第8話 瓜二つ

 住職にもらった住所を頼りに、俺は石田家を探し出した。今時都内では珍しい伝統的な日本家屋の一軒家で、小さな庭には松の木やらツツジやらが綺麗に刈り揃えられて植えられている。日本情緒溢れる屋敷の玄関前で、俺は少し戸惑っていた。いきなり押しかけて、話を聞けるだろうか? だが結局俺は玄関の呼び鈴を鳴らした。



「はい?」


ガラガラと玄関の引き戸が開いて、上品そうな老婆が顔を出した。俺は何と言うべきか考えていた。


「あの……どちら様でしょう?」


老婆が戸惑い勝ちに声をかける。


「突然お訪ねして申し訳ありません。実は、京子さんの事を聞きたいんです」


「京子……。あの、あの子はもう……」


「ええ、寺の住職から亡くなっている事は聞いています」


「はあ、でも、何故京子の事が聞きたいんですか? 貴方は一体……」


怪しむのも無理は無い。俺は正直にこれまでの経緯を話した。


「そうですか……取り敢えず立ち話も難ですから、上がって下さい」


俺は居間へ通された。



「今お茶をお持ちしますから、楽になさって下さい」


老婆はそう言ってキッチンへ向かう。俺は座布団の上に正座したまま、部屋を見渡した。明るい板張りの壁から古い木の香りがした。畳には塵一つ落ちていない。きっとあの老婆が毎朝丁寧に掃除しているのであろう。


「お待たせしました」


老婆は盆に玉露を入れた茶碗を乗せてやって来た。優雅な手付きで俺の前に茶を置くと、向かいに正座した。


「京子の何について聞きたいんですか?」


老婆は静かな声で訊いた。


「何でも構いません。どんなお嬢さんでしたか?」


「そうねえ……明るくて、活発な娘でしたわ。水泳が得意で、良く近所の市民プールへ通っていました。料理が趣味でしてね、中々上手に作ったものです」


「料理……」


「ええ、中華でも、洋食でも、何でも作りましたよ」


俺はハナが張り切って料理を作り始めた日の事を思い出していた。やはり、京子と何か関係があるのだ……。それから老婆は京子についてのあれこれを語った。中々美人であった事、そのせいで男子からは結構モテていたが、彼氏は居なかった事、お洒落が好きで、綺麗な服には目が無かった事など。



 料理が好きだという事と、お洒落が好きだったという事以外に、俺は変化したハナとの共通点を見出だせなかった。やはり、思い過ごしだったのだろうか? 俺は少々落胆して、そろそろ引き上げるか、と思い始めた。そうだ、その前に――せっかく訪ねて来たのだ、せめて京子に焼香でも上げて帰ろう。


「ありがとうございました。あの、ご迷惑でなければ仏前にお参りさせて頂きたいのですが。

それでおいとまします」


「ええ、構いませんよ。こちらです」


俺は老婆に案内されるままに、仏間へと足を踏み入れた。何となく部屋を見回して、黒縁の遺影を見付け、そして絶句した。


「ハナ ――」


「はい?」


「い、いえ、何でもありません」


鐘を鳴らし、焼香しながら、俺は気が気では無かった。遺影の顔写真はハナそっくり、いや、ハナそのものだったからだ。焼香が終わり、立ち上がった俺は、念のために老婆に訊いてみた。


「あの写真の方が京子さんですか?」


老婆は遺影を見上げると、


「ええ」


とだけ言った。


「ありがとうございました」


俺は老婆に礼を言うと、足早に駅へと向かった。



 気もそぞろなまま、俺は電車に乗ると、最初にハナを見付けたコンビニへ急いだ。店内へ入り、店員に店長へ電話してくれるように頼む。店員は怪訝な表情のまま、電話をかけた。


「お客様、店長が出ました」


店員に差し出された端末を引ったくるように掴むと、俺は挨拶をすっとばして一方的に話し始めた。


「この前お宅から、廃棄される予定のアンドロイドを貰った者だけど、ちょっと問題があってね。あいつの製造元の場所って分かるかな? それとあいつの製品番号も知りたいんだ」


「分かりますよ。ちょっと待って下さい――まず、製品番号はJVA2034-Bです。製造元は、東日本精機株式会社、鹿島工場です」


「ありがとう」



 俺は電話を切ると、タブレットで鹿島工場を検索した。工場は、茨城県鹿島市の臨海工業地帯にある事が分かった。これはここまで出向いて、直接製造者に話を聞くしかない。一応、訪ねる旨連絡は入れておくか。俺は鹿島工場へ電話をかけた。


「はい。東日本精機、鹿島工場です」


「ああ、どうも。実はお宅で製造されたアンドロイドの事でちょっと問題がありましてね――」


「どういった問題でしょうか?」


「それが、直接製造者なり、設計者に訊かなけりゃ、分からないことなんだ。今からそちらへ出向くから、設計者に話を付けておいてくれませんか?」


「誠に失礼ですがお客様、その様なご要望にはすぐにはお答え出来かねます」


まあ、そう来ると思ったぜ。俺は凄みのある声に切り替えて、受付嬢に迫った。


「事はお宅らの会社の信用に関わる事なんだぜ? 下手すりゃ訴訟問題にも発展しかねない懸案だぜ。良いのかい?」


「……少々お待ちくださいませ」


待ち受け音楽が軽快な調べを奏で始める。恐らく受付嬢は上司の指示を仰いでいるのだろう。数分の後、再び受付嬢の声に切り替わった。


「承知いたしました。お客様のお名前を伺ってもよろしいですか?」


「相沢幸助だ」


「相沢様。ではお待ちしております。本日は誠にありがとうございました」


そう言って電話は切れた。



 

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