殺人健康療法

Forest4ta

あってはならない健康療法


―1―


 ぜぇぜぇとバテながらも未だに走り続け、脚の筋肉に負担をかけて身体の中身には呼吸で酸素をむりくり補給してといったように体へ鞭を打ち続けているけどそろそろ限界。

 健康になる努力をしなきゃならないというのは自分でも分かってはいる。だけど好き好んで積極的にやりたいかどうかと言われたらそれはそれ。とはいえここ数か月そんな考えを持ちながらランニングに加えて筋トレまで出来ているのは矛盾とかというよりなにを抱え込んでいるんだって可笑しくもなる。

 もう無理、バテた。歩く、歩くぞ。こんなんやってられるか。もう何時間とは言わないが何十分も連続で走ればそりゃ嫌になってくる。ほんと皆よくやるよ。とはいえこうでもしなきゃ痩せないし身体も健康を維持できないんだ。健康診断までの辛抱。存在しなくてもいいからもうちょい楽に痩せたり出来ないか。

 妻からも娘と息子からも腹が出てきたって言われても、これくらいそこまで気になるか?でも、心配というよりどこかおちょくられている様にも聞こえるんだよな。


―2―


 ほれまただ。部下がまた同じミスをしやがって。新人とはいえこれで何度目だ。僕はしかってやったがまぁ舐め腐った態度を取りやがって。いや、態度には見た目として問題はない。問題は同じような謝罪を毎度繰り返し席に戻ったら嫌味な奴から解放されたように手足を伸ばしては欠伸をしている。そんなのを毎回見てしまえば年甲斐なくちょっとイラつく。

 いい時間なのでトイレをしに行こう。だがまず、あいつにはもうガツンと一発叱るべき時が来た。彼の席の後ろに立ってはどのように叱ろうか、普通ならそう考えるはず。


 何故かこの時に考えていたのは彼の顔を机にたたきつけ、後頭部に追い打ちのパンチを一発、机から引きずり出しては青天向けに倒しマウントを取って左右の拳で顔を殴り続けるという想像をしてしまった。いや、それだけならまだいい。頭を振って正気に戻ろうとしたが今度は首をねじ折るという単純明快な殺し方をイメージ出来た。その次はパソコンのハードウェアをケーブルから引きちぎり彼に振りかぶる。バットとボールの関係のように


 正気?いや、正気に戻りたくないのか?たしかに人に対してストレスを感じた時「こいつは痛い目に遭ってほしい」と願うことはあったがここまで具体的にイメージするのは初めてだ。いや、もしかして毎日のストレスなのか?上司と部下に対しての憤りがこの考えに至ったわけか?


 とにかくいったん厠へ行って顔に水をかけよう。それにここは人が通るしそんなイメージ通りのことをすれば周りの者に迷惑が被る。だったらさっきのプランにある首をねじ折るのほうがまだ最適かつ被害も最小限だ。それとも今から一緒にトイレに誘って便器の水で窒息させるというのは。だから馬鹿を言うなって。馬鹿な行動もだ。悔しいけど彼はなにも人道や法に反することをしてないんだから。


 ちくしょうが。



―3―


 嫌な考えが頭の中でこびり付いて離れないというのはよくある事だがこれ程忘れたいことは他にもない。しかもタチが悪いことにこれらの実現を願う自分がここに居るということだ。更にタチ悪いのは例の新人以外に対してもさっきのようなイメージと最適解を探していたこと。

 帰宅途中の電車で見かけた見た目からしていかにもな、他人に迷惑かける形で喧しく行儀悪いチンピラに対してここで殺すにはどう行動しなにを利用したほうがいいか、そういう怒りからの衝動は百歩譲ろう。

 挙動不審で独り言をうるさく言っている可哀想な者―英語で言うところの『シンプル』だ―に対してまでシミュレーションしてしまった。馬鹿なのか?僕の寛容さはどこにいった?


 さて、そんなことを考えているともう家からの最寄り駅に着いた。さっさと風呂に入って飯にありつきたいな。美味い飯が置いてあるだろう居酒屋や定食屋への誘惑を断ちながら歩いているといつもの人気のない夜道に入ってきた。

 息子は昔この道に入ると気味悪がっていたっけか。夜に通るとオバケが出るだの怖いのが飛び出てくるだのなんだのと。たしかにその通りだった。問題はオバケではなくナイフを持った若者。さしずめオヤジ狩りというやつだ。

 死ぬのはごめんだ。確かにこの中年になるまで何度かは死にそうだったり死にたくなる気分こそあったがあくまで気分だ。本当にぽっくり逝くのは想定していない。

 この場合どうすべきかは理解している。速やかに財布の中の現金を地面に落としてやってこのオヤジ狩りから逃れようとしていたがナイフを持った若者相手に背を向けてしまえば後ろからグサリだ。


 オヤジ狩りの若者は律義にこの落とした現金を拾いつつも僕にナイフを向けたまま睨んでいる。ナイフを向けたままならば僕のカバンでガードしつつナイフを落とせばいいな。そのあとにナイフを拾おうとした手を踏んでやり、もう片方の足で顔を踏みまくればいい。そうすれば奴の片腕は動こうとしても無駄に終わる。

 顔がつぶれ目玉が噴き出るまで何度でも。そのあとは証拠はないだろうしだれも見ていないはずなのでほったらかしておけばいい。僕を含めて誰も大声を出してないのは運が良い。おっと、踏みつぶすならズボンを脱がなければ。だって血が噴き出るだろう。血で汚れると面倒だし洗うのにも手間が掛かるはず。

 ならば壁へ動けなくなるまで顔を打ち付けてからズボンを脱いで顔を踏みまくればあとは大丈夫かな?


 すでにその行動に移して完了した。落とした現金を拾い直して血がどこについてどれくらい汚れたかを確認する。シャツに付いた返り血はジャケットで隠せる程度。靴はやはり汚れてしまったがどう落とそうか。そうだ、会社に着いてから買っていたのを忘れていた水があったな。応急の措置として汚れを落とすのには使えそうだ。それでも不十分だから公園の水で落としてみよう。靴下も血で汚れてしまったけどこれはどこかのごみ箱で捨てればいい。



―4―


 なに問題なかったようにベッドで寝ていたんだ?隣にはなにも知らない妻が無垢に寝ていたのになんでこんな落ち着いていられる?普通なら証拠を残したか不安になったり汚れがまだ残っていないかしつこく確認する筈。そうせず9時間くらいはぐっすりと寝ていた。しかも寝覚めが昨日まで悪かったくせに今は太陽の光を浴びたかのようにスッキリしている。

 妻が朝飯を作っている間に会社の準備をしていたが、夢であってほしかったことはやっぱり現実だった。せっかく高かったビジネスバッグなのに自ら傷を作った昨晩の行動に対してため息を付いている。このありさまじゃバッグの機能をなしてくれそうにないから今日から違うので行かなきゃ。

 朝飯の目玉焼きとその黄身を割った後の汁の出方には既視感があった。そこまで鈍感じゃない。色はこんな明るくないしドロっとしていただろ。



―5―


 今日の健康運動は終わり。まさかここまで続けられるとは思わなかった。いやはや、こんなに獲物が釣れるとは思わなかった。もちろん獲物とは周りの人間に迷惑をかけ、果てには危害を加えるような人間だ。そういう人間でなければ十分に動くことなんて望めないし退屈だ。


 今日の相手は無理やりホテルに連れこまれた女性と数人の男性だ。無理やりとは言ったが大声を出したり逃げ出そうとしないように囲んでいた。簡単な獲物をむざむざ逃がすほど彼らもそこまで馬鹿じゃないさ。

 それにすることは違えど僕も相手を殺すときは声を出されず反撃を最小限に抑えることも目的にしなければならないので、瞬発力は当然のことながら、頭の回転とその場の判断力を求められる。それに証拠を残さないことも大事。

 フロントの人間に気づかれず潜入できるかが一番の懸念だったから無事に入れたのは我ながら運が良かったかもしれない。これでダメだったら今日は打ち止めにしなければならないしそれじゃ日課が台無しになって、日々連続で体を動かしてきたのが無駄になる。


 部屋で彼らを殺せる状況になったらあとはアドリブ。相手は4人。まず部屋に入って扉を閉めようとする彼らに速やかに近づき、鍵を掛けられる前に力ずくで扉を開く。咄嗟のことなら閉めようとする彼らも力が入り切らないだろう。

 部屋へ入ったら扉を閉めようとした男にまず体勢を崩せるよう顎に拳を強く振るう。その後に奥の部屋の中に居る3人へ早歩きで向かっていく。私が向かった一人を庇うようにもう一人が横から入る。その男へガードされることを前提に顔へ軽くパンチを入れやはりガードされる。

 すかさず腹の方へパンチを入れて後退りするガードした男。その隙にキックをその男の顔に入れるが後ろから体当たりをされ姿勢を崩し転ぶが受け身を私は取る。

 受け身を取った私へ攻撃を構えて向かってきた男が来たが、私は脚に力をいっぱい入れて速やかに立つ反動でジャンプして一歩ほどの距離で後退した。右隣にランプがあったので一歩近づき、それを彼の頭へ振りかぶり彼は怯む。ランプは頑丈で形を保っていた。

 それを使い歯を折るように集中的に攻撃する。後方から私を止めるよう男から二人がかりで押さえ込まれる前に、後ろから来た二人の片方にズボンのポケットに隠していたボールペンで正確に狙って目潰しをする。片方を潰したらもう片方へ。

 もう片方の男にはまた顔面に右左のパンチを数往復繰り返す。4人目はなにをしてたかというと私に対して怯んだかのように尻餅付きながらドアの方へ後退りしている。それに気づいた私は走るように彼へ向かって首根っこを掴みドアノブへ彼の顔を叩きつける。案外、ドアノブは頑丈だった。

 部屋に残っているダウンした4人の男を特にこれ以上なにもアイデアが思い浮かばないので仕方なく先ほど目潰しに使ったボールペンで首を動脈近くを刺すつもりで私は刺殺する。


 このジャージと運動靴はなんとも動きやすい。あとで大きく手間を掛けて洗わなければならないのがこの健康法の欠点だね。それにもう一つ欠点がある。証拠が残っているであろう部分は抹消しなければならない。

 監視カメラは細工をすればなんとでもなる。問題は人間。見られたからには口を封じなければならないし誰が殺したまでは言えなくてもここで殺人が起きたということは伏せることがないだろう。できれば自分に対抗できる人間以外は殺したくはないが証拠になりうると来れば例外になる。こんな不本意な手間を掛けるのは何度目だか。


 さぁ、これで証拠の隠滅は全部済んだかな?これを全部外で処理するのは難しいな。丁寧に梱包して警察の面倒を減らすのはいいがこんなに多いと向こうだって迷惑だ。これだから屋内で多人数は。もう少し考えてからにするべきなのに身体が動くだなんてこれも何度目だか。しかたない。今回は部屋の中に置いておこう。シートで包むしかないがこの人数は時間がかかるぞ。部屋の貸し時間は1日になっているのは幸いだ。

 作業に取り掛かろうとするとノックの音が。従業員だとマズいのでドアからの視覚を即座に計算して死体を部屋の隅に押し込む。ノックの主は私より年上であろう年配の人間だった。迷惑だったかを尋ねるとその通りだという頷きをされたが、なんでかガード破られ部屋に乗り込んできた。あぁ、またかよ。


 リラックスしていた頭を運動のモードに切り替えていたがその必要はなかった。彼は同じくこの健康法をしている人間で彼も今日は僕と同じく強姦魔を獲物にしていたようだ。彼は屋内での死体の処理に詳しくそれでいてわかりやすく説明も得意で仕事を聞くともしやと思っていたが本当に教師だった。なんにせよこれで屋内の処理で手を患わずに済む。



―6―


 私の下に健康診断の結果が入った封筒が手渡された。一般的健康な値であってくれ、これ以上動くのは年齢的に厳しいんだから。周りに何人か同僚が居た。どうやらここ最近の私の体格の変化が著しく見て取れたらしい。たしかにかなり動いてはいたが量としてなら周りと変わりないと今まで思っていただけに困惑の気持ちがあった。

 封筒の中身に書かれていた数字は自分でも驚くほどだった。若者には劣るもののそれでもこの歳ではなかなかの値らしい。健康の秘訣を当然聞かれたがなんと言おうにも一つしかない。「命を持つからには動いて頭を使おう」とね。

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