第7話 ルルディネル




 皆さん、こんにちは。舞華姫ルルディネルを務めさせていただくフルールです。

 今日は王妃様のご生誕祭です。お空もお祝いするかのように、とても良いお天気です。


 ところで舞華姫ルルディネルとは、生誕祭など慶事けいじの時に花と共に舞う伝統的な余興のひとつです。

 私は13歳の頃から、王宮で行われる祭事で舞華姫を務めさせていただいております。


 私の母がベテランの舞華姫だったので、幼い頃から母が舞っているところを間近で見てきました。

 12歳の時に母が病死してしまい、翌年から私が引き継いだという訳です。今はまだまだ母の足元にも及びませんが、少しでも早く母に近づけるよう精進している次第です。



 さて、間もなく本番だというのにまだ緊張が解れません。カチンコチンで舞うわけには参りませんのに、どうしましょう······



「······フルール?」


 突然、背後から声を掛けられました。聞き覚えのある声です。


「はい······? あら、ラーファ様。おはようございます」


「やっぱり! おはよう。どうしたの? こんなところで······って······え? もしかしてルルディネル?」


「えぇ、未熟ながら、このような大役を務めさせていただいております。と言いましても、今年でまだ3年目ですが」


「未熟って······国王様のご生誕祭の時の舞、凄かったよ。僕、本当に見惚れちゃったんだよ。あれがフルールだったなんて······どうして気づかなかったんだろう」


「そんな! 私なんてまだまだ母の舞に比べたらひよっ子ですのに」


「ひよっ子って。······へぇ、それ衣装? すっごく綺麗だ。凄いね。お母様もルルディネルだったんだね」


「ありがとうございます。毎回、知り合いが作ってくださっているのです。······母はとても美しい舞華姫でした。3年前に病死してしまい私が引き継いだのですが、なかなか思うように上達しなくて······」


「そうだったんだ······。この間の国王様のご生誕祭に母に連れてこられて初めて見たんだけど、本当に感動したんだ。それだけで来て良かったと思える程だったよ。楽しみにしているね」


「はい。ありがとうございます。が、頑張りますねっ!」


「もしかして、緊張してる?」


「······はい、少し······。あ、いえ、大丈夫です······」


 瞬く間に私はラーファ様の腕の中に包まれていました。とても力強く、それなのに、とても優しく抱きしめてくださいました。


「ラ、ラーファ様っ」


「緊張、少しでも解れたかな?」


「もうっ、余計カチンコチンになってしまいまちた!」



「あ、噛んだ。かーわいい。あーあ、顔が真っ赤」


「じ、時間ですので参ります! もうお席にお戻りください」


「ふふっ、意地悪してごめんね。舞、ちゃーんと観てるからね。じゃあね!」



 ラーファ様には振り回されてばかりです。ですが、おかげで少し緊張が解れた気がします。

 何としても失敗はできません。持てる力を全て出して参ります!




『次の演目は花屋のフルールが舞華姫ルルディネルを務めますcafnekirig-カフネキリグ-です』


 ──ワァァァァァ──


 歓声が上がりました。いよいよ出番です。


 樺弦バチングの美しい旋律に歓声は止み、会場中の視線が私に向きます。



 立ち上がりながら回転し、る程長いスカートの裾をふわふわと花を乗せながらひるがえします。そして薄桃色のストールとスカートにデルフィニウムを滑らせながら会場中に贈ります。

 皆様に幸せが訪れる事を祈って。

 舞は基本的にくるくると回っているので目が回らないように頑張ります。

 今年は様々な青い花を王妃様に。

 50歳になられた王妃様ですが、未だお若く美しく在られます。益々のご多幸とご長寿を願いながら舞います。

 フィナーレには、 王国を護ってくださっている全ての方に感謝を込めて、両手いっぱいのカンパニュラを空高くに届けます。


「王妃様におかれましては、益々のご多幸とご長寿をお祈り申し上げます」


 幕締めの挨拶を機に、会場中に歓声と拍手が響きました。

 なんとか今回も無事に舞を納めることができたようです。ですが、皆様に喜んでいただけたでしょうか。いつだって一抹の不安が残ります。



 舞台裏で休んでいたら、ラーファ様が駆けて来てくださいました。そして、私の不安を一掃してくださいました。


「フルール······あのね······物凄く美しかった。僕は息も忘れるほど見惚みほれてしまったよ」

「そんなに慌てていらしてくださるなんて。ありがとうございます。お褒めに預かり光栄です」


 ラーファ様は息を切らしながら、少し照れたご様子で仰いました。


「ねぇ、迷惑じゃなければさ、この後、僕と一緒に生誕祭を過ごさないかい?」

「え······よろしいのですか?私がお席にお邪魔しても」

「もちろんだよ! さぁ、行こう」


 そう言ってラーファ様は私の手をひいてくださいました。シャルル家のお席にお邪魔させていただけることになって軽くパニックです。


「あら、ラーファ。そちらの可愛いお嬢さんは······先程のルルディネルでは?」

「はい、お母様。彼女が兄の件でお世話になったフルールさんです」

「は、初めまして。城下町で花屋を営んでおります、フルールと申します」

「まぁまぁ、貴女がフルールさん。その節は息子がお世話になったそうで。ありがとうございました。近頃はお宅に押しかけているそうで、ご迷惑をお掛けしてごめんなさいね。よろしかったらこちらへどうぞ。ね、旦那様ダーリン

「あぁ、もちろんだよ。よく来たね。ラーファの恩人とあっては丁重におもてなししなければ。さぁ、めでたい席だ。皆で共に祝おう」

「あ、ありがとうございます。お邪魔致します」

「緊張しないで、楽に過ごしてくれたらいいからね。ほら、僕の隣においで」


 ラーファ様のご家族に暖かく迎え入れていただけて良かったです。

 その後は、美味しいお料理を頂き、様々な余興を楽しみ、ご生誕祭が終わるまで素敵な時を過ごさせていただきました。


「それでは旦那様ダーリンわたくしたちはお先に失礼致しましょうか。大臣様方へのご挨拶もありますし」

「そうしようか。フルールさん、今度は我が家へ来てくださいね。貴女の愛らしく舞う姿に私共は見惚れてしまいました。是非また見せていただきたい」

「そのように仰っていただけて光栄です。お言葉に甘え伺わせて頂きます。 本日は身に余る程の素敵な時を過ごさせていただきまして、誠に感謝致しております」

「はっはっは。なんのことはありませんよ。ではラーファ、責任を持ってフルールさんをお宅まで送りなさい。フルールさん、それでは」

「はい、勿論です。お父様方もお気をつけて」

「し、失礼致します!」


 私はご両親に深々とお辞儀をして、ラーファ様に急かされるように会場を後にしました。外はすっかり暗くなっています。ラーファ様が足元を照らすランプをご用意してくださいました。


「足元、気をつけてね。さぁ、もう遅いから急ごう」


 そう言って馬車まで案内してくださり、乗りやすいよう手を添えてくださいました。


「······あの、ラーファ様はどうして私にこんなに良くしてくださるのでしょうか?」

「なっ、そんなこと······。············はぁ」


 ラーファ様は大きな溜息をつれました。何かいけない事を言ってしまったのでしょうか······


「フルールはおっとりしてると思ってたけど、こんなに鈍感だとは······」

「ど、鈍感だなんてあんまりです! 私はこう見えても気が利くと町ではよく褒められるんですよ」

「そうじゃなくてね······。まぁいっか。来週、うちに遊びにおいでね。その時までに考えておいて。僕がどうしてフルール良くするのかを」

「どうして······ですか?」

「まだ教えない。ほら、お家に着いたよ」

「まぁ、いつの間に。ラーファ様、今日は本当にありがとうございました。その上、送っていただいて。今度お邪魔させていただく時は、うんと沢山のお花を出しますね。レモンパイも忘れてませんよ! 私にはそれくらいしか出来ませんので······」

「それで充分だよ。大切な人に1人で夜道を歩かせる訳には行かないからね。お礼なんて気にしないで、気楽にお茶するつもりで来てよ。その方が皆喜ぶからさ」

「ふふ、わかりました。ありがとうございます。それではお気をつけて。おやすみなさいませ。良い夢を」

「うん、おやすみなさい。良い夢を」



 そういえば、ラーファ様は"大切な人"とおっしゃいました。一体どういう······。

 答えを考えながら夜の闇に消えていく馬車を見送って、私の長い一日は終わりを告げました(๑•᎑•๑)





✳青い花

 意味:50歳や長寿を祝う。



✳デルフィニウム

 花言葉:清明、あなたは幸福をふりまく



✳カンパニュラ

 花言葉:感謝・誠実な愛・共感・節操・思いを告げる



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