第18話 スライム保管庫

「き、金貨100枚になります」


 翌朝、鉱山で手に入れた聖銀鉱の一部を市場で売ると、金貨100枚になった。前世で言うと一千万円相当の大金である。

 しかもこれでもごくごく一部なのだ。すべて売るとたぶん、余裕で数億円にはなるだろう。一気に売ると市場が混乱するので、少しずつ売っていくことにしよう。


「……俺たち金持ちになってしまったな……」

「やっぱりご主人さまはすごいのです!」


 ずっしりと重い袋を手に、俺とニーナは宿へと戻る。


「……スラぽん、そろそろこの部屋に置いておくのは厳しいな」


 すでにスラぽんは部屋の三分の一くらいを占めていた。そのうち床が抜けてしまいそうだ。確か馬小屋付きの宿があったが、頼めば従魔でも利用できるかもしれない。


 と、そこで俺は床に置いておいたアイテムボックスが無くなっていることに気が付いた。ちなみにボックスというだけあって、小さめの金庫くらいの大きさがある。


「あれ? ここに置いておいたアイテムボックス、どこに行ったんだ?」


 まさか、泥棒……!?

 いや、この部屋にはスラぽんがいて、俺たちが出ている間もずっとアイテムボックスを見張ってもらっていたのだ。


「ご、ご主人さま……あれ……」


 何かを見つけたのか、ニーナがスラぽんの方を指差していた。

 嫌な予感を覚えながら俺も視線を向けると、



 ――スラぽんの体内にアイテムボックスの欠片があった。



 すでに欠片である。それもあっという間に消滅してしまう。

 スラぽんがアイテムボックスを〈吸収〉してしまったのだ。


「何やってんだよ、スラぽぉぉぉぉぉぉんんんんんんんんっ!!!!!!?」



  ◇ ◇ ◇



スラぽん

 種族:グラトニースライム

 レベル:20

 スキル:〈物攻耐性+1〉〈自己修復+1〉〈吸収+4〉〈触手攻撃+1〉〈噛み付き+3〉〈亜空間〉

 称号:暴食生物 保管生物

 状態:テイム 信仰度60%



 アイテムボックスを〈吸収〉したスラぽんのステータスに、〈亜空間〉というスキルが加わっていた。


「スラぽん、聖銀鉱を出してくれ」

『……!』


 ツルハシが出てきた。


「いや、これはドワーフのツルハシだ。聖銀鉱っていうのは、小さな石だよ」

『……?』


 今度は粘性生物の目玉が出てくる。惜しい。大きさは一致している。


 結論から言うと、スラぽんがアイテムボックスの代わりになってしまったのだ。


 元々ボックス内に入っていた聖銀鉱も失われてはおらず、スラぽんに頼めばちゃんと亜空間から出してくれる。知能が低いので、しょっちゅう間違えるが。


「これは便利だな。一時はどうなることかと思ったけど、結果的にはグッジョブだ、スラぽん」

『……!』


 俺が身体を撫でてやると、スラぽんは嬉しそうに身体を揺らした。……ボロ宿も一緒にミシミシと揺れた。


「これは褒美だ」


 俺はスラぽんにコボルトから回収した剣を喰わせてやる。グラトニースライムに進化して以来、どうやら肉と金属が好みになったらしい。

 とりわけ強い魔力を帯びたものが好きで、アイテムボックスを食ってしまったのはそれが魔法道具だったせいだろう。


スラぽん

 スキル獲得:〈硬化〉


 金属を食べさせていると、スラぽんが新しいスキルを獲得した。

 これもまた使い勝手の良さそうな能力だな。


 試しに聖銀鉱を喰わせてみた。


『……! ……!』


 ミスリルは魔力を帯びているため、かなり美味かったのだろう。スラぽんは全身を揺らして喜びを表現している。……ボロ宿が壊れそうだ。


スラぽん

 スキル獲得:〈帯魔〉


 さらに新しいスキルを覚えた。ミスリルが持つ性能を〈吸収〉してくれたのだ。


 Q:〈帯魔〉って?

 A:周囲から魔力を集め、蓄える能力。


 これもなかなかに便利そうな能力である。


「ん? スラぽん、なんか縮んでいってないか?」

「あ、ほんとなのですっ」

『……!』

「スラぽん、なんて言ってるのです?」

「身体の一部を亜空間に収納してみたって」


 そんなこともできるのか。

 見る見るうちにスラぽんは小さくなり、最初に出会ったころのサイズになってしまった。


「これなら部屋の中でも飼えるぞ」

『……! ……!』


 スラぽんはとても嬉しそうだ。


「よし、これで十分お金が溜まった。奴隷商に行くぞ」


 まだ約束の一週間は経過していないが、金貨50枚に到達できた。これであの奴隷を買うことができるぞ。


 しかし意気揚々と先日の奴隷商に向かった俺は、そこでこの前の店員から衝撃的な事実を告げられる。


「ああ、申し訳ありません、お客様。あの奴隷はつい昨日、他のお客様に買われてしまいまして」


 おい何言ってんだこのクソ野郎死にたいのか?


 俺はこめかみに青筋を浮かべつつ、それでも何とか気持ちを沈めながら応じた。


「……一週間、待っていてくれるよう、約束したと思うんだけどな?」

「それが、そのことをお伝えすると、金貨60枚出すとおっしゃいまして」


 おい何言ってんだこのクソ野郎もう殺してもいいよな?


 しかも悪びれる様子がないのが、さらに腹立たしい。

 いや、落ち着け。ここは異世界だ。前世の常識は通じない。誠実さ云々を抜きにすれば、支払われるかどうかも分からない金貨50枚を待つより、金貨60払ってくれるという目の前の客を選んだ方が遥かに賢いだろう。


「……どんな客だったか教えてもらってもいいか?」

「そうですね……」


 思い出すような素振りを見せているが、教えてくれる気はまったくなさそうだ。下手をするとウソの情報を教えられかねない。

 俺は金貨100枚が入った袋の中から金貨を5枚取り出し、店員に握らせた。


「ああ、思い出しました」


 店員の口が俄かに柔らかくなる。


「王都に住む商人の方です。私ども奴隷商の間では有名な方で、珍しい種族の奴隷を各地から集めては屋敷に置いていると聞いております」


 王都に行くには馬車でも一週間ほどかかるらしい。今から追い駆ければ、追い付くことも可能だろう。


 だが追い付いたところで、どうするのか。すでにそいつの奴隷になっている以上、手を出せないぞ?

 いや、方法がないわけでもないか……。



  ◇ ◇ ◇



 ツいてない。


 高級馬車に揺られながら、犬人族の奴隷、ファンは内心で呟いた。


 隣に座っているのは、丸々と太った豚のような男だった。額は残念なくらい禿げ上がっている。


 そんな醜い外見だというのに、身に着けているものだけは立派だ。豪奢な衣装に、宝石や貴金属。

 貴族か大商人といったところだろう。


「純白の毛並みに端正な顔立ち……ああ、何度見ても綺麗じゃ……。我ながら良い買い物をしたのう」


 男は舌舐めずりしながら、ねっとりとした視線を向けてくる。それだけで全身を怖気が走った。


 戦闘奴隷として買われるなら本望だった。

 なのに、男が自分を買った目的はどう考えても性奴隷……。

 しかもこんな醜悪な外見の男とくれば、もはや溜息しか出ない。


 そのとき突然、馬車に急ブレーキがかかった。豚男が席から転げ落ちる。


「何をしておる!? 頭を打ったではないか! おい、御者ッ! 貴様はクビじゃ!」

「と、盗賊だぁぁぁッ!」


 怒鳴り声を上げる豚男だったが、返ってきたのは業者の悲鳴だった。


「な、何だとっ!?」


 まだ運に見放されてはいないかもしれないと、ファンは思った。

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