第14話 美人受付嬢の秘密
俺は飛び上がるワイバーンの背中目がけてナイフを投擲した。
「っ!」
だが硬い鱗に弾かれてしまう。さすがはドラゴンの亜種だ。量産品のナイフでは傷一つつかないらしい。
ワイバーンは上空をUターンして滑空してきた。
「キシャャャャャャャァッ!!」
俺はルバートから奪ったミスリルソードを構えた。
すんでのところで鉤爪を躱しつつ、ワイバーンの後足を斬りつけてやる。
「ギャア!?」
よし、この剣ならあの硬い鱗を切り裂いてダメージを与えられるようだな。
そのときワイバーンが口を大きく開いた。
炎の息がくる!
俺は全力で横に飛んだ。
ゴオオオオオッ!
背後を強烈な炎が通り過ぎた。熱風が吹き荒び、それだけで肌が焼けそうだ。
「ははははっ! 僕のバルはすごいだろう!? 幼竜のときに怪我をして死にかけていたところを助けて以来、僕に懐いてくれているんだ! さぁ、バル! 遠慮は要らないよ! あの男を噛み殺してやれ!」
エリクが勝ち誇ったような哄笑を上げ、ワイバーンに命令した。
炎の息は連射できないのだろう、ワイバーンは巨体を躍らせて三度(みたび)迫ってきた。
俺としては炎で遠距離攻撃されるより助かる。〈物攻耐性+3〉はブレスだと効果が弱いみたいだし、何よりこちらの攻撃が届かない。
だが正直、あの猛禽類じみた滑空攻撃を何度も躱す自信はない。
ならばチマチマ攻撃せず、一気に勝負を決めてやる。
襲来するワイバーン目がけ、俺はあえて正面から突っ込んでいった。
「おおおおっ!」
俺は跳躍した。必然、ワイバーンの顔へと突っ込んでいく形となる。
くそ、ギリギリだなっ……。
万一、噛み付かれてズタボロにされても〈自己修復+3〉で回復できる――はずだ――のでなければ、こんな無茶は絶対にしないぞ。
とそのとき、横合いから凄まじい速度で何かが飛んできて、ワイバーンの横っ面に突き刺さった。
お陰でワイバーンの滑空速度が僅かに落ち、完璧なタイミングで俺はワイバーンの鼻頭にミスリルソードを突き刺すことができた。
「ギャアアアアアアアッ!!!!?」
「ぐはっ」
会心の一撃を与えたのは良かったが、巨大な頭部にぶつかって俺は吹っ飛ばされた。
地面を何度か転がり、痛みを堪えながら起き上る。
「バル!?」
「ギャアアアッ、ギャアアアアッ!」
地面に激突したワイバーンは土煙を巻き上げながらのたうち回っていた。
この隙を逃してたまるか。
俺はワイバーンの頭の上に乗っかると、鼻に刺さったままだったミスリルソードの柄を掴み、力任せに抜いた。その際の激痛にワイバーンが咆哮を轟かせて身を捩る。
それでも俺は振り落されないようワイバーンの角を必死で掴みつつ、頭に刃を何度も何度も突き刺していった。
血が噴水のように飛び散り、返り血でびしょびしょになる。
「やめてくれ! バルが死んでしまう!」
飼い主が何か叫んでいるが知ったことか。
ついにワイバーンの生命力がゼロになり、地面に倒伏した。
レイジ
レベルアップ:19 → 20
スキル獲得:〈翼飛行+4〉〈炎の息+3〉〈威嚇+1〉
よし、レベルが上がって、新しいスキルを獲得したぞ。しかし俺、翼なんて無いんだが。炎の息も俺には使えそうにない。
「バルぅぅぅぅぅぅッ!!!!」
エリクが駆け寄ってくる。だが俺に気づいて足を止めた。
「ひ、ひぃぃぃっ!」
あ、逃げ出した。
そうはいくかよ。お前の持っているスキルは絶対に手に入れておきたいんだよ。
「……っ!?」
俺が追い駆けようとしたとき、突然、エリクの下半身が吹き飛んでいた。
上半身だけになった身体が地面に落下した。
まずい! まだ死ぬなよ!
いや、もちろん助けるつもりなんて毛頭ないぜ?
俺はナイフを投擲した。エリクの首筋に突き刺さる。
レイジ
スキル獲得:〈魔物調教+2〉〈念話〉
ほっ、良かった。どうやら俺の手でトドメを刺せたらしい。
初めての人殺しだったが、ぶっちゃけそんなに罪悪感はない。人型の魔物を何匹も殺してきたので慣れたのかもしれない。相手が分かりやすい悪人であり、元々は正当防衛だったこともあるだろうが。
そんなことより。
俺は視線を森の方へと向けた。
「……そろそろ出てきてくださいよ、セルカさん」
「あら、よく私だと分りましたね?」
木々の中から身軽な動きで姿を現したのは、ファースの冒険者ギルドの美人受付嬢、セルカだった。
「ただの受付嬢じゃないと思ってたんですよ。俺、そうした勘はかなり鋭い方なんです」
もちろん勘でもなんでもなく、〈神眼〉のお陰である。
セルカ 46歳
種族:ハーフエルフ
レベル:34
スキル:〈剣技+2〉〈弓技+4〉〈風魔法+3〉〈望遠+3〉〈隠密+2〉〈洞察力〉〈会話+1〉〈笑顔〉〈事務作業〉
称号:ギルドの受付嬢 第一級冒険者(Bランク)
このステータスを見ればなぁ……。
綺麗な顔立ちをしているのは、ハーフエルフだったからだ。長寿種なので、この年齢なのに二十歳くらいにしか見えないのだろう。
事切れたワイバーンの頬には一本の矢が突き刺さっていた。
彼女の仕業である。あの硬い鱗に深くまで刺さっているばかりか、周辺が抉れていた。なんて威力だよ。当然ながらエリクの下半身を吹っ飛ばしたのも彼女である。
「私も人を見る目には自信があったのですが、レイジさんの強さは予想をだいぶ上回ってましたよ。まさか単独でワイバーンを倒してしまわれるなんて」
「いえ、あれはセルカさんのサポートがあったお陰ですよ」
「そうでしょうか。危ない、と思って思わず射っちゃったんですけど、無くても倒せていたような気がしますよ?」
「買いかぶり過ぎですよ」
俺の言葉にセルカはくすりと笑ってから、今度は少し怒ったような顔になった。
「だけど、忠告したのに自分からこんな人気のないところまで来ちゃうなんて、びっくりしちゃいましたよ、もう」
「でも、どのみちこうなることは予測していたんですよね? だったら早く終わって良かったじゃないですか」
「それはそうですけど……」
セルカは苦笑する。
「な、なぜセルカがここにいるんだ……っ?」
そこへ割り込んできたのはルバートだった。ポーションを飲んだのか、顎の傷は塞がりかけている。グースも立ち上がっていた。しかし火傷が酷過ぎたのか、ポーションを飲んでも完全には回復していない様子だった。
セルカはいつもの受付嬢の笑みを浮かべながら、彼らの方へと視線を向けた。
「ファースの冒険者ギルドを拠点にしている冒険者のみなさんは、とても品行方正――とまでは行かなくても、他の街のギルドと比べると犯罪行為が非常に少ないんですよ。なぜだか分かりますか?」
冒険者になろうという連中など、基本的には荒くれ者ばかりだ。
加えて魔物を倒すことで多くの経験値を得ているため普通の人間より遥かに強く、犯罪行為に手を染めやすくなるのである。そう言えば、男より女の方が犯罪行為が少ない理由の一つに、肉体的脆弱があると聞いたことがあるな。
「……な、何が言いたい……?」
困惑するルバート。セルカは笑顔のまま告げた。
「私があなたのような冒険者に相応しくない方を粛清しているからですよ、ルバートさん。あなた方には五件もの殺人事件に関与している疑いがあったのですが、なかなか証拠を掴むことができずにずっとヤキモキしていました」
こいつら他にも殺していたのか。
俺の存在は、現行犯逮捕――いや、現行犯処刑する絶好のチャンスだったという訳だ。……要するに餌だな、俺は。
セルカはゆっくりと弓を構えた。
その意図を察したのか、ルバートは後退りながら悲鳴を上げる。
「ま、待ってくれ! ぼ、僕は貴族だぞ!? こんなことをして許されるとでも思っているのか!?」
「大丈夫ですよ。冒険者という職業柄、死ぬことなんて珍しくないですから。その相手が危険度Bに分類されるワイバーンともなればなおさらです」
セルカはにっこり微笑む。……怖い。
「う、うああああああっ!」
容赦なく放たれた矢がルバートの頭を粉砕した。
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