第15話 鎮魂歌




 皆さん、こんにちは。

 今日は慰霊祭メテシュシスの最終日です。お約束通り教会で献歌けんかおこなう為、ラーファ様とアズ様のお宅に向かっています。


 教会に向かう道すがらクトゥス様にお会いしました。隊服をおめしではないところを見ると、警備で来られたわけではないようでしたのでお誘いしてみました。


「そういえば、隊服以外のお姿は初めて見ました。今日は警備ではないのですか?」

「そうだよ~。最終日は憲兵けんぺいも献歌をしなくちゃだからね。それに、俺らが1番魂をしずめなくちゃいけないんだよ」


 クトゥス様は悲しげな表情で微笑ほほえまれました。


「それはどういう······」

「まぁ今じゃこんなに平和だけど、大昔はね、やっぱり兵隊って『死』に近かったんだよね。憲兵に入るとまず歴史を叩き込まれて、いかに先人せんじんとうといかを学ぶんだ。そんで、その先人の慰霊だから俺たち兵隊が1番に心を込めて歌わなくちゃ〜なんてね」

「なるほど」

「クトゥスが真面まともな事言ってる······」

「失礼だな〜。俺だって憲兵の端くれだぜ。そのうちどっかの隊の上に立つようになるんだ。これくらいの事は言うの〜」

「クトゥス様、ご立派です!」

「フルールちゃ〜ん、ありがとう。本っ当にありがとう。誰も俺をめてくれないんだよ。よし! 俺、フルールちゃんの為に頑張るよ!」

「クトゥス」

「ばっ、違うってラーファ。フルールちゃんがお前と幸せになれるように、この国の平和を守ってやるってんだよ!」

「なんだよクトゥス、お前良い奴だったんだな」

「え、お前本気で知らなかったの? 俺の事どう思ってたの?」

節操せっそうなしのちゃらんぽらん兵士······とか」

「ちょ、ひっど······。フルールちゃん何とか言ってやってよ〜」

「ラーファ様、いくらなんでも酷すぎますよ」

「冗談だよ。ホントにそんな奴だったらずっと付き合ってないよ。······多分」

「あ、多分って言った。多分って言ったー! 俺はお前達2人の幸せを願ってだな······」

「さぁ、着いた。フルール、ここがアズんの教会だよ」

「え、マジで酷くない?」


 クトゥス様はお優しい方なのだと思います。そして、ラーファ様もそれをわかってらっしゃるんですね。互いに分かり合えているなんて羨ましい関係です。

 教会は街から少し外れたところにあります。日が落ち辺りはすっかり暗くなっていましたが、教会の周辺はぼんやりと明るいです。


「まぁ、素敵······」


 とても立派な煉瓦れんが造りの大きな教会です。入口や窓には沢山の蝋燭キャンドルが飾られ、火が灯されていてなんとも幻想的です。


「ありがとぅ、フルールちゃん。うわぁ、クトゥスも来たのぉ? みんないらっしゃぁい」

「お前も大概だよな、俺の扱い」

「まぁまぁ、お前はそういうキャラなんだよ。な、アズ」

「そぅそぅ、クトゥスはそういうキャラなんだよぉ」

「キャラって······何だ? おい、キャラって何なんだよ」


 ラーファ様はご友人に対して、よくツンツンしていらっしゃいます。それにアズ様が悪ノリなされてクトゥス様をいじり、わいわいしていて本当にいつも楽しそうです。


「うふふ。皆さん仲がよろしいですね。アズ様、こんばんは。とても素敵な教会ですね」

「えへへ〜、建国の頃からある古ぅい教会なんだよぉ」

「そうなんですか。すごく綺麗なのでまだ新しいのかと」

「あはは。暗いからそう見えるんだよぉ。今日は蝋燭で雰囲気ふんいきも出てるしねぇ。真昼間まっぴるまに見たら結構ボロで汚いよ」

「あら、そうなのですか。私はレトロな方が歴史を感じるので好きです。是非、また今度お祈りに越させてください」

勿論もちろん。さぁ、そろそろ献歌が始まるよぉ。それぞれ蝋燭を持って広場の方に来てぇ」


 ‎1人1本小さくて可愛らしい燭台しょくだいを持ち、火をともしたら広場へ向かいます。


 お城から大きなかねが鳴り響くと、国中のあちらこちらから一斉にメロディが流れてきます。ご先祖様の魂を鎮め再び巡り会えるように、祈りを込めて鎮魂歌を斉唱します。



 献歌を終えると燭台に紙袋を被せて飛ばします。

 空には沢山の小さなあかりが飛び、まるで星がりてきているかのようです。この灯りが死者の魂の、天から現世までの道標みちしるべだと言われています。



「本当に魂はめぐるのでしょうか······」

「どうしたのフルール。元気ないね」

「もし本当に魂が巡るのならば、母の魂とも何処どこかで会えたりするのでしょうか······。なんて少し感傷的になってしまいました」

「どうだろうね。魂が巡るのかは分からないけど、そう信じてその人を忘れずに想う事に意味があるんじゃないかな。って、母さんの受け売りだけど」

「私の······私の母も昔、同じ様なことを言っていたような気がします。なんでしょう、とても懐かしい気持ちです」


 お母さんとは凄いです。言葉のひとつひとつが優しく思い遣りがあって、いつまでも心にのこっています。


「来年も一緒に来ようね。再来年さらいねんも、その次も。毎年一緒に献歌しに来よう。······皆で」


『皆で』は少し照れたようにお顔を伏せて おっしゃいました。


「ラーファ······お前、何だかんだ言って俺たちの事大好きだよな。嬉しいぞ〜」

「そうだよねぇ。ラーファって僕たちの事大好きだよねぇ。僕も嬉しぃ」

「げっ、お前ら聞いてたの? ホントもうだ。やっぱりフルールと2人が良い」

『もぉ〜素直じゃないなぁ〜』


 アズ様とクトゥス様が声をそろえてラーファ様をからかいます。ラーファ様は頬が赤らんで、いつもとは逆の扱いにいささか不満そうです。


「さーて、ラーファもいじめられたしそろそろ帰るか。俺は明日からまた訓練があるから朝早いんだよ〜」

「クトゥスは毎日大変だねぇ。って言っても、明日は僕らも日常に戻らないとだもんねぇ」

「そうですね。明日からはまた、いつもと同じ毎日の繰り返しですね。でも、皆さんに出会えて、私はこの当たり前の1日がとても幸せです。また明日からもよろしくお願いします」

「お〜、改まって言われると照れるな······。こちらこそよろしくね、フルールちゃん」

「うふふ、でもそうだねぇ。当たり前の毎日を大切にしたいよねぇ。さぁ、もう遅いから気をつけて帰ってねぇ」


「フルールは僕が家まで送るから大丈夫だよ。さ、行こうかフルール」

「はい。皆さんもお気をつけて。今年はとても良い慰霊祭メテシュシスでした。おやすみなさいませ」

「えへへ〜。僕も楽しかったよぉ。おやすみぃ」

「俺もだよ〜。ではお姫様、良い夢を」

「クトゥスは夢でも訓練しておいでね。おやすみ」


 ラーファ様は最後までクトゥス様に悪態をついていらっしゃいました。



 皆さんとお別れして、ラーファ様と家路につきました。

 明日また会えるというのに、しばしの別れを惜しむようにゆっくりと歩きます。時折触れ合う手をいつの間にか握り、顔を見合わせます。

 ラーファ様が立ち止まり周囲に人が居ないことを確認すると、スっと綺麗なお顔が近づくやいなやそっと唇が触れました 。


「ねぇ、そんなにギュッと目をつむらなくてもさ、何もしないよ? もしかして、怖い? 嫌だった?」

「い、いえ、怖いのではありません。ただ、こういう······キ、キスに慣れなくて、勝手にこう······キュッと力が入ってしまうのです」

「可愛いなぁ、もう。···嫌じゃないんだよね?」

「······はい。その······嫌というより、むしろ嬉しいです」

「フルールは僕をあおるのが上手いね。キスだけじゃやめてあげられなくなるよ?」

「キスだけじゃ······え、キスより凄いことがあるのですか!?」

「······え?」

「······へ?」

「フルールさん? 本気で言ってます?」

「私、また何かおかしな事を言っているのでしょうか?」

「そ、そうだね。フルールがとんでもなく純粋なのはよくわかったよ。······ふふっ、帰ろ。ほら、手繋ご」

「えっ、待ってください。何がおかしかったのですか? 教えてください」

「いいよ。僕がこれからゆっくり教えてってあげるから。ほーんとフルールは可愛いなぁ。大好きだよ」

「もうっ、ラーファ様、茶化さないでください。私も、だ、大好きですよ。だから、教えてください。ラーファ様に嫌われたくありません」

「ダーメ、まだ教えない。それに、こんな事で嫌いになったりしないよ。それどころか、どんどん好きになっちゃうよ。ね、僕とゆっくりやっていこうよ。ちゃんと手を引いていくからさ、こうして」

「仕方ありませんので、今日は聞きません。ですが、これからちゃんと教えていってくださいね?」

「あはは、フルール言ったね? 覚悟しててよ。じーっくり教えてあげるか」


 ラーファ様が何やらたくらんでいるような、悪戯いたずらっ子の様な笑みを浮かべていらっしゃいます。何だかわかりませんが、もしかするととんでもない事を言ってしまったのかもしれません。


 それからラーファ様にしっかりを手を引かれ、ゆっくりとお月様を眺めながら歩きました。ゆっくりゆっくり歩いていたはずなのに、無情にもあっという間に家に着いてしまいました。

 明日の朝には会えるというのに、一旦離れなければならないと思うと無性に寂しくなってしまいます。


「明日の朝一番で、お店の準備の邪魔しに来るからね。それまで寂しいからって泣かないでね」

「ラーファ様こそ、お寝坊せずにちゃんと邪魔しに来てくださいね。お待ちしております」

「うん、おやすみ。良い夢を」

「良い夢を」


 ラーファ様は額にキスして、待たせてあった馬車で帰られました。



「おアツいなぁ」


 ドスの効いた低い声に驚き振り返ると、父が扉の隙間からこちらをじとっと見ていました。


「きゃぁ。えっ、父さん、どこから見てたのよ!信じられない。覗き見なんて趣味が悪いわ!もうっ、父さんのバカっ」

「お前、父親に向かってバカはねぇだろ。家の前でイチャついている方がわりぃんだ。ったく、とんだ不良娘になっちまったもんだぜ。それもこれもあの坊ちゃんがお前をたぶらかして······なんだよぉ······いっその事早く嫁に行っちまえ······俺を置いて······なんてひでぇ娘だ······俺は······」


 どうやら、しこたま酔っ払っているようです。


「はぁ······、今年は父さんどれだけ飲んだのよ。また若い人達と張り合ってたんでしょ。ちゃんと献歌けんかはしたの?」

「したよぅ、したともさ。アイツを想って······アイツもお前も俺を置いてくのかよぅ······ふざけんじゃねぇよぅ······」


 父は母が亡くなってから毎年、寂しさを紛らわせるようにお酒の力を借りています。そろそろ体が心配なのでやめてほしいです。


「まったく毎年毎年······私は父さんを置いていかないわよ。心配で置いていけないわよ。たとえお嫁に行っても、父さんはずっと私の父さんよ」

「フルールぅ······」

「ほら、ベッドまで歩いて。私、父さんをかつぐなんて無理よ」


 何とか父をベッドに寝かせて、母さんの写真と少しお話をしてから私も眠りにつきました(*˘‏︶˘*)




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