第20話 星見の丘



 今晩こんばんは良いお天気になりました。これからラーファ様と流星群をに星見の丘へ夜のピクニックです。

 レモンパイに温かいハーブティー、毛布も持ちましたし準備万端です。あとはラーファ様のお迎えを待つばかりです。


 星見の丘は、父さんと母さんとよく星空を眺めに行った秘密の場所です。普段は誰も行かない、ちょっとした秘境のような場所です。森の奥の洞窟を抜けた所にあるのですが、昔は父さんと母さんの密会場所だったそうです。


 忘れ物がないか再度確認していると、ラーファ様が来られました。馬車から降りてこられたラーファ様はさながら王子様です。

 ご機嫌をなおしてもらおうという下心が多少あったのですが、なんだか今日はご機嫌なご様子です。


「こんばんは、ラーファ様。晴れて良かったですね」

「こんばんは。本当に良かったね。支度はできてる? できてるなら郊外まで馬車で出ようか」

「はい、支度はバッチリです! 参りましょう。流れ星が全部落ちてしまいますからね」

「ん? あぁ、そうだね。ふふ、行こうか」


 なんだか笑われてしまったようですが、気のせいでしょうか。とにかく森までは馬車で、その先は徒歩で星見の丘まで参ります。


 半時ほど馬車に揺られ森に到着しました。

 森には野生動物が数多く生息しています。野生動物と言っても肉食のものはおらず、ラビー*のような小型の草食動物しかいないので安全です。

 森の奥にさほど深くない洞窟があります。そこを抜けると広場があり、石段を登ると小高い丘になっているのです。木や建物もなく街の灯りも届かないので、冬場は特に満天の星が綺麗に見えます。


 ラーファ様とお話しながら歩くとあっという間に着きました。毛布を敷き、レモンパイを食べながら流星群を待ちます。


「このハーブティーおいしいね。僕、ハーブティーって苦手だったんだけど、これは飲みやすくて好き」

「それは良かったです。これはハーブティーと言うよりも、紅茶に近い味ですので飲みやすく感じるのではないでしょうか」

「うん、確かに紅茶みたい。すっごく身体が温まるね」


 そうこうしていると、スーっと一筋の流れ星が見えました。


「ラーファ様、流れ星です!」

「わぁ、ほんとだ。······思ったより多いね」


 流れ星はどんどん流れてきます。少し多すぎるような気がします。なんだか恐怖すら感じてしまいます。


「ちょっと多すぎない?」

「そう、ですね······。お空がどしゃ降りの様です」

「ははは、ホントだね。空が嵐だ」


 なんて冗談を言っていたのですが、まさかこんなに美しい情景が厄災の訪れを知らせるものだなんて。翌日ウリル様にお聞きするまでは夢にも思いませんでした。



「あ、見て。まだ流れてる」


 ラーファ様と寄り添って手を繋いで寝そべり星を眺めていると、世界に私たち2人しか居ないような感覚になります。愛おしい人となら不思議と、怖さより幸福感の方がまさるようです。


「ラーファ様、見てください。今、とても青い流れ星が······」

「全部青いんじゃないの?」

「なんだか他の物とは違う青だったように見えました」

「そうなんだ。明日ウリルに聞いてみよ」

「はい。私の見間違いだったのでしょうか······」



 こうして2人で過ごせる時間がどれほど幸せで尊いものか、私たちはまだわかっていませんでした。

 数年後、私たちの身の回りがとんでもない事態になることを誰が想像できたでしょうか。



 翌日、ラーファ様がウリル様とご一緒にお店にいらっしゃいました。昨晩の流れ星についてお話すると、ウリル様は青ざめたお顔でこう仰いました。


──強大なる恵みが押し寄せんとする時、神は数多あまたの涙を落とし、あおき流星に加護かご宿りし透花とうか咲く──


 これはデメテール王国に古くからある伝承で、厄災の前兆だと言われているのだそうです。

 ウリル様はお休みになられていて、実際に青い流れ星はご覧になっていないそうなのですが、私の見たそれはおそらく『蒼き流星』だと仰いました。

 透花とは、以前シャルル家の物置部屋で見たあのガラス細工の様なお花の事だそうです。

 あのお花は巡り巡ってシャルル家に来たもので、数百年前に起きた大津波の前兆で降ってきた蒼き流星に1輪だけ自生していたものだとか。

 神の怒りディオーラと呼ばれた大津波は、当時残虐な方法で小国を滅ぼし富を築いていた国を壊滅させたのです。大昔のことで詳しい文献ぶんけんは残っていないのですが、学者の間では何らかのスキルによるものではないかとまことしやかに囁かれているそうです。

 流星群から数年後に起きたそうで、厄災がいつ訪れるのかは誰にも予想し得ないのだそうです。


 だからと言って毎日怯えながら過ごすのは、あまりにも窮屈きゅうくつです。何か対策は無いものでしょうか。


「ラーファ様、あのお花をもう一度見せていただけませんか?」

「構わないけど、どうしたの?」

「なんだか、もう一度しっかり見てみたくて」


 ラーファ様にお願いして、夕方お宅に伺いもう一度あのお花を見せていただきました。お花が関係しているので、私にも何かお役に立てる事がないかと思ったのです。

 隅々までしっかり観察していて、ふと思いつき私のスキルで出せないかこころみました。すると、とてもよく思い浮かべて念じると、ひとつだけポンッと出すことができました。

 出した瞬間に指先がバチッとして手がしびれました。


「きゃあっ」

「フルール!! 大丈夫? あぁ、指先が切れてるじゃないか。ちょっと待ってて」


 そう言ってラーファ様が救急箱を取りに行ってくださいました。

 その間お家を血で汚してはいけないのでハンカチで抑えようとしたのですが、間に合わず透花に1滴垂れてしまいました。すると、私の血を吸って花びらが真っ赤に染まりました。そして5枚の花びらそれぞれに文字が浮かび上がったのです。


「花はうたい、風はおどり、天の涙を拭う。なんじ、大地の渇望を満たせ。汝、天空の怒りに触れよ。天と地の狭間はざまで吹き荒れる嘆きを聞け。······フリティオラス?」


 なんとなしに読み上げると、刃物の様なクロユリの花びらで黒い花吹雪が起きました。


「きゃぁぁぁぁぁぁ」


 部屋を埋め尽くす程の花びらが舞い、どうすれば良いのかわからずうずくまってしまいます。すると花びらは全てひらひらと落ちました。恐る恐る立ち上がり辺りを見回すと、物置部屋はズタズタで花びらまみれになっていました。


「フルール!! どうしたの!?」


 ラーファ様とウリル様、お母様や執事さんまで駆けつけてくださいました。部屋を見た皆様は絶句されて、とりあえず応接間に案内してくださいました。

 事の顛末てんまつをお話すると、ウリル様がお母様と何やらご相談なさり、しばらく悩まれてからお話くださいました。


 結論から言うと、おそらく私が原因だそうです。



 ――血を与え紅く染めし者に透花の力宿る――



 と、あの伝承の続きを教えてくださいました。


「偶然とはいえ、まさかフルール様が選ばれし者だとは。そのお力は世界の転機にお使いになるべきものです。どうか、大切になさってください」

「はぁ······。えっと、私がですか? どうして私なんかが······。それより、お部屋をあんなにしてしまって申し訳ございません。父に頼み、すぐに修復致します。ですが、あの······」

「あのガラクタの事なら気にしなくていいのよ。お部屋の事も。フルールちゃんが無事で何よりなのだから。ねぇ、ラーファ」

「ホントだよ。心配しすぎて、僕の心臓がズタズタになりそうだよ。それに、うちにあった花が原因なんだから、フルールは気にしなくていいよ。怪我が無かっただけで充分だ」


 皆様とんでもなくお心が広く、思わず涙が出てしまいます。感謝しきれないほどに、シャルル家の皆様はお優しいです。

 それにしても、あの力は恐ろしいものです。決して悪用されないよう、あまり人に知られないようにしなくては!



 と思っていたのですが、まさかシャルル家のお庭で、シャルル家総出で見学会とは······


「さぁフルールちゃん、どーんとやってみてね〜」


 お母様をはじめ、皆様とても楽しそうです。


「で、では参ります。えーっと······花はうたい、風はおどり、天の涙を拭う。なんじ、大地の渇望を満たせ。汝、天空の怒りに触れよ。天と地の狭間はざまで吹き荒れる嘆きを聞け。フリティオラス」


 詠唱えいしょうを始めると私の周りをあたたかい風と光が包み、身体に収まりきらない力が溢れるような感覚におちいります。そして思い描いた方向へ、刃物のような漆黒の花びらが花吹雪と化して荒れ狂います。

 お部屋を荒らしてしまった時よりは、なんとか制御できているようです。そして、皆様大喜びされています。これで良いものなのでしょうか。


 願わくば、世界の転機など訪れませんように。この平穏な日々が年老いて朽ち果てるその日まで続きますように(*´˘`*)





 ✳ラビー

 兎の様な容姿で耳が羽の形をした小型の草食動物。


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