第4話 酸素カフェ
午前中から原宿は暑かった。駅前はカラフルなファッションに身を包んだ若者達でごった返している。人混みを掻き分けるようにして、俺はハナを連れてコスプレ衣装を取り扱っている店へと歩き出した。
若い女性――アンドロイドだが――と連れだって歩くなど何十年振りだろうか。俺は高揚した気分と恥ずかしさが入り交じった複雑な気持ちで横断歩道を渡った。ハナはどんな気持ちでいるのだろうか、とチラと横目で見ると、子犬のようにキョロキョロと辺りを見回しながらあるいていた。
「面白いか?」
と尋ねると
「はい。私原宿に来るの初めてです」
と、目をキラキラさせていた。
ショップに入ると、パステルカラーの色の洪水が俺を襲った。若い女性向きの、しかもコスプレ衣装を選ぶなど初めての体験だった。軽く目眩を覚えたが、
「森の妖精だったな」
と、イメージに近い服を物色する。
「よし、ハナ。これを試着してみろ」
店員に頼んでハナを試着室へ送り込んだ。
「どうですか?」
試着室から出てきたハナを見て、俺は溜め息を付いた。ライトグリーンのティンカーベル風ワンピース。可憐で、かつ爽やかである。背中に羽が付いていた。
「うん。ぴったりだな。よし、合わせて靴も買うか。普段着も幾つか買っていこう」
俺はハナにはどんな服が似合うだろうか、とあれこれ想像した。そして自分でも意外だったが、それは楽しいものだった。娘が居るというのは、こんな気持ちなのかもしれない。
翌朝、スタッフルームで着替えたハナを見て、奈々は
「わあ、可愛い。まさしく森の妖精って感じ」
と、息を弾ませた。
「これで店のイメージは固まったな。よし、店を開けるか」
開店してすぐに、あの肺癌の老人がやって来た。柴犬を連れている。
「お客様、当店では犬はちょっと……」
「うん、分かっておるよ。散歩の途中で寄ったんじゃ。五郎は外に繋いでおくよ」
老人は窓際の席に座り、
「わしゃウィンナーコーヒーな」
とオーダーした。ハナをにこにこと目で追う。
「ティンカーベルじゃな」
ウィンナーコーヒーを運んできた奈々に呟いた。暫くすると、外で
「フィーン、フィーン」
と犬の鳴き声がする。どうやら待たされているのに飽きたようだ。ハナは
「犬」
と言いながら外へ飛び出した。俺は慌てて後を追った。
「犬」
と言いながらハナは哀れな五郎の耳を横に目一杯引っ張った。五郎はイヤイヤをするように首を振る。
「駄目だろ、そんな風に扱っちゃ」
俺はハナを五郎から引き離した。
「犬が好きなのかね?」
振り向くと老人が背後に立っていた。ハナは答えない。
「いや、多分大人しくさせようとしたんですよ」
「可愛い、分かりました。五郎は可愛い」
「そうかね。お嬢さん、わしゃ
そう言って泰造は笑った。
夕方になり、大学生とおぼしき数人の青年達が入店してきた。見るからに軽薄そうな若者達だった。青年達はしばらく雑談しながらコーヒーを飲んでいたが、やおら一人が席を立ってハナに近付いた。
「やあ、君、可愛いね? 名前は何て言うの?」
「ハナです」
「ふーん。ハナちゃんか。君さあ、仕事が終わったら、俺達と遊びに行かないか?」
「遊び?」
「おい、お前何やってるんだよ。そいつはアンドロイドだぞ?」
もう一人が大声て囃し立てる。
「別にアンドロイドだって良いじゃないか。可愛いし」
「だって、アンドロイドとじゃ……出来ないぞ?」
俺はカウンターの中からやり取りを黙って見ていたが、腹の底からムクムクと怒りが沸き上がって来るのを感じた。家の大事なハナに何してくれるつもりだ? 俺はカウンターを出て若者へ近付くと、相手を睨み付けて出来るだけ怖そうな声色で言った。
「おい、小僧共。家の大事な従業員に妙な真似してもらっちゃ困るぜ。なんなら、営業妨害って事で警察呼んでも良いんだがな?」
こう言っちゃ難だが、俺は顔の怖さには自信があるのだ。
俺の顔を見た青年はすっかり萎縮して、
「い、いえ……それは……」
と口ごもった。
「大人しくコーヒー飲んだら、さっさとお家に帰りな、坊や」
「……はい」
俺は満足してカウンターへ戻った。全く、今時の若者と来たらちょっと可愛い娘を見るとナンパする事しか思い付かないのか? 見たところ大学生だろうに、最高学府に所属する奴等でさえこうなのか? 嘆かわしい事である。俺はチラリとハナを見た。ハナには、何が起きたのか良く分からない様である。キョトンとビー玉の様な目を丸くして、ボーッと突っ立っていた。俺はハナに向かって叫んだ。
「ハナ! ああいう客の要求は毅然と突っぱねるんだぞ!」
「ああいう要求って?」
「ナンパだ」
「ナンパって何ですか?」
「女を誘惑してアレコレいけないことをしようとする事だよ」
「いけない事? って?」
俺は頭を抱えた。アンドロイド相手に何と説明すれば良いのか?
「まあ、最終目的はセックスさ」
「私、生殖機能付いてませんよ」
ウッ。それは分かっている。分かっているのだが――
「とにかく、ああいうのは断るんだ!」
「分かりました」
俺は大きく息を吸って吐き出した。まあ、断ってくれさえすれば良いのだ。ハナはアンドロイドだが、見た目は可愛らしい若い娘である。これからもきっとこういう事はあるのだろう。そう思うと、俺は気が気では無かった。
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