なつかしのクリティカルアサシンさんはお金がほしかった!

水嶋 穂太郎

第1話 職業はアサシンです……えっ、パーティにいらない? そうですか、いえ慣れていますから。

 ちょっと昔話をしようか。


 ラグナロクオンラインというMMORPGをご存じだろうか。

 そう、ROの相性で親しまれ、いまもなおサービスが健在なあのゲームだ。


 おれは、クリティカルを連発して出せるクリティカルアサシンに憧れた。

 理由は音だ。


 ――ダンッダンッ! ダダンダンッ!!


 Agi(敏捷性)パラメーターの高さから高速で打ち鳴らされる、打楽器のような音に、おれは魅せられたのだ。


 しかし、悲しいかな。

 クリティカルアサシンの戦闘評価は低い。


 パーティには入れず、ソロで狩る。

 装備品を集めるためにはお金がかかる。

 その装備品がめっちゃ高い。

 狩ろうにもBOT(自動巡回式狩猟プログラム)が邪魔をする。


 ああ、悲しいかな。

 何が楽しくてクリティカルアサシンなんて目指すのだろう。

 当時の同志はみな同じ気持ちになったはず。


 でも運営はそんなことお構いなしで放置され。

 たまにパーティに入れてもらえても、あだ名はピクミン。

 かの有名なピクミンさんである。すぐ死ぬから。デスペナ痛いです。



 目覚めよ……。


 どん詰まりの状態でそんな声を聞いたのは間違いではなかったと信じたい。


 目覚めよ……。

 ぬしが求める品を入手するには……。


「お金を貯めて買えばいいじゃなーい!」


 ひとりの転売師が目覚めた瞬間だった。


『古く青い箱』というギャンブルアイテムがある。

 開けるまで中身は不明。

 大抵はゴミが出てくるが、まれに高価なアイテムが手に入ったりする。

 プレイヤーはなぜかこれを開けたがる。

 いまで言えばガチャを引くような感覚なのだろう。

 こいつが転売品にうってつけだったのだ。

 なぜなら、BOTが入手してきたと思われる、あまりにも価格破壊の品がプレイヤーショップに並ぶ場合があるから。こいつを買えるだけ買って、正規の値段で売りつける。


 くっくっく……はじめて転売に成功した時は小躍りしそうになったね。

 いままで苦労してドロップ確率0.02%とかのモンスターを狩っていたのはなんだったの? この調子でお金を増やしていけば、プレイヤーショップ経由で手に入っちゃうじゃないの!


 こうしておれは転売師の道に進んでいく。


 隣のプレイヤーショップと同じ品(この場合は古く青い箱)をちょっとだけ安くしておけば、売れる売れる! 待っている時間は退屈なので、リアルで漫画でも読んで過ごしたりね。

 時間対効果、これ重要よ。


 あれよあれよと言う間にお金は貯まったが、おれは当初に目的としていた品を購入することはしなかった。代わりに次のステップに進んだのだ。


 相場師。


 もうね、ここまでくるとリアルじゃ犯罪。真似しちゃ駄目だし、そもそも転売もそろそろ犯罪認定されつつあるしねえ。


 相場師というのは文字通り、品物の相場を自由に操る者のことだ。

 極端な話、やろうと思えば現実でステンレスのフォークを1個1000円くらいまでなら引き上げることも可能なんです。一時的にならね。

 どうするかというと、『それがいますぐ絶対に必要な状況』を作ること。

 ぶっ殺されることを承知で言うなら、現在(2021/01/22)コロナワクチンをⅠつ1000万円くらいで売ることも可能でしょう。富裕層を狙い撃ちにして、お金を搾り取るのです。なお、平民から貧民までには当然ですが行き渡りません。相場師はこういった状況の変化を見通して、先に品を用意しておき、高騰した段階で売りにいく汚い連中です。


 リアルの話に置き換えてしまったので、ゲーム内で実際にやった話に戻しましょうか。

 名前は忘れてしまいましたが、ファッション装備の『お洒落な眼鏡』がありました。以後、『ファッショングラス』とします。

 そのファッショングラスがプレイヤーショップのひしめく街道に並んでいる状況をチェックしたおれは、「おっ」と思いました。


「……正規の価格より2割は安くなってる」


 安かったのです。

 この時、ファッショングラスを扱っているプレイヤーショップは8軒ほどあり、かなり多い状況でした。「売れない」と判断したプレイヤーが価格競争を始めて、「売れる」と踏んだ価格帯にまで落としたのだと思われます。

 ここで商売魂がぴんときました。



「買い占めよう」


 買い占めてどうしようというのか。


「流行がきていると錯覚させて、正規の価格よりも高い値段で売りつけてやろう」


 はい、これリアルでやると捕まります。

 気をつけてください。(たぶん独占禁止法違反)


 しかし、ここはラグナロクオンラインというゲーム内。

 例え相手が画面越しの人間であっても遠慮することはないのです。おれはクリティカルアサシンをやっていたので、人は残酷になれることを、そして残酷にならなければ生きていけないことを知ってしまっていたので。


 売り逃げは無事に成功し、投資額+150%くらいで還ってきました。

 たぶん現実で言えば1億円くらい投資した感じなので、1億5千万になったといったところでしょうか。うっしっし……たまらん。


 お金儲けって楽しいよね。

 と、いつしかクリティカルアサシンのことを忘れかけてしまいました。

 しかし、転機というのはやってくるもの。


 クリティカルアサシンにおける最終武器『+10トリプルクリティカルジュル』が、大手取引サイトに出品されたのです。ちなみに+10は10回強化成功(上限)、トリプルクリティカルはクリティカル率上昇効果のあるソルジャースケルトンカード3枚挿し、ジュルは武器名です。

 取引価格は70Mでした。ゲーム内価格で言っても伝わらないと思うので、ここは現実価格に置き換えます。70兆円でした。


 70兆円でした。


 取引サイトで相場のチェックは欠かさなかったので、自分がサーバー内でどれくらいの富豪になっているのか、おおよその見当はついていました。おそらく上位から30人くらいでしょう。

 このなかにクリティカルアサシンがどれだけいたのかはわかりません。なにしろ狩りはいつもソロだったので。でもこんなマニアックな武器を欲しがるプレイヤーがどれだけいるか?


 ここに。


 そう。

 全財産をはたいて買いました。


 +10トリプルクリティカルジュルをゲットです。

 すべてはお金の力です。運も絡んだかもしれませんが転売師、相場師と商人のような真似をし続けて正解でした。


 そして最大ダメージで、最高の環境で、理想の音を聴くことになるのです。

 

 ――ダダダダダンッ! ダダダッダダダンッ!!


 んんんん!

 サイッコウの音だぜ!

 マジで生きててよかったと思えました。


 さて、お話には続きがあります。


 買い取り募集が出ていました。



 +10トリプルクリティカルジュル、100M(100兆円)。



 おれのラグナロクオンラインはもう終わったんだ、次に託そう……。

 そう思って……30兆円の転売に成功した結果になっちゃった!?


 お金の神様がいるとすれば、おれの味方に違いない。

 そう信じてもおかしくはない出来事でした。



 ちなみにRMT(リアルマネートレード)ってみなさんはご存じですか?

 仮想通貨を現実通貨に、またはその逆にするあれです。

 当時は『業者』と呼ばれ、運営から忌み嫌われていたようです。利用したらアカウント停止処分を受けるくらいですし。


 ええ、利用しました。

 ラグナロクオンラインにおいて、おれが規約違反をしたのは後にも先にもRMTで全財産をリアルマネーに交換してもらった時だけです。

 まあ5万円くらいにしかなりませんでしたけどね。

 馬鹿みたいに時間をかけて5万円しか手元に残らない結果になりましたが、お金儲けについてとても勉強になりました。



 っていう目的のためには手段を選んじゃいられなかったので、お金儲けに手を出してみたら、最終的にお金を手放すことになりました、というオチです。



 昨今、転売が問題視されていますが、取り締まれない社会が悪いのだと、おれは思いますよ。

 転売は悪じゃないよ、適切な運用をすれば『投資』と同じことをやっているんですよ? 相場師が今後、出現するか不明ですが、出てきたらいよいよ面白くなりそうです……。


 くっくっく……。

 金がほしいか? ならばまず良心を捨てることだ。非情になれ。対象の金を我が物としろ。さすればおのずと求めるものが得られるだろう……。



 社会は残酷に回っている。

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なつかしのクリティカルアサシンさんはお金がほしかった! 水嶋 穂太郎 @MizushimaHotaro

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