、厳しい訓練を積んできた。
過酷ではあったが、幸いなことにファンは戦うことが好きだった。
歯車が狂ったのは初陣のとき。
闘技場でファンを見初めたとある貴族が、大金をはたいて彼女を買ってしまったのだ。
屋敷に連れていかれたファンは、いきなりメイドとして働くことになった。戦うことしか知らない彼女にとって、メイドの仕事は苦痛でしかなかった。
しかしあるとき、貴族の妻が激怒した。どうやら貴族がファンに向ける視線が、主人とメイドの関係を越えたものであることに気づき、嫉妬したらしい。
そうして奴隷商に売り飛ばされたファンは、今度は好色家で知られる変態商人に買われ……そして今に至るという訳だった。
「ひゃっ!?」
不意に近くから悲鳴が聞こえてきて、ファンは我に返った。
「……スライム?」
一体どこから入ってきたのか、牢屋の中に小さなスライムがいた。まだ生まれたばかりなのか、大きさはせいぜい高さ五十センチほどしかない。
しかし次の瞬間、スライムが見る見るうちに巨大化していった。
「た、助けてっ!」
「きゃあああ……っ!」
他の女子供が狭い牢屋内を逃げ惑う中、ファンはスライムに拳を叩き込んだ。
ぶにょん。
「……っ!?」
だが身体に弾かれてしまう。何という弾力性だろうか。これでは素手でダメージを与えることは不可能だ。
咄嗟に武器を探したが、ここは牢屋だ。ある訳がない。
「っ!」
そのとき突然、スライムから触手が伸びてきた。躱すことはできない。
腕と足を掴まれた。そして強い力で引っ張られる。
べちゃん! ずぶずぶ……。
彼女の身体はスライムの中へと沈み込んでいく。
こんなところで死ぬのか……そう思ったとき、ファンはスライムの身体から吐き出されていた。
「……出られた?」
そこは鉄格子の外だった。
どんな原理か知らないが、小さなサイズに戻ったスライムが傍にいた。
ぴょんぴょん飛び跳ねながら、通路の向こうへと逃げていく。が、途中で止まったかと思うと、何かを伝えようとするように触手を振ってきた。
「付いて来いってこと?」
ぷるぷる。
……何となく頷いたような気がした。
◇ ◇ ◇
盗賊団はいかにも寄せ集めといった集団で、レベルもせいぜい10~20。
ただし、頭目だけは別格だった。
ビルゲ
種族:人虎族(ワータイガー)
レベル:28
スキル:〈虎化+3〉〈剣技+1〉〈爪技+3〉〈体術+2〉〈怪力+2〉〈威嚇+2〉
称号:盗賊団の頭目
「ガルルルルァ!!! この姿を見て生きて帰ると思うんじゃねぇぞッ!!!」
人虎族という獣人種だ。普段は人間の姿をしているが虎化することが可能で、そうなるとステータスが跳ね上がるらしい。
虎と化した頭目が襲い掛かってきた。
俺は鋭い爪を転がって回避する。しかし〈威嚇+2〉の影響か、身体が重い。そのせいで躱し切れず、爪が肩を掠めて肉が抉られた。
「ご主人さまっ!」
「大丈夫だ! ニーナは雑魚を頼む!」
他の盗賊をニーナに任せ、俺は単独で頭目と交戦する。だが俺もニーナも劣勢だ。
そのとき白銀の髪を靡かせ、一人の少女が戦場に突入してきた。
よし、来たか。スラぽんは上手くやってくれたらしい。
「なっ、何で牢の外に!?」
「くそ、捕まえろ! そいつは貴重な商品だ!」
奴隷たちが少女を捕まえようとするも、彼女は二本の剣を振るって軽々と斬り捨てていく。
「てめぇら何やってやがるッ!」
「あんたの相手は俺だ。余所見している場合じゃないぞ?」
「がッ!?」
俺の鋼の剣(業物)が盗賊の頭の右目を切り裂いた。
「ちぃっ、この野――」
「ブレイズウェイブ!」
後退しつつ中級の火魔法をお見舞いする。炎に包まれ、頭目が悲鳴を轟かせた。
「任せて」
白銀の髪の少女が地面を蹴って飛翔した。
空中で身体を回転させつつ、虎の頭上へと落下していく。
「ガァァァァァッ!?」
二本の剣から繰り出されたのは、目にも止まらぬ斬撃の嵐。それをまともに浴び、虎の全身から血が吹き出す。
頭目は地面に倒れ込み、痛みに悶絶している。すかさず俺は渾身の刺突を額に見舞った。
それがトドメとなった。
「お、お頭がやられた!?」
「逃げろ!」
一目散に逃走を図る盗賊たち。だがそんな彼らの前に、巨大なスライムが立ちはだかった。
スラぽんだ。
「な、何だこのでかいスライムは!?」
「うおっ、触手で攻撃してきたぞ!?」
「ぎゃああっ!」
頭を失った盗賊たちは脆く、あっという間に制圧が完了した。
レイジ
レベルアップ:21 → 22
スキル獲得:〈虎化+3〉〈爪技+3〉〈体術+2〉〈威嚇+2〉
ニーナ
レベルアップ:21 → 22
スラぽん
レベルアップ:20 → 21
〈死者簒奪〉で今までなかったスキルが結構手に入ったぞ。
しかしこの〈虎化〉のスキル、俺でも使えるんだろうか? あとで試してみよう。
それよりも今はこっちだ。
「久しぶりだな」
「……誰?」
親しげに声をかけてみたが、きょとんとされた。
まぁ、覚えてないよな。
ファン 15歳
種族:犬人族
レベル:23
スキル:〈剣技+3〉〈二刀流+3〉〈俊敏+2〉〈体術+1〉〈嗅覚+2〉〈闘気〉〈忠誠〉
称号:奴隷 英雄の卵
ようやく彼女を仲間(しんじゃ)にすることができそうだ。
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