第9話 鹿島工場

 鹿島工場は灰色の巨大な施設だった。コンクリートの外壁に様々なパイプやらダクトが併設して、さながら工業世界のゴブリンの様である。その脇に少し小さなビルが隣接しており、どうやらそこが管理施設と思われた。タクシーを降りた俺は、門番に用件を伝える。門番はすぐに本部へ電話を入れた。


「相沢様ですね。このまま進んで、あのビルの正面玄関口からお入り下さい」


言われるままに俺は管理施設の正面玄関口からホールへ入った。フロントの受付嬢に挨拶する。


「すみません。相沢と申します。こちらへうかがうことは連絡済みなんですが」


「相沢様ですね。承っております。あちらのエレベーターからニ階の第二応接室へいらして下さい。担当がお待ちしております」


俺はエレベーターで二階まで行き、案内板を見た。真っ白な廊下を進んで、第二応接室のドアをノックする。



「どうぞ! お入り下さい」


中から大きな声がして、俺はドアを開けた。部屋には設計者とおぼしき若い男と、その上司と思われる中年の男が並んで立っていた。壁際には大きな棚がしつらえてあり、各種トロフィーやら、賞状やらが飾られていた。


「どうも。先程電話した相沢です」


俺はドアを閉めてそう告げると、テーブルの脇に立って二人を交互に眺めた。


「遠路遥々、よくいらっしゃいました。こちらの若いのが例のアンドロイドの設計者、島田しまだです。私は開発部長の磯部いそべです。ま、取り敢えずお座りになって下さい」


磯部は慇懃に挨拶した。俺は黒い革張りの高級そうなソファーに腰を下ろした。体が深く沈んで、どうも居心地が悪いが、今はそんな事はどうでも良い。



「我が社で製造したアンドロイドに問題があるとか。そうでしたね? 相沢さん」


磯部がそう切り出した時、ドアをノックする音が聞こえた。


「失礼します」


若い女性アンドロイドが入って来て、茶を入れて部屋を出ていった。


「あれもお宅の所で作ったのか?」


「ええ、我が社では、社会に貢献する事を目的とした、高性能アンドロイドの開発に力を入れております。ああいった単純作業などには、アンドロイドはもってこいですからな。それより、問題とは何でしょう?」


俺は一口茶を飲むと経緯を話し始めた。



「アンドロイドが、実在した女性の顔とそっくりっていうのはどういう事なんだ?」


島田はそれまで黙って俯いていたが、やおら顔を上げると話し始めた。


「実は……JVA2034-Bは若い女性型の接客用アンドロイドとして開発を急かされていました。でも、身体はともかく、顔だけがどうしても決まらなかったんです。人に危険なイメージを与えず、出来れば好感を持ってもらえる様な顔立ちが求められていました。ある時、山で起きた自動車事故のニュース映像を見たんです。そこに映された若い女性の顔を見て、これだ!、と思ったんです」


島田は弱々しい声でそう説明した。


「――で、その娘の顔を盗んだのか」


「は……それは……」


「本人の許可なくそっくりな顔を作る事は肖像権に関わるぞ」


「はい……。私もそう思いましたが、何しろ期日が迫っておりましたので」


そう言うと島田は額の汗を拭った。


「それで……事故にあった娘から盗んだのは顔だけなのか?」


「どういう意味です?」


「つまりだ。人格とか、性格とか……そういったものはどうなんだ?」


「顔だけです。そもそもうちの技術では、生身の人間の人格やら性格やらをアンドロイドに移植する事は不可能です」


「本当か?」


俺はわざと意地悪く探るような眼差しを向けた。


「本当です!」


島田は真剣な声で断言した。どうやら嘘はついていないようだ。


「そうか……」


「相沢さん、この事はどうか内密に……何分、若手の設計者がやむにやまれず致した事でして、当社と致しましては悪意は微塵もございませんでした。ここに、僅かですが心付けを用意しております。どうかこれで……」


磯部は分厚い封筒を両手で差し出し、テーブルに着く程頭を下げた。


「いや、俺は別に金が欲しい訳じゃ無いんだ。謎を解きたかっただけなんだよ。まあ、取り敢えず何故あのアンドロイドが生身の娘にそっくりなのか、理由は分かった事だし、これで失礼するよ」


俺はそう言って立ち上がり、


「突然なのに会ってくれてありがとう」


そう言って一礼すると部屋を後にした。



 俺はホールでタクシーを待ちながら考え込んでいた。ハナが京子の顔をモデルに作られた事はハッキリしたが、何故性格や行動の変化が起きたのか分からなかった。当初は、京子の人格をハナに移植してあったからだ、と憶測したのだがそれも違う事が分かった訳だ。これでまた振り出しに戻ってしまった……。俺はホールの入り口のガラス戸から空を見上げた。夏の抜けるような青い空に白い入道雲が沸いている。何も無かった事にしてこれからを過ごしても良いのかも知れないが、心の何処かで、この謎は解き明かすべき、と声がするのだった。

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