第12話 帰還




 皆さん、こんにちは。

 今日はいよいよ、ラーファ様のお兄様が西の国・アルブレス王国からご帰還なさいます。今宵はそのご帰還祝いのパーティです。先日ラーファ様にいただいたドレスをまとって、いざ······。



 ラーファ様がお迎えに来てくださるとの事なので、家の前でお待ちしております。まん丸のお月様はまだ低く、とても大きくて綺麗です。そんなお月様から舞い降りてこられたかのように、ラーファ様の馬車が見えてきました。



「フルール、こんばんは。ドレスとても似合ってるよ。ホントに凄く綺麗······」

「ラーファ様、こんばんは。あ、ありがとうございます。なんだか恥ずかしいです······。ラーファ様こそ、とても······その······凄く素敵です」

「ふふ、ありがとう。あっ、これやっぱりいいね」


 ラーファ様は、私の頬から耳へ手を這わせてピアスを撫でました。


「······っ///」

「あはは、真っ赤だ」

「だってラーファ様がっ······」

「ん? 僕が······何?」

「な、なんでもありません。パーティに行きませんと······」

「そうだね。でもちょっとだけ······ね?」


 そうおっしゃるとラーファ様は頬擦りをしてから首筋に軽くキスをして、優しく包み込むように抱きしめてくださいました。勇気をだして私もそっとラーファ様の腰に腕を回してみます。これで良いのでしょうか······。


「フルール、それはダメだよ······」

「え······?」


 何か間違えてしまったのでしょうか······。


「そんな事されたら離したくなくなるじゃないか」


 良かったです。間違えてはいなかったようですね。


「は、離さ······ないでください///」

「······っ。······っはぁぁぁぁぁぁ。よしっ!! 行こう。パーティの時間だ」


 ラーファ様は大きな溜め息をつかれると、私の手を握って馬車へ引っ張って行かれました。

 やはり何か間違えてしまったのでしょうか。もう何が正解かわかりません······。



 馬車に乗り込み早々はやばやと出発してから数分。ラーファ様は不貞腐れたように肘をついて、窓の外を眺めたままこちらを見てくださいません。


「あ、あのっ、ラーファ様、私何かいけないことを言ってしまったのでしょうか?」

「······言ったよ」

「わ、私、悪気はなくて······あの······何がいけなかったのでしょうか?」

「わかってるよ。大丈夫。怒ってるわけじゃないから。ただね、好きな子に『離さないで』なんて言われるとさ、離せなくなるだろ······」


 深く考えず思ったまま、恥じらいの無い事を口走ってしまったようです。


「っす、すみません、私ったらなんてはしたない事を······/////」


 ラーファ様につられて赤面してしまいました。結局シャルル邸に着くまで、2人とも顔を上げられず会話も無いままでした。

 ですが、一度ひとたび馬車を降りれば、王子様のようなラーファ様にお戻りになりました。

 私はまだこのような場に慣れず、立ち振る舞いに困ってしまいます。ラーファ様が片時かたときそばを離れずフォローしてくださるので、なんとかやり過ごせていると言ったところです。


 いよいよラーファ様の2番目のお兄様とのご対面です。何とご挨拶あいさつすれば良いのかと頭がぐるぐるしていると、それは突然、時が止まったかの様に周囲の注目を集めました。


「ラーファ!! ただいま。お前の祈りが届いたんだ。ほら! 約束通り無事に帰ってこられたよ。ありがとう。······おや? そちらのお嬢さんは?」


 会場中が兄弟の再会を微笑ほほえましく見ておられます。ラーファ様は周囲を確認なさる様に、会場全体をチラッと見られました。


「兄様、おかえりなさい。無事に帰還されたこと、心から嬉しく思います。こちらは僕の恋人のフルールです。彼女と共に、兄様のご無事を心より祈っていました。ご出兵前のあの花をくれた女性です」


 シンと静まり返った会場で、皆様がラーファ様の声に耳を傾けられていました。


『これはめでたい!』

『まぁ、素敵ですわ!』

『おめでとうございます!』


 様々な賛辞が聞こえました。しかし、優しい言葉だけではありません。


『あの方は平民では······?』

『上級貴族と平民だなんて······』

『聞き間違いでしょうか?』


 覚悟していたとはいえ、言葉が矢のように突き刺さります。私が言葉を出せずに固まっていると、背後からお母様がそっと肩に手を添えてくださいました。


「あらあら、皆様驚かせてしまい申し訳ございません。今お聞きの通り、この方はシャルル家三男、ラーファの恋人です。以後お見知りおきを。わたくし達シャルル家は身分にとらわれることなく愛し合う者同士の想いを尊重そんちょうし、むかえ入れることを認めております。どうか、皆様方温かく見守ってやってはいただけないでしょうか。──さぁ、何も言わなくて大丈夫よ。軽やかに一礼してくださるかしら」


 お母様が耳打ちしてくださり、私はやっとの思いで一礼する事ができました。


「さて皆様、本日は私に為にお集まりいただき、誠にありがとうございます。帰還早々こんなに素敵な贈り物が用意されているとは! さぁ、月が天に昇るまで、存分にお楽しみください」


 お兄様がご挨拶なさって、会場は乾杯かんぱいのちにぎわいを取り戻しました。



 高貴な方々が次々にラーファ様と私に話しかけてくださいます。皆様お祝いの言葉をくださり、感極かんきわまってしまいます。思わず涙がこぼれ落ちそうになった瞬間、その方は颯爽さっそうとご登場なさいました。



「ラーファ、あなたはわたくしドナ・ドラ・ウァールと添い遂げるのではなかったのですか!?私を差し置いて、そのような······そのようなっ······」


 とても綺麗なお嬢様です。どうやらラーファ様とはわけありのようですが······。


「そのような······何?」


 ラーファ様はドナ様を睨みつけました。


「そのような平民となど!! 分不相応ですわ。シャルル家に並ぶ我が『自由リベラ』のウァール家こそ相応しいではありませんか」


「行こう、フルール。昔からずっとこの調子だから、構う必要無いよ」


「で、ですが······」


「大丈夫だよ。ウァール家当主であるドナのお父上が一方的に僕と婚約させたがってるだけだから」


「そう、私のお父様が正式に婚約の話を持ちかけようとしていた矢先ですのに······。まぁ、どうせ一時ひとときの気の迷いでしょう。お聞きなさい、平民の小娘。ラーファと貴女じゃ身分がつり合わなくてよ? 身の程をわきまえなさい」


「いい加減にしろ、ドナ。いくら温厚な僕だって怒るんだよ?」


 ラーファ様は先程よりもするどにらみつけられました。


「な、なんですの? 睨んだって怖くありませんわよ!」


「ドナ、帰れ。僕が本気で怒る前に」


 聞いたことの無い低い声で、ラーファ様は牽制けんせいなさいました。


「今日の所は引いて差し上げますわ。ですが小娘、覚悟なさいよ!」


 そう言い残しドナ様はまた颯爽と帰られました。



「ごめんね、フルール。すごく嫌な思いをさせちゃったね。ドナは二度とパーティに来れないようにするから、フルールは次からも来てくれるよね······?」


 いつも通りの優しくて甘え上手なラーファ様です。


「いえ、私はその······ですが、お呼びしないのは体面が悪くなってしまうのでは? 私なら平気ですので、お気になさらないでください。たとえドナ様がいらっしゃっても、ご招待頂ければ出席させていただきます。お約束しますので、安心なさってください」


「うーん······これは本気で早く結婚しないと······」


 ラーファ様はボソボソと何か呟かれました。


「何ですか?」

「何でもないよ。さぁ、邪魔者は帰ったし、パーティを楽しもう」


 ラーファ様は私を気遣って、パーティに連れ戻してくださいました。


「フルールはね、僕の家族が認めたお嫁さん候補なんだからもっと自信を持ってね。身分なんか関係無い。僕がフルールと居たいんだから」


 私の手を引きながらそう言ってくださったラーファ様のお耳は真っ赤でした。私までつられて顔が熱くなってしまいます。


「······ありがとうございます。私もラーファ様とご一緒に居たいです」


 そう声をしぼり出すだけで精一杯でした。



「ラーファ、かっこよかったねぇ」

「アズ! 見てたのか······。クトゥスも」


 2人で赤面しながらバルコニーに向かっていると、後ろからアズ様ととても端整たんせいなお顔の男性に話しかけられました。


「やぁやぁラーファ、かっこよかったじゃないか〜。俺も可愛い恋人がいたら頑張れちゃうんだけどな〜。しっかしドナは昔からラーファにご執心だな」

「クトゥス······。フルール、これはクトゥス・クラロ・ティオーラ。代々 憲兵けんぺい隊の長を務める理性ラティオのティオーラ家次男だよ。あの真面目でお堅いティオーラ家の人間とは思えない自由人なんだ。一応幼馴染なんだけど、ろくでもない女ったらしだから近づかないで。なんなら覚えなくていいよ」

「まぁ、それはいくらなんでも······」


 クトゥス様はラーファ様とアズ様と同じお年とは思えないほど背が高く、なんと言いますか、見た目で判断してはいけないのですが軟派そうなお方です。


「おいおい、それはいくらなんでも酷くないか?フルールちゃんに誤解されるだろ〜? フルールちゃん、俺、ホントは真面目だから。なぁ、アズも何とか言ってくれよ」

「さぁねぇ、まぁ仕方ないんじゃないのぉ? 事実だしぃ」


 アズ様はクスクス笑いながらラーファ様のご冗談に乗られました。


「アズまで何だよ〜。ったーく嫌になるぜ」


 ご友人とお話されているラーファ様はまだまだ子供っぽく、普段とは違う雰囲気でいらっしゃいます。なんだかとても好きです。


「フルールちゃん、さっきは大丈夫だったぁ? ドナったらホント昔からキツいんだよねぇ。あれでもフルールちゃんより1つ年下だよぉ」

「アズ様、お気遣いありがとうございます。······えっ? 年下の方に小娘と言われてしまったのですか。随分大人っぽい方だったので、てっきり年上の方だと思っておりました」

「あれは老けてるって言うんだよ。流石の俺も対象外だわ。ラーファもあんなのに気に入られて大変だよな〜」

「まぁもう慣れっこだよ。初めから相手にしてないし。僕にはフルールしかいないからね」


 なんだかこの御三方おさんかたもどうも年下には思えません。私が幼いのでしょうか······。



 パーティは夜更けまで続きました。子供は10時でお開きということなので、例の如くラーファ様が送ってくださいます。

 馬車に乗り込むと、ラーファ様はぐったりとされていました。


「今日は何だか色々大変だったよね。疲れたでしょ?」

「いえ、とんでもないです。ラーファ様の方がお疲れになったのでは? 私は色々と吃驚びっくりはしましたが楽しかったです。アズ様とクトゥス様は良いご友人なんですね。見ていると幸せな気持ちになります」

「あはは······。まぁ悪い奴らじゃないんだけどね。でもクトゥスには気をつけてね。馴れ馴れしいから。2人きりはダメ。触られそうになったら逃げて。約束ね」

「うふふ、わかりました」

「わかってないでしょ。ダメだよ、危機感ちゃんと持ってね······。それとドナの事だけど、ホントに何も心配しないで。もし何か変わった事があったらぐにしらせてね。ちゃんと僕を頼ってよ?」

「はい、わかりました。何か······ありましたらご報告致します。ラーファ様は今日はしっかりとお休みくださいね」

「あっ、もう着いちゃったんだ。なんだか今日は全然フルールといちゃつけてないや」

「確かに······。いつもより穏やかに過ごせた気がします。」

「なっ······。あ、そう。じゃぁ今日はこれだけにしてあげるね。」

「うふふ、冗談で······」


 グイッと力強く抱き寄せられ、初めて唇にキスをされました。


「大丈夫? ちゃんと部屋まで歩いてね? ふふ、おやすみ」

「お、おやすみなさいませ」



 その後、どうやって部屋に戻ったのか憶えていません(///﹏///).。。


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