第5話 休日

 休日、朝から俺は女性用の服を床に並べてあれこれ悩んでいた。今日はハナを水族館へ連れて行くのだ。いわば、ちょっとしたデートである。どうせ行くならお洒落させてやりたい。君枝の言った通り、ハナはアンドロイドとは言え若い娘なのだから。俺はハナを姿見の前に立たせて、洋服を次々にハナの身体の前に合わせた。白いドルマンスリーブのブラウスにベージュのタイトスカート。よし、これが良い。中々淑やかでちょっとしたレディーに見える。



 ハナを着替えさせると、俺達は部屋を出た。電車に揺られながら、タブレットで水族館の位置を確認する。


「水族館って、どんな所ですか?」


ハナがタブレットを覗き込みながら訊いた。


「沢山の海洋生物を収容して、客に展示する施設さ」


「何の為にそんな事するんです?」


「何の為って、そりゃあ……まあ、楽しむためだな。普通に街で生活していたら、そういった生物にお目にかかる事は無いだろう? 田舎でも、昔は川や海に結構な数の生き物が居たが、今では少なくなったしな」


「何故少なくなったんです?」


「文明が発達して、自然破壊が進んだからさ。このタブレットだって、作るためには大きな工場が必要になる。街にはもう土地は余っていないから、田舎の自然を破壊して工場を作らなきゃならないだろう? そんなふうにして、地球のあちこちで自然破壊が進んだのさ。だが人間は、やはり動物の一種だからな。本能的に美しい自然や生物に囲まれたい、と欲するものさ。水族館だの動物園ていうのは、その欲求を満たすために作られたのさ。他にも、生物の保存や、博物学的な理由もあるがな」


「ふーん。幸助さんが動物の一種なのは分かるとして、私はアンドロイドなんですけど、その私を水族館へ連れていく訳は?」


アンドロイドを水族館へ連れていく訳だって? 俺はそんな事は考えて居なかった。


「別に……ただの気晴らしさ。お前にだって、何か楽しみが必要だと思っただけさ」


「そうですか……」


ハナはそう言って俯いた。


「嫌なのか?」


「いいえ、ちょっと楽しみです」


「なら良かった」



 電車を乗り継いで、俺達は都内の巨大な水族館に到着した。白亜の迫力ある建物の入り口には、既に大勢の客が押し寄せていた。俺は列に並び、チケットを二枚買うと、ハナを連れて中へと進んだ。最初のコーナーは、近海の海の様子を再現した展示だった。いそぎんちゃくやら、ヒトデやら、今となっては貴重な磯の生物達がユーモラスな姿を晒している。このコーナーでは、水槽に手を入れて、生物を触る事が出来た。ハナは目を輝かせて、ヒトデを見つめると、おもむろに手を伸ばして触ってみる。ヒトデのざらざらした表面の感触ががハナの手に伝わって、ハナは驚いた声を上げた。


「これが海の生き物なんですね! 私、初めて見ました!」


興奮したハナは、何時もより沢山の酸素を頭から吹き出した。


「どうだ? 中々面白いだろう?」


「はい! 生き物って面白いです」


無邪気に微笑む姿を見て、俺はハナを連れてきて良かったと思った。二酸化炭素を吸って酸素を吐き出す――それだけの生活では、ただの植物である。もちろんそれが悪いとは言わないが、アンドロイドだって何かを楽しんだり、感動したりしたって良い筈だ。はしゃぐハナを見ているうちに、俺は段々とハナを普通の人間の娘であるかの様に思い始めていた。最も、感情面に於いては、ハナは見かけの歳より随分と幼かったが、工場から出荷されて数年分の経験しかないのだから仕方がない。しかも、その数年間はコンビニ店員として、ただ労働するだけの物である。そう思うと俺はハナが不憫になり、出来る限り、年頃の娘と同じ様な経験をさせてやりたいと思うのだった。



 二階のフロアには巨大な円柱状の大水槽が設定されており、周囲をぐるりと回って見れる様になっていた。水槽には巨体のジンベイザメを初め、様々な熱帯の魚達が泳いでいる。ハナは水槽に手を当ててベッタリ張り付き、上を見上げてジンベイザメを目で追っていた。


「地球には、こんなに凄い生き物が居たのね!」


ハナの興奮は絶頂だった。


「気に入ったか?」


「ええ。水族館て最高! 生き物って凄いわ!」


俺は満足だった。こうしてハナの嬉しそうな様子を見ていると、俺まで幸せな気持ちに包まれていく様だった。俺には子供は居ないが、まるで本当の娘を持った父親の気分を味わっていた。そしてそれは、とても充足感のある物だった。世の中には、子供の居ない夫婦が、代理としてアンドロイドを求める事があるが、今まで俺は、そんな事はただのまやかしだと思っていたのだった。考えを改めなくてはならない様である。アンドロイドだって十分子供の代わりになる――俺は新たな発見に興奮していた。

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