第7話 墓地
その日以来、ハナは俺への好意――というか、欲情を持ち続けた。夜になると必ず俺を誘い、そして不貞腐れる。化粧もするようになり、お洒落に気を配り始め、本当に年頃の娘の様になっていった。最初のうちは俺は単純に嬉しかった。とうとうこいつも、一人の女性として、開花し始めたのか、と思ったからである。その日の夜も、ハナは俺を誘い、夢叶わずふて寝していた。
「なあ、ハナ。お前が俺の事好きになってくれたのは嬉しいが、別にセックス出来なくても良いんじゃないか? そんなふうにふて寝されると、俺だってちょっと悲しいぜ」
俺は横でこちらに背を向けて寝ているハナにそう語りかけた。
「だって……」
ハナは小さく呟くと膝を抱える様にして身体を丸める。
「だって、夫婦っていうのはセックスして愛を確め合うものでしょう?」
「夫婦? お前、俺と結婚したいのか?でもお前は…… 」
俺はハナから飛び出た言葉に驚きを隠せなかった。アンドロイドだぞ、とは言えなかった。言えば更にハナを傷付ける。俺は何と声をかけるべきか、悩んでいた。ハナはゴロン、とこちらへ向き直ると、
「そうよ。私だって年頃だもの、好きな人と一緒になりたいのよ。それがそんなにいけない事かしら?」
ビー玉の様な目を円く見開いて、ハナは俺の顔をみつめた。涙を流せないアンドロイドの切ない目を見て、俺の心は激しく動揺した。これ程の悲しみがあるだろうか? 心は惹かれているのに、肉体がそれを不可能にする、こんな不幸が。
だが、やはりおかしい。最初に会った頃のハナと余りに性格が違いすぎる。恋のなせる技と言われればそれまでだが、元々のハナはどこか人間離れした、透明な植物のような性格だった。感情面でも、もっと無邪気で純粋な子供の様だった筈だ。何時からだ? ハナがおかしくなったのは? 俺は記憶を辿った。そうだ、五郎を散歩に連れて行き、迷子になった、あの日からだ。あの日、ハナはどういう訳か墓地へ迷い込み、ボーッと墓石を眺めて突っ立っていたのだ。
次の休日、俺は例の墓地へ行ってみた。家から歩いて十五分程の、こじんまりとした寺の墓地である。真夏の暑い日差しが墓石をジリジリと焼き、辺りは熱と湿度を含んだ重い空気で淀んでいた。俺は墓地を歩き回り、ハナが見つめていた墓石を探した。あった。黒い御影石の前面に、「石田家の墓」と彫ってある。側面へ回ると、
「石田京子さんね……。ええ、存じておりますよ」
客間で俺に茶を勧めた住職は、そう話し始めた。張り替えたばかりと思われる畳の香りが部屋に立ち上って、俺の鼻孔をくすぐる。爽やかで安らかな香りだ。この香りを嗅いでいると、どんなに時代が進んでも、死者の魂というのはこういった安らぎを求めるのではないか? と思えてくる。
「どんな方だったんです? 何故若くして亡くなったんでしょうか?」
「石田家は代々家の檀家でしてね。あの墓は京子さんのお祖父さんが建てた物です」
「では、あそこに彫ってある名前は……」
「ええ、京子さんと、その御両親ですよ」
親子揃って若くして亡くなったという事か。何があったのだろうか?
「一体、何で亡くなったんですか?」
「事故ですよ。ある日、御両親と京子さんは車でドライブに出かけたのです。山の曲がりくねった道を走っている時に、対向車が猛スピードでカーブへ突っ込んで来ましてね、石田さんの車と衝突したのです。車は大破し、運転していたお父さんは即死、お母さんと京子さんは重症で、病院へ運ばれましたが亡くなりました……」
住職はそう言うとゆっくりとお茶を飲んだ。
「そうだったんですか……。京子さんの祖父母に会って話を伺ってみたいんですけど」
「何故話を聞きたいんです?」
「実は……」
俺は何と説明すべきか悩んだ。まさかアンドロイドの事で、とは言えなかった。
「私の娘の事で、ちょっと問題がありまして。調べた結果、どうも石田さんと関係がありそうなんです」
「そうですか……。よろしい、今住所を書きますよ」
住職はそう言って立ち上がると、紙とペンを持って戻り、石田家の住所を書いて俺に渡した。
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