第13話 ワイバーン
俺は仕事を終えたセルカと一緒にギルドを出た。
近くにルバートたちの姿は見当たらないが、家まで送っていこうと提案すると、セルカは恐縮気味に申し出を受け入れてくれた。
ちなみにニーナには先に宿に戻ってもらっている。
理由はある程度察しているはずだが、すんなりと了承してくれた。どうやら嫉妬しない子らしい。俺に不満を抱いたり疑ったりも全然しないので、とても助かっている。
本当に都合のいいおん(ry
「今日はありがとうございました、レイジさん。お陰で助かりました」
「いえ、差し出がましいことをしてすみません。……けど、大丈夫ですか? あれで引き下がるようには思えないんですが」
セルカは形の良い眉をしかめた。
「そうなんですよね……セオドロス家はこの辺りでも影響力のある伯爵家で、あまり強くは言えないんですよ。冒険者としても優秀ですし……」
いや、あいつ勘当されてるからな。
「上には報告しないんですか?」
「ギルド長には伝えたんですが……その、そんな奴、無視しておけばいいって」
ギルド長か。俺は会ったことがないが、冒険者ギルドのトップらしく、かなり豪傑な女性だと聞いている。あまり部下のこととか斟酌しなさそうだな。勝手なイメージだが。
それから帰り道、セルカは怒涛のごとく俺に受付の大変さを教えてくれた。
いつも笑顔だが、内心では色々と溜め込んでいたらしい。そりゃあ冒険者なんて武骨者ばかりを相手にしているんだ。大変に決まっている。
それだけでなく、他の受付嬢や女性職員から嫉妬されて嫌がらせを受けることもあるそうだ。
酷い職場だな。
俺はうんうんと時折相槌を打ってあげながら、彼女の愚痴の聞き役に徹した。
やがて家の前まで辿り着いたところで、彼女はハッと我に返ったように、
「……って、すみません。こんなこと、話してしまって……。げ、幻滅しちゃいましたか? 笑顔の裏にはこんな黒い感情があったんだって……」
「そんなことないですよ」
俺も同じですから。
「気にしないでください。嫌なことや不満に思っていることを誰かに話すだけで、すっきりするものですから。俺なんかでよかったら、いつでも聞いてあげますよ。俺は、その……これからも元気に働くセルカさんの姿を見たいですし……」
うっわ、我ながらクサイ台詞。最後ちょっと恥ずかしくて小声になってしまった。
「レイジさん……」
・セルカ:信仰度 25% → 30%
また信仰度が上がりました。
しかし演技とかではなく、彼女の話にはなぜか物凄く共感できた。
もしかすると、俺も前世で似たような苦労を味わっていたのかもしれない。
「じゃあ、俺はこれで」
「はい。ありがとうございました」
セルカを家に送り届け(彼女は小奇麗なアパートで独り暮らしをしているようだ)、俺は立ち去ろうとする。
「……あの、レイジさん、気を付けてくださいね」
「大丈夫ですよ。俺、冒険者ですし」
「……いえ、そうではなくて……ルバートさんのことです。その……私、前にある冒険者の方から熱心なプロポーズを受けたことがあるんですけど……彼、その直後から行方不明になってしまって……後日、遺体となって発見されたんです……」
「……あいつらに殺されたと?」
率直に訊いてみた。
「……可能性はあります。ただ、冒険者なのでそういうことはよくあることですし……それに、発見された遺体は太い牙で噛み砕かれたようだったと……」
ふむ。だとすると魔物に殺されたと考えるのが妥当だろうが……。
「ですが、遺体が見つかったのは該当するような魔物がいない場所なんです」
「……分かりました。気を付けることにします」
「はい。……すみません、私のせいで」
「セルカさんのせいじゃないですよ」
セルカと別れた俺は、ニーナの待つ宿には戻らず、街を出た。
ゴブリンの森の方へと向かう。
やがて森の近くまで来たところで、背後から足音が聞こえてきた。
「まさか、わざわざ一人でこんなところに来てくれるとはな。こんな時間にゴブリン狩りでもするつもりだったのか」
振り返ると、月夜に照らされて三つの人影が闇に浮かび上がっていた。
ルバートたちだ。
「ルバートさんじゃないですか。俺に何の用ですか?」
訊くまでもないが、訊いてみた。
「貴様、セルカとはどんな関係だ?」
「……そんなことを訊いてどうするつもりですか?」
「答えろ。返答次第では……」
「俺を殺す気か? 前に彼女にプロポーズした冒険者と同じように」
「っ……」
俺の言葉に、ルバートが息を呑む。
ここからは面倒なので普通の口調で話そう。
「別に俺が彼女とどんな関係になろうと、あんたには関係ないだろ。そもそも、家に勘当された貴族崩れの下級冒険者程度じゃ、彼女と釣り合わないと思うけどな。かなり無理して装備にだけは金をかけたみたいだが」
「き、貴様っ……なぜそのことを……ッ!?」
明らかに動揺するルバート。だが人気のない場所で三対一というこの状況を思い出したのか、すぐに平静を取り戻した。
ミスリル製の剣を鞘から抜く。
「……やるぞ」
「げ、へへ……あいつ、殺してもいいんすよね……?」
「ああ。絶対に逃がすなよ」
グースが下卑た笑みを浮かべ、ルバートは目に怒気を讃えたまま頷いた。
「ひ、ひひっ、久しぶりの、殺しだぁ……っ!」
グースが地面を蹴って襲い掛かってきた。
さて、人間を相手にするのは初めてだな……。
だが正当防衛だし、遠慮することはないだろう。躊躇していると本当に殺されそうだしな。
俺は懐からナイフを取り出した。
――ブシュッ。
「ぶげっ?」
まさかいきなりナイフを投擲してくるとは思っていなかったのだろう。ナイフはグースの額に綺麗に突き刺さった。ニーナのお陰で手に入れた〈投擲〉スキルが早速役に立ったぜ。
「ブレイズウェイブ!」
すかさず俺は中級の火魔法を発動した。
炎の波がグースの身体を包み込む。
「ぐあああああっ!?」
あのナイフにはあらかじめ油を塗ってあった。グースは地面を転がりながら必死に消火しようとしているが、そう簡単には消えないだろう。
「貴様ァっ!」
ルバートが躍りかかってきた。
〈剣技+2〉を持っているだけあって、鋭く重たい斬撃が次々と襲いくる。こいつは装備が優れているだけじゃなく、素のステータスもかなり高いんだよな。
「っ……剣が……」
ミスリルソードと打ち合ったせいだろうが、俺の鋼の剣が刃毀れしてきていた。長期戦は不利だな。
「死ねぇっ!」
ルバートが繰り出した渾身の一撃。
それを俺は左腕で受け止めた。
「なっ……」
俺が取った防御方法に、ルバートが目を見開く。
って、めちゃくちゃ痛い!!!
肉を切られ、刃は骨まで届いていた。俺には〈物攻耐性+3〉があるというのに、さすがはミスリルソードだ。
まぁでも俺には〈自己修復+3〉があるので放っておいても大丈夫だろう。
この至近距離では普通の剣は扱いにくい。俺は鋼の剣を捨てて右手で懐から二本目のナイフを取り出すと、鎧では護られていないルバートの下顎に突き刺してやった。
「~~~~~っ!?」
声にならない悲鳴を上げ、ルバートが剣を手放して地面にひっくり返った。
よし、トドメだ。
俺は左腕に食い込んだままだったミスリルソードを抜き(痛い!)、それでルバートに斬り掛かろうとした。
だがそのときだった。
「キシャャャャャャャァッ!!」
頭上から凄まじい金切り声が聞こえてきたかと思うと、巨大な影が降ってきた。
咄嗟に横に転がった俺のすぐ脇を、翼を持つ蜥蜴のような生物が地面を抉りながら通り過ぎていく。
バル 6歳
種族:ワイバーン
レベル:31
スキル:〈翼飛行+4〉〈炎の息+3〉〈威嚇+1〉
状態:テイム
「る、ルバート様はやらせないぞ……っ!」
叫んだのはエリク。このドラゴンの亜種、ワイバーンは〈魔物調教+2〉を持つこいつが呼んだに違いない。
やはりな。これで冒険者殺しの犯人が確定した。
しかし調教した魔物を利用したのだろうと予想してはいたが、まさかワイバーンとはな。
これはちょっとだけピンチかも。
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