第18話 お披露目と騒動




僭越せんえつながら、私が舞華姫ルルディネルを務めさせていただきます。クラル・ドヌム・シャルル様の益々のご多幸とご長寿を願って」


 私の挨拶を皮切りに音楽隊の演奏が始まると、まずは会場中にコチョウランを放ちます。すると、まるで小さな蝶が舞っているように見えるのです。

 秘蔵の花びらだけを散らせる新技で、虹色になるよう色とりどりの花弁を会場を囲うように架けます。

 フィナーレに差し掛かる頃、美しい音色に合わせレースフラワーを雪の様に降らせます。

 最後はお母様へ白いバラを、持っていたスカーフで包みお渡ししました。とても喜んでいただけたようで一安心です。

 拍手が鳴り止むと、シャルル家の皆様の元へ急ぎました。


「フルールちゃん、ありがとう。とても素敵な舞だったわ。初めて見る技もあったわね。すっごく綺麗だったわ。おかげで素敵なお誕生日になったわ」

「そのように過度なお言葉、身に余るほまれでございます。お喜びいただけて何よりです」

謙遜けんそんなんてしなくていいの。素敵だと思ったから素敵だと言ったのよ。それに、いずれ家族になるのだからそんなにかしこまらなくていいのよ。フルールちゃん、ラーファから聞いていますよ。この後ラーファが貴女を正式にお披露目するみたいだけど、大丈夫かしら」


 お母様はとてもお優しい方です。いつも気遣ってくださり、素晴らしいタイミングでフォローしてくださいます。


「お気遣いありがとうございます。はい、緊張はしておりますが、わくわくとドキドキの方が大きいです」

「それは良かったわ。私は貴女の屈託くったくのない笑顔がとても好きよ。あら、そろそろみたいよ。さぁ、ラーファからもらったブローチをつけてね」


 お母様に言われブローチをつけました。いよいよこのブローチの意味がわかるのでしょうか。

 ラーファ様が壇上に上がられました。今日はウァール家の方々もいらしています。当然、ドナ様も。それだけが気掛かりです。


「皆様、わたくしはシャルル家三男のラーファです。今日この場をお借りして、皆様に発表したいことがございます。フルール、こちらへ」


 ラーファ様に呼ばれ、私も壇上へ参ります。

 会場がざわめく中、遠く入口付近にいらっしゃるドナ様のお顔がやけに鮮明に見えました。お怒りなのか、みるみるうちにお顔が赤らんで拳を握り締め、そのまま会場を出て行ってしまわれました。

 ラーファ様もその様子をご覧になり、なんとも複雑な表情かおをされました。


「私ラーファはこの度、こちらのフルールと正式に婚約致しました」


『本当だ。あのブローチ······』

『おめでたいですな』

『ブローチをつけてらっしゃるわ······』

『しかし、まさか平民と······?』

『ウァール家のご令嬢は······?』


 覚悟はしていましたが、皆様のお声は辛くもあります。そして、まだこのブローチの意味を教えて頂いておりませんが、流石さすがの私もわかってきたような気がします。

 すると、ラーファ様のお父様が壇上に上がられ、こう述べられました。


「皆様ご静粛に願います。皆様方、様々なお考えがおありなことは承知しております。ですが、わたくし 共はまことの愛を貫くべく困難に立ち向かい、シャルル家の一員としてフルールを迎え入れる事を決意致しました。我がシャルル家は階級に囚われることなく、皆平等に扱われるべきと考えます。結婚に関しては尚のこと。想い合う同士が共に人生を歩むべきだと、我々は考えております」


 再びざわめきましたがお父様は気になさらず、さらにこう続けられました。


「シャルル家はこの場をもってウァール家との関係を一切断ち切ります。ご令嬢との縁談などは有り得ません。どうかお知りおきください。そして、このブローチは正式にシャルル家からフルールに与えられた誓いのブローチに間違いございません。皆様もどうか、新たに愛を育む2人を暖かく見守ってやってください」


 ラーファ様とお父様が一礼なさり、私も続いて一礼します。まばらだった拍手がどんどん大きくなりました。これは認めていただけたということなのでしょうか。

 壇上から降りると、ラーファ様はそのまま私をバルコニーに連れ出しました。


「これを見て。ほら、フルールに贈ったブローチと同じ物だよ」


「ラーファ様、流石の私もそろそろ察してはおりますが、一応聞かせていただきます。このブローチにはどのような意味があるのですか?」

「貴族の間ではね、求婚する時に家紋かもん入りのそろいのブローチを贈るんだ。僕の家族の一員になってくださいっていう意味で」

「そうだったのですね。私ったら何も知らなくて······」


 もしも、私が貴族だったなら、いただいた時点で話はもっとスムーズに進んだのでしょうか。私が平民なばかりに、ラーファ様にとって当たり前の事を知らないのですね。なんだかやりきれない気持ちです。


「いいんだよ。最近じゃこんな古臭いことする人少ないらしいし。僕は母さんが父さんにブローチを貰って嬉しかったって話を聞いていたから、運命の人に出会ったら贈ろうって決めてたんだ。全部僕の我儘だから気にしなくていいんだよ······」

「素敵です。ですが、やはり随所に階級の違いが現れますね······。これからしっかり、貴族の事を教えてくださいね」

「うん! 覚悟しててよ。僕、こう見えて厳しいんだから」

「まぁ、私だってこう見えて物覚えは良い方なんですよ。うふふ」


 無事にブローチの謎が解明されたので会場に戻ろうとすると、アズ様が慌ててこちらへ駆けてこられました。そういえば、なんだか会場がざわついています。


「ラーファ、フルールちゃん、今こっちに来ちゃダメだよぉ」

「アズ、何かあったのか?」

「ドナとドナパパがちょっとねぇ······」

退いて。僕が行く。フルールはアズとここで待ってて」


 そう言ってラーファ様は会場へと戻られました。どうやら、ラーファ様とお父様のお話を聞いて激怒したウァール家が唐突に仕掛けてきたのだそうです。


「ラーファに任せておけば大丈夫だよ。ラーファのパパも居るしねぇ」


 アズ様がのほほんとされているからか、何となく平静を取り戻せました。

 はてさて、全てをラーファ様にお任せするなんてできません。私にも何かできることはないかと考えていた時です。


 ドンッ

 ガッシャーン

 バキッドゴォォバリンッ


 立て続けに物凄い音がしたので思わず会場へ飛び込むと、入り口付近の一部が倒壊していました。

 どうやら、お父様のスキルで派手にやられたようです。お母様のお誕生日パーティが台無しに······と思ったのですが、よく見るとお父様の背後でお母様がスキルを使っておられました。

 お母様のスキルは『スキルの底上げ』だと以前ラーファ様からお聞きしました。伺ってはおりましたが、これは規格外な気がします。

 お父様とお母様のお強さが圧倒的過ぎたからなのでしょうか、お客様方は歓声をあげました。


「『嫌われ者のウァール家』だからねぇ」

「そうなのですか。だから皆様、あんなに喜んでいらっしゃるのですか」


 アズ様によると、ウァール家は昔から善良な貴族を陥れながらのし上がってきたのだとか。上手く法をくぐるせいで泣きを見るしか無かったのですが、その多くをシャルル家が助けたのだそうです。

 そういう事もあって、ラーファ様がドナ様との関わりを極端に避けていたらしいです。


 アズ様のお話をお聞きしているうちに、ウァール家の方々はお屋敷の外まで放り出されていました。拍手喝采、お父様はさながら英雄です。

 一件落着と言わんばかりに、シャルル家の皆様はハイタッチをしていらっしゃいます。なんだか皆様楽しそうです。

 アズ様に手を引かれて皆様の元へ行くと、私にも皆様がハイタッチをしてくださいました。喜んで良いものなのかはわかりませんが、会場中が笑顔で満ちていてとても幸せに包まれた気分です。


 パーティは続けられ、父はラーファ様のご両親とすっかり打ち解け、お父様とは旧友のように飲み明かすつもりのようです。

 例によってお子様組は早々に切り上げます。ラーファ様が馬車を用意してくださり、乗り込もうとした時でした。


「お待ちください! 馬車に乗ってはいけません!」


 突然、暗がりから女の子の声がしました。フラフラと灯りの元に現れた少女は、他に言葉を発することもなく倒れそうになり、地面すんでのところで駆け寄ったラーファ様に受け止められました。この少女は一体どなたなのでしょうか······。







 ❀コチョウラン(胡蝶蘭)

 幸福が飛んでくる、純粋な愛


 ❀レースフラワー

 感謝、細やかな愛情、繊細


 ❀白いバラ

 深い尊敬、純潔


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