第16話 準備期間




 皆さん、こんにちは。

 デメテールは今日もすこぶる平和です。


 先日の慰霊祭メテシュシス以来、ラーファ様のご様子がいつもと違います。何やらそわそわしていらっしゃいます。

 アズ様とこそこそ何かの準備していらっしゃったり、クトゥス様にやたらと頼み事をされていたりと、ずっと忙しそうにされています。ラーファ様が何も仰らないので無理にお聞きしませんが、あまりこそこそされると流石さすがに少し気になります。


 ラーファ様は毎日欠かさず会いに来てくださいます。時々街にお出掛けしたり、ラーファ様のお宅にお招きいただいたりと、とても楽しい日々を過ごしております。

 ですが、慰霊祭メテシュシスの最終日にラーファ様が仰っていた『キス以上の事』が気になって仕方ありません。誰に聞けば良いものなのかもわかりません。ラーファ様に言われた通り、教えていただくのをただ待つしかないのでしょうか。


「そうだ、アイネさん!」


 王宮でお仕えしているメイドのアイネさんなら、どんな相談にも乗ってくださるはずです。

 思い立ったが吉日です。早速王宮に行きましょう。ラーファ様が学院からお帰りになるまでにこの疑問を解決して、成長した私をご覧に入れましょう。


 と、勢いのまま王宮まで来たものの失念しつねんしていました。用も通行証も無く王宮に入れるはずがありません。上手く嘘をいて入るなんて事もできません。

 どうしようもないので明日の朝、お花をお届けした時にアイネさんにお話を聞いてもらうことにします。

 ラーファ様を驚かせられないのは残念ですが仕方ありません。諦めて帰ろうをきびすを返した時でした。


「あら、フルールちゃん。王宮に何かご用かしら」

「アイネさん! アイネさんにお会いしたかったんです」

「あたしに? あれ、また何かやらかしちゃった?」

「いえ、折り入ってお聞きしたい事が······」


 事の経緯を説明して、一頻ひとしきり笑われてから一言だけ助言をいただきました。


『あなたは変わらなくていいのよ』



 結局何もわからずじまいでした。何故笑われたのかもわかりません。微塵みじんも成長出来ませんでした。



 ティータイムの準備が出来た頃、ラーファ様とアズ様がお店に来てくださいました。

 どうやら今日も何かの準備で遅くなったようです。


「お2人ともおかえりなさいませ」

「ただいまぁ。フルールちゃん、この白いお花ください」

「ただいま、フルール。僕も同じのください」

「はい、リリーですね。今日は何かおありなのですか?」

「今日は僕のおじいちゃんとおばあちゃんの命日なんだぁ。だから今からラーファとお墓参りに行くのぉ。悪いんだけど、今日はラーファ借りるねぇ」

「そうだったんですか。お悔やみ申し上げます。お気になさらず、おじい様とおばあ様とごゆっくりお過ごしください」


 アズ様はいつもにこやかにされていますが、こんな日はきっとお寂しいはずです。少しでもお慰めできれば良いのですが。


「よろしければ、こちらのお菓子をお持ちください。小さめに焼いたワッフルです。歩きながらでも召し上がりやすいかと」

「わぁ、ありがとぅ。遠慮なく頂くねぇ。もう5年も前のことだから、あんまり気にしないでねぇ。それじゃぁ行ってくるねぇ」

「美味しそうだね。ひとつもーらい。······ん〜美味しい!」


 ラーファ様はひとつつまみ食いをなさいました。アズ様にもひとつ、食べさせて差し上げるのがラーファ様のお優しい所です。


「そうだ、僕はお墓参りの後ここに戻ってくるから待っててね」

「はい、わかりました。お待ちしております。行ってらっしゃいませ。お気をつけて」



 ラーファ様とアズ様が行かれてから髄分と経ちました。そろそろ夕日が沈んでしまいそうです。

 雨が降り始めたのでお店を閉めようかと片付けを始めた時でした。


「遅くなって、ごめんね、ただいま」


 走ってこられたのか、汗だくで息を切らせたラーファ様が店先で座り込んでしまわれました。


「まぁ、ラーファ様! 大丈夫ですか!? ‏こちらへお座り下さい」


 慌ててラーファ様を店内の椅子にご案内しました。


「ありがとう、でも大丈夫だよ。雨が降ってきたから、フルールが帰っちゃう前に戻ってきたくって······ちょっと頑張っちゃった」

「お店を閉めてもお待ちするつもりでしたのに。ラーファ様が戻ると仰ってくださったのでしょう。ラーファ様が私にしてくださったお約束を反故ほごにするはずがありませんもの」

「そう、そうだよね、あはは。なーんか焦って損した気分だよ。雨が降ってきたから、家まで送りたかったんだ」

「私の為に······ありがとうございます。って家は隣ですが······」

「わかってるもーん。それでも心配だったんだから仕方ないでしょ」

「ラーファ様は私の事になると本当に心配性ですね。非常に嬉しいですが、ラーファ様こそ慌ててお怪我などされては、私が悲しみますのでお気をつけくださいね」

「はーい、気をつけまーす」


 おそらく、伝わってはいても改める気はあまりなさそうです。

 ラーファ様に何かあれば私が悲しむのと同様に、私に何かあればラーファ様は悲しんでくださるでしょう。互いを想い合う幸せとくすぐったさを感じます。


「ラーファ様、これで髪をお拭きください。お風邪を召されますよ」

「ありがとう」

「お墓参りはごゆっくりできましたか?」

「うん。アズがフルールに『ありがとぅ』って伝えといてって。ああ見えて命日には結構ヘコむんだけど、フルールに貰ったお菓子のおかげでちょっと元気になってた。僕からもありがとう」

「そんな、大したことはしておりませんので。うふふ、ラーファ様はアズ様の真似がお上手ですね。とても似ていらっしゃいましたよ」

「そりゃ長い付き合いだからね。アズはクトゥスの真似が上手だよ。気持ち悪いくらい似てる」

「あら、それは拝見してみたいです。あの······お聞きしてよろしいのかわかりませんが······アズ様のおじい様とおばあ様はおふたり同時に?」

「······うん。馬車の事故で亡くなられたんだ。いっぺんに2人を亡くして、あのアズも一時期とても落ち込んでたんだ。おじいちゃん子だったから相当辛かったんだと思う」

「それはさぞお辛かったでしょう。馬車の事故ですか······。私の父方の祖父母も、私が産まれる直前に馬車の事故で亡くなったそうなのです。本当に多いですね」

「そうだったんだ。······身近で普通に起きるんだよね。事故なんてどこか他人事だったんけど、あの時のアズを見て自分の浅はかに気づいたよ。国王様も長年対策を講じられているそうだけど、簡単には解決できそうにないみたいだし」

「そうなのですか。これ以上悲しい想いをする方がでないと良いのですが」

「うん、本当にそうだね。何がそんなに難しいんだろうね。もっと沢山勉強して偉くなって、悲しい想いをする人が1人でも減る国にしたいな。そんな国造りに関われるよう1日も早く大臣クラスにならないと! そしたらフルールは大臣夫人だね」

「まぁ、お気が早いのですね。ラーファ様が頑張っていらっしゃるのは存じております。ご無理はなさらないでくださいね。あと、夫人というのも気が早いです。問題は山積みですよ」


 ラーファ様は将来を見据えていらっしゃるようで、私がお邪魔になってしまわないかとても不安です。

 ですが、ラーファ様ならどんな問題も乗り越えてしまわれそうで頼もしい限りです。『夫人』も正直······叶うと嬉しいです。


「前から思ってたけど、フルールって意外と辛辣な所あるよね」

「あら、そうですか?」

「そういう所はおねーさんみたい。なんだかちょっとドキドキしちゃうな。なんてね」

「なっ······そうやっていつもからかうんですから。そういう所だけは年下なのだと思えます。あと、他にもお姉さんらしい所がありますよ!」

「例えば?」

「例えば······とにかくっ、私だって頼りになる所だってあるのです」

「あはは、これから探していくよ。······ねぇ、ところでフルールはさ、本当にこの間のドナの件気にしてないの?」

「······気にしていないと言えば嘘になってしまいます。ですが、ラーファ様やシャルル家の皆様に不利益になってしまうような結果になっては申し訳ありません」

「不利益だなんて······」

「ですがっ、やはり嫌ですよ。頭では体裁や階級の事もわかっておりますし、口では物分りの良い事を申し上げているつもりです。しかし、心が···ずっとぐちゃぐちゃでもやがかかったままです」

「そう、か。良かった。フルールも僕と同じ気持ちみたいで」

「······え?」

「ドナは昔からずっとあんな感じでさ、とにかく過激なんだよ。あんな事があったし、フルールに何かしてくるんじゃないかってアズ達と心配してたんだ。僕が近くに居られない時は、クトゥスにこっそりフルールの警護してもらったりして。それでね、アル兄さんに相談して色々考えてたんだ」


 ラーファ様はあの事をずっと気にしてくださっていたようです。本当にお優しい方です。


「一体何をお考えに?」

「それは準備ができたらちゃんと教えるから、もう少しだけ待ってて。最近ずっとアズ達とこそこそしてると思ってたでしょ。ちゃんと言っとかないと、フルールが変に勘繰かんぐってるんじゃないかなぁって思ったんだ」

「ラーファ様は私の心が読めるのですか?」

「ぷふっ······、フルールの心がね、読めるんだ。僕······実はそういうスキルなんじゃないかなって思ってるんだ」

「まぁ、スキルが発現されたのですか!?」

「おいおい、坊ちゃんよぉ。あんまりフルールをからかうんじゃねぇぜ」


 突然、父さんがお店の方に帰ってきました。おそらく急な雨で工事が中断したのでしょう。


「あら父さん、おかえりなさい。どうしておこっちに? え、からかうってどういう事?」

「そりゃおぇ、思ってる事が全部顔に出てんだよ。俺でもわからぁ」

「え、そんなに······!? ラーファ様、そうなのですか!? 酷いですっ」

「あはは、ごめんごめん。フルールは素直で可愛いんだよ」

「むぅー······。なんだか褒められている気がしません」

「なぁおい、そろそろ帰ろうぜ。俺ぁ腹減ってんだよ。坊ちゃんも食ってくかい?」

「お誘いありがとうございます。ですが今日は帰ります。まだ予定がありますので」

「あら、そうなのですか。残念です。また今度、夕飯ご一緒してくださいね。いつでも構いませんので」

「うん、ありがとう。フルールの手料理食べたかったよ。残念だけど、また今度ご一緒させてもらうね。それじゃ、僕はこれで」

「はい、お気をつけて」


 余程大掛かりな準備をなさっているのでしょうか。非常に焦っておいでのように見えます。

 ドナ様の件でしょうか。本当に何か仕掛けてなどこられるのでしょうか。とにかく、ラーファ様が待ってと仰るなら待ちましょう。


「なぁフルールさんよぉ。名残惜しい気持ちはわかるが、そろそろ飯頼むぜぇ」

「はいはい、わかってるわよ。ねぇ、父さん······もしもの話よ。私が誰かに意地悪されても発狂しないでね」

「なんだそれ。意地悪ってどの程度かによるだろ。お前が傷つくんなら俺ァ我慢ならねぇよ。だいたいよぉ、こんな気立てのいいフルールを虐めるやつなんかいねぇだろぅい。お前は良い子だ。心配すんじゃねぇよ」

「父さんはいつまで私を子供扱いするのよ······まったくもう。じゃぁ夕飯の支度をしましょうか。今日は父さんの好きな鹿肉のシチューよ。仕込みはバッチリなんだから。楽しみにしてて」

「お前は本当に良い子だよ」


 父さんが涙目です。いつも大袈裟なんだから。

 今日はラーファ様のお気持ちとお考えを聞けて良かったです。私も大概心配性なようで、少し安心できました(*´︶`*)





 ❀リリー(和名:ユリ)

 ‏白いユリの花言葉:純潔、無垢 、威厳




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