第5話 奴隷解放宣言

 奴隷商を後にした俺は、ニーナを連れて武器屋へと向かっていた。


「どんな武器が使いやすい? 小柄だから短剣か? いや、ドワーフは力が強いらしいし、斧がいいかもな。どうだ、ニーナ?」

「あの、もしかしてニーナも戦うです……?」


 不安そうに訊いてくるニーナ。


「ああ。だが安心しろ。最初はせいぜいゴブリンだ」

「ご、ゴブリン……」


 ニーナが顔を青くした。


「……たぶん、ニーナはゴブリンより弱いのです……」

「心配するな。後でゴブリン程度、相手にならないくらい強くしてやる」


 俺の持つ神スキル〈賜物授与〉は、自分の持つ経験値を信者に譲渡することができるというものだ。

 これを使えば、ニーナは戦わずしてレベルが上がる。俺自身のレベルは下がってしまうが、多少弱くなったところで、ゴブリンに後れを取ることはないだろう。

 だが街中で俺の能力を使うのは避けた方がいいな。


 俺は武器屋でとりあえず斧と短剣を買い、合わせて銀貨30枚を支払った。

 街の外に出て、周囲に誰もいないことを確認してから、俺は真剣な顔でニーナに向き直った。


「よし、ニーナ。これからすることは絶対に誰にも話すなよ」

「は、はいですっ……」


 それから掻い摘んで俺の能力について説明した。


「経験値、なのです……?」


 ニーナは恐る恐る訊き返してきた。

 どうやらステータスとか経験値とかスキルとか、そうした概念自体、彼女には理解できない様子だった。


 Q:この世界でステータスって一般的?

 A:一般的ではない。〈鑑定〉を使えるものはごくごく稀少。


〈鑑定〉というスキルは、俺の持つ〈神眼〉の下位互換だ。しかしそれを持つ者ですらほとんどいないのだすれば、ステータスの存在が広まっていないのも当然と言えた。

 ただ、魔物を倒せば強くなるとか、繰り返し練習すれば技術が身に付くとか、そうしたことは経験的に知られているらしい。


「ニーナ、頭が悪くてごめんなさいなのです……」

「いや、気にするな。難しい話をして悪かった」


 俺はしょんぼりと項垂れるニーナの頭を撫でてやった。


「はぅ……ご主人さまは、本当にお優しいのです……」


 理解できなくても、実際に使ってみれば実感できるだろう。

 俺は〈賜物授与〉で、ニーナに経験値の一部を譲渡した。


レイジ

 種族:人間族(ヒューマン)(邪神)

 レベル:11 → 8

 スキル:〈神眼〉〈神智〉〈献物頂戴〉〈賜物授与〉〈死者簒奪〉〈物攻耐性〉〈自己修復〉〈突進〉〈剣技〉〈逃げ足〉〈槍技〉〈木登り〉〈怪力〉〈毒耐性〉

 称号:神殺しの大罪人 駆け出し冒険者


ニーナ

 種族:ドワーフ族

 レベル:2 → 7

 スキル:〈採掘+1〉

 称号:奴隷


 俺のレベルは3下がり、逆にニーナのレベルは5上がった。これはレベルが低い方が、必要な経験値が少ないせいだ。少し身体が重くなったが、まぁほんの数日前まではこれよりずっと弱かったのだから、大した問題ではない。

 ちなみに〈献物頂戴〉と違い、譲渡の際のレートは100%だ。


「……急に力が湧いてきたのです……?」


 レベルが2から7へと一気に上がったニーナは、目を丸くしている。


「これが俺の能力。俺が持っていた力の一部をニーナに渡したんだ」

「そ、そんなことができるのです……?」

「誰にも言うなよ」

「もちろんなのです! ご主人さま、本当にすごいのです!」


 ニーナがキラキラの瞳で俺を見上げてくる。


 ・ニーナ:信仰度 55% → 60%


 また信仰度が上がったな。

 そして俺たちはゴブリンの森へと向かうのだった。



  ◇ ◇ ◇



 種族:ゴブリン

 レベル:4

 スキル:〈剣技〉〈逃げ足〉


「いたぞ。ゴブリンだ」

「っ……」


 前方にゴブリンを発見した。幸いなことに一体だけだ。

 ニーナは腰に短剣を差し、斧を構えている。だがその手は震え、顔色は非常に悪い。


「大丈夫か?」

「だだだいじょうふなのでひゅ!」


 どう見ても大丈夫じゃないな。

 訊いてみると、ちょっとしたトラウマがあるらしかった。


「……この街に連れて来られる途中、ゴブリンの群れに襲われたのです……。傭兵さんたちがどうにか追い払ってくれたですが……一緒にいた奴隷が何人か犠牲になったのです……」


 弱い魔物とは言え、群れたゴブリンは脅威だ。それに身体の小さな彼女にとって、ゴブリンは自分より大きい。よほど怖かったのだろう。

 むぅ、これはちょっとダメっぽいな。


 俺は適当な大きさの石を何個か見つけ、ニーナに渡した。


「これは……?」

「投げるんだ。外れてもいいから」


 いきなりの接近戦はハードルが高いと判断した俺は、ニーナに石を投擲させることにした。命中率はいざ知らず、当たればそれなりのダメージにはなるだろう。


「こっちに来たら俺が倒すから、安心して投げ続けろ」

「は、はいなのですっ」


 ニーナは振りかぶって、ゴブリン目がけて思いきり石を投げた。

 おっ、女の子にしては意外といいフォームだな。

 しかし残念ながら石はゴブリンの脇を抜け、近くの木の幹に当たってしまった。


 ゴブリンがこっちに気付き、向かってきた。


「気にするな。どんどん投げろ」

「は、はいなのですぅっ!」


 俺が横で剣を構える中、ニーナは次々と石を投げ付けていく。なかなか当たらない。だが五メートルほどまで近づいてきたとき、ようやく一個がゴブリンの肩に当たった。


「グギャッ」


 結構痛かったのか、ゴブリンが悲鳴を漏らす。


「あ、当たったのです!」

「よくやった」


 俺は前に出た。ゴブリンがすぐに気付いてボロボロの剣を構えるが、遅い。

 ゴブリンの心臓に俺の剣が突き刺さった。


「た、倒したのです!」

「どうだ、思ってたより弱いだろ、ゴブリン」

「ご主人さまが強いのです!」


 それからもニーナには石を投げさせた。

 俺がいれば安心だと思ってくれたのか、徐々に緊張が解れていった。そのお陰か、石の命中率が少し上がった。俺が投球フォームについて指導したことも影響しているかもしれない。


 ゴブリンを十匹くらい倒した頃、俺のレベルが8から9になった。

 それからも順調にゴブリンを狩っていく。


「また当たったのです! 投げるの楽しいです!」


 あるときから急にニーナの命中率が上がり、投げた石がかなり当たるようになってきた。嬉しそうに投擲する彼女のフォームも随分と様になってきている。


「ん、ちょっと待て。これは……」


ニーナ

 種族:ドワーフ族

 レベル:7

 スキル:〈採掘+1〉〈投擲〉

 称号:奴隷


 いつの間にかニーナが新しいスキルを獲得していた。〈投擲〉だ。

 こんなに早く習得したのは、元から才能があったからかもしれないな。


「えいなのですっ!」

「グゲェ!」


 ニーナが投げた石が急所に当たったらしく、一撃でゴブリンを仕留めてしまった。


「すごいのです! ニーナでもゴブリンを倒せるのです! ご主人さまのお陰なのです!」


 ニーナは無邪気に喜んでいる。


「いや、ニーナが頑張ったからよ」

「でも、やっぱりご主人さまがいてくれたからなのです!」


 ・ニーナ:信仰度 60% → 65%


 よし、ここまで上がれば、さすがにもう大丈夫だろう。


 1.「俺と結婚してくれ」

 2.「俺の友達になってくれ」

 3.「お前を奴隷から解放する」


 1は何でいきなりプロポーズしてんだよ。

 2もダメだ。俺はぼっちか。いや、確かにこの世界ではぼっちなんだけど……。


「ニーナ」

「はいなのです?」

「お前を奴隷から解放する」

「ふぇっ!?」

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