第6話 異変

 それからの酸素カフェは、物珍しさもあってか中々繁盛した。特に、森の妖精、ハナを目当てに訪れる客が増えた。ハナは特別何をする訳でも無かったが、その愛らしい姿と、殺伐とした都会にあって、新鮮な酸素を供給してくれるという希少さが人気を呼んだのだった。店内に張られた電子スクリーンが再現する森は訪れた客の心を癒し、酸素カフェは文字通り都会のオアシスとして、その名を馳せていった。



 ある日の休日、ハナは五郎に会いたがった。俺は泰造からもらった番号に電話した。


「もしもし? 泰造さんですか? 実はハナが五郎に会いたがっていて――ええ、どうやら散歩に連れて行きたい様なんです」


「ホホホ。そういう事ですか。ええですよ。家は酸素カフェの結構近くじゃし、来てもらえれば五郎を預けますがな。住所は――」


泰造から住所を聞いた俺は、紙にメモした。


「ありがとうございます。じゃ、早速ハナを行かせますんで、よろしく」


俺は電話を切ると、ハナに住所を渡し、


「ハナ、これが泰造さん家の住所だ。行けば五郎を貸してくれるとさ。一人で行けるか?」


ハナは住所の書かれた紙を見ると、


「ええ。分かるわ」


と笑顔で答えた。


「よし、じゃあ行ってこい。気を付けてな」


俺はその時、特に心配もせずにハナを送り出したのだった。



 昼過ぎになっても、ハナは帰って来なかった。心配になった俺は泰造に電話した。


「もしもし? ハナは戻って来ましたか?」


「ああ、随分前に戻って来て、五郎を返したあと出て行ったよ。帰って無いのかね?」


「ええ、まだ家には帰って無いんです」


「おかしいのう……迷子にでもなったかね?」


「多分……。分かりました。俺、ちょっと探しに行ってきますよ」


「そうかね。まあ、大丈夫だとは思うが、何かあったら連絡しなさい。協力するでな」


「ありがとうございます」


俺はマンションの外へ出た。だが、何処をどう探して良いのやら、皆目見当が付かなかった。取り敢えず、泰造の家と我が家を中心に半径五百メートル位の範囲をくまなく探してみる事にした。



 散々近所を歩き回り、日も傾きかけた頃、俺はとある墓地の中にハナを見付けた。


「ハナ! こんな所で何やってるんだ? 心配したんだぞ!」


ハナはそれまでボーッと突っ立っていたが、俺の声を聞くとハッと我に返り、


「幸助さん」


と言って俺の顔をマジマジと見た。


「私……どうしたのかしら?」


「まあ無事ならそれで良いさ。帰るぞ」


「うん」


俺はハナを連れて家路へ着いた。夏の夕陽が赤々と西の空を照らして、ビルの輪郭を浮き立たせていた。



 夜、ハナはキッチンへやって来ると、おもむろに冷蔵庫の扉を開けた。中を物色する。


「おい、何やってるんだ?」


「今日は私が御飯を作るわ」


「飯って、お前、料理なんか出来たのか?」


「大丈夫よ。任せておいて」


ハナはそう言って笑うと、てきぱきと食材をカウンターに並べて料理を始める。食材を洗う手つきといい、包丁でニラを刻む手際といい、中々手慣れた物だった。俺は正直驚くと共に、少々いぶかしんだ。ハナは単純労働用のアンドロイドだった筈である。コンビニ店員として必要な労働プログラム以外はインストールされていなかった筈だ。それが、急にこんなに上手に料理を始めるとは、何だか少しおかしくないか? だが、俺の疑問を他所に、ハナは手際よく豚バラ入り焼き飯と味噌汁を作り上げた。



「出来たわ! 頂きましょうか」


「お、おう……」


結局俺は小さな疑問を胸にしまったまま、晩飯を食べ始めた。


「どう? 美味しい?」


明らかに期待の篭った目でハナが訊く。


「うん。中々旨いぞ。特にこの豚バラの脂が焼き飯に絡んで、より旨味を引き出しているな」

正直な感想だった。これ程の出来映えなら、金を取ったって良い位である。旨い飯を食べているうちに、俺は先程感じたささやかな疑問はどうでも良くなっていた。理由が何であれ、こうしてハナが飯を作ってくれて、二人で仲良く晩飯を頂くというのは素敵な事に思えたからだ。まるで人間の娘か、嫁さんをもらった様で、俺は悪い気はしなかった。



 夕食が済み、風呂も済ませて寝室のベッドの上で寛いでいると、ハナが部屋へ入って来た。光合成アンドロイドであるハナは、普段はソファーに座って、システムをスリープモードにして休む。まあ、まだ何時もの休む時間よりは早いし、何か用でもあるのか? と思っていると、ハナはベッドへ上がり込んで、俺の肩に両手を掛けると、うるんだ瞳で俺を見つめて言った。


「ねえ……幸助さん、良い事しない?」


あたかも人間の若い娘が男を誘うかの様な媚を含んだ甘い眼差しと声色で、ハナは熱っぽく俺を誘うのだった。本物の若い娘なら、俺だって期待に応えるのにやぶさかでは無いのだが、見た目の可愛らしさに惑わされてはいけない。ハナはアンドロイドなのだ。


「良い事って……お前、生殖機能付いて無いだろう? どうやるんだ?」


俺の返事を聞くや否や、ハナはプイとそっぽを向き、俺の隣でこちらに背を向けて横になると、


「ふん! そうよね。どうせ私には性器は付いていないわよ! 製作者を呪ってやる!」


と吐き捨てた。

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