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日本へ帰る機内で、竜一はほとんど眠ることができなかった。
あれほど望んでいた真理との抱擁をして、本当に唇が腫れたほど何度も口づけを交わしたのに、真理は今、おそらくカイの腕の中にいる。真理の笑顔を想像すると、胸がキュッと音を立てるように締め付けられて痛んだ。客室乗務員から「最後のニュージーランドの思い出にワインはいかが?」と聞かれたが、飲みたくなかった竜一は全く頭に入らない映画を見ているふりをして、目で「いらない」と伝えた。よくわからない戦争ものの映画が中盤に差し掛かり、最後まで見ても仕方ないと思った竜一はイヤホンを外し、映画を止めてから客室乗務員を呼んだ。
「ワイン、赤と白両方ください」と言うと、一杯ずつにしてくれという。「じゃあ白で」と言うと、プラスチックコップに入ったソーヴィニヨン・ブランが手渡された。「サンキュー」と言って竜一は一息で飲み干し、「赤をくれ」と言った。少し困惑した表情の添乗員だったが、次は男性添乗員が同じくプラスチックコップに入れた赤ワインと、水を持ってきて、「あまり飲み過ぎないように」と笑顔で言って去っていった。
竜一はこの一杯で終わりだと自分に言い聞かせ、赤ワインをぐっとコップをあおって一口で飲んだ。舌で転がしたり、香りを楽しむことなくのど元を過ぎたワインの味はかすかに鼻から抜け、淡い熱を帯びて食道から体内へと溶けていった。この旅行も、真理への思いも、過ぎ去ったものだと感傷的な気分になり、竜一はすでに真っ暗になった太平洋の海が映る窓を眺めたが、そこには悲しげな表情を浮かべた自分の顔があり、一層寂しさが増した。帰国しても、こちらから真理へはもう連絡しないと決めた。おそらくは真理からも連絡はない。別れとはこういうものだと、寝心地の悪い狭い機内で、悪い夢を見ているかのように竜一は考えた。
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