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 クライストチャーチの空港からオークランドまで、竜一は真理と一緒の飛行機に乗った。

 昨夜のことは互いに心の奥にしまったように触れることはなく、短い滞在だった南島の感想や、やはりワインはうまいという話に終始した。

 真理は日本から来るカイにオークランドを案内して2泊する予定だったため、旅行の出で立ちだった。機内で竜一が「このまま2人で日本に帰る?」と冗談交じりで聞くと、真理は「うーん、それはいいかな」と少し冷めた調子で断った。もう真理の心はカイのことでいっぱいなのだと竜一は思い、昨夜のことが幻だったのではと思いそうになった。しかし、両手に、顔に、鼻に、唇に、ずっと求めていた真理の感触がありありと残っている。竜一は得たものの大きさと、やはり手に入らないものの大きさの両方を感じてむなしくなった。ただ、これから先、この愛を思い出すなら、得たもののありがたさを振り返ろうと思った。

 オークランド上空までやってきた飛行機は着陸のために高度を下げ、懐かしい街並みを一望することができた。街の真ん中には針のようにとがったスカイタワーが見えた。海沿いのこんもりとした緑地帯はカクリヨの丘だろうか。今日の空はまばらに雲はあるものの、晴れと言っていい天気だった。昨日はあれほど厚い雲に覆われていて星空を見ようとも思わなかったが、今夜はきれいに見えるだろうなと竜一は思った。そして、今夜の星空を真理はカイと共に見るのかと思うと、胸の中がざわざわとした。

 カイが乗って来る便は竜一が出発する便の少し前に到着する。同じ空港にいるが、到着ロビーで待つ真理と違い、竜一は乗り換えでそのまま国際線に向かうため顔を合わせることはなかった。顔を合わせられたとしても会いたくはなかった。ただ、一度どんな人物なのか遠くからでもいいから直接見てみたい気がした。

 そんなことを考えているうちに、みるみる高度が下がり、着陸の衝撃で機体が揺れた。竜一はその反動で我に返り、真理と過ごせる時間が本当に残りわずかになったことに気付いた。隣の席の真理に目をやると、真理もこちらを見つめ返した。

 「もう、お別れですね」

 「いや、まだあと少し時間はあるよ」

 竜一は強がった。

 飛行機が停止し、多くの客がシートベルトを外して荷物を棚から下ろし始めたが、竜一は一つ一つの動作をわざと丁寧に、名残惜しむようにゆっくりと体を動かした。真理にいろいろと伝えたい言葉や思いがあるはずなのに、言葉がうまく浮かび上がってこない。ただ、ぎこちない笑顔を見せるのが精一杯だった。

 機内の後ろの座席に座っていた2人にも順番が来て飛行機を降りた。真理は小さなリュックを背負い、竜一もショルダーバッグを肩にかけた。通路を進んで空港内まで到着すると、乗り換えと到着ロビーで行き先が別れた。真理は荷物の受け取りへ行き、竜一はそのまま日本行きの便の出発ロビーへ向かう。ここが2人の別れの場所となった。

 竜一はバッグからよさこいに使った鳴子を1つ取り出し、真理に渡した。

 「形見として持ってて」

 「なんか死んじゃうみたい。でも、これはオークランドで使った時のものでしょ?いいんですか」

 「片方は僕が持ってるから」

 「じゃあありがとう」

 真理はリュックを開けて鳴子を中にしまった。

 そして真理は申し訳なさそうに、「ごめんなさい。今日はプレゼントないんです」と謝った。竜一は「いやいや、会えただけでうれしかったし、こうやって一緒にいられただけで思い残すことはないよ」と答えた。そうは言ったものの、何か2人で過ごした証はないかと思って竜一はポケットに手を入れて考えると、中に今乗ってきたクライストチャーチ発オークランド行の飛行機のチケットがあった。竜一が「真理さんのチケットは?」と聞くと、真理は財布からチケットを取り出した。「じゃあこの座席番号が並んだチケットを最後の思い出としてもらおうかな」と言ってはにかんだ。真理は「こんなのでごめんなさい」と言いながらチケットを竜一に渡した。竜一は、「じゃあ、お元気で!」と右手を差し出した。真理も「ありがとう。気をつけて帰って下さいね」と言ってギュッと力を込めて右手を握った。3回ほど上下に揺らし、手をほどき、真理は「バイバイ」と手を振って荷物の受け取り口の方へ向かった。竜一も「バイバイ」と手を振り、角を曲がって真理の姿が見えなくなったところで涙がこみあげた。

 左手にはしわくちゃになったチケットが2枚握られていた。

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