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 デザートのバニラアイスを食べながら、真理はこの後のことを考えていた。

 時間はまだ夜8時半。普段の竜一ならもう一軒誘ってくるだろうが、今夜の竜一はどこか言葉に熱を帯びている。最後だからということもあり、いつもの流れではないのかなと予感した。真理自身も、バーで飲むというよりは、落ち着いた場所でゆっくりと昔を振り返りながら竜一との最後の時間を過ごしたい思いがあった。

 ウェイターに会計のためにカードを渡した竜一は、「どうしよっか」と真理を見て尋ねた。「お腹もいっぱいだし、お酒も十分だからどこかで少しお話でも」と真理が言うと、竜一は「じゃあ公園を探してベンチで話そう」と提案した。竜一ならではの誘いだと真理は笑い、「いいですね」と賛成した。ただ、レストランを出るまでもなく、外は雨が降り出していて、濡れた傘をたたんで店に入ってくる宿泊客が何人もいた。「ちょっと外では無理かな」と竜一がいい、一緒に屋根のないところまで出ていって手のひらを広げて雨の具合を確かめたが、とても公園のベンチに座って話せるような雨脚ではなかった。

 「うーん」と竜一はあごに手をやって少し考え、「僕の部屋で少し話すのはどう?」と言った。真理は自分でも意外なほどあっさりと「いいですね」とOKした。竜一のホテルの戻り、フロントにいくつか飲み物を注文してから2人で部屋へ向かった。

 竜一がダブルの部屋を予約していたため、自由に使える空間は広かった。竜一に言わせると、ダブルを予約したのは2つ理由があり、一つは、いつも竜一が自宅で使っているものがダブルベッドで、狭いのが嫌だから。もう一つは、いざという時に、というものだった。決して褒められる理由ではないが、その「いざ」という時が来たのだった。

 部屋に着いてから真理はハンドバッグを机に置き、太ももにストールをかけてベッド脇の椅子に座った。竜一は上着を脱いでハンガーに掛け、ネクタイを緩めてからベッドに腰掛けた。ほどなくしてドアをノックする音が聞こえ、竜一が応対すると、ボーイが白ワインのボトルと瓶ビール、炭酸水と水を乗せたトレイを運んできて、ベッドの脇の丸テーブルに置いた。さらにナッツが軽く盛られたつまみも添えられていた。竜一は「サンキュー」と言ってボーイに1ドルのチップ渡し、真理も「サンキュー」と伝え、ボーイは出て行った。

 真理が2つのグラスにワインを注ぎ、竜一に手渡し、「じゃあ改めて、ガン」といってグラスをぶつけた。竜一がふっと笑うので、不思議な顔で見ていると、「ガン」という言葉の響きを懐かしく思ったらしかった。

 竜一はワインを一口飲んだ後に「そうだ」と言ってキャリーバッグの中をガサゴソと探り始めた。すぐに「あった」と言って戻ってきた手には、真理が昨年の誕生日プレゼントに贈った手作りのアロマキャンドルがあった。「あっ、なつかしい」と真理は手に取り、「自分で言うのも変だけど、意外とちゃんと形になってる」と言って竜一に返した。「火をつけていいかな?」と尋ねられ、真理はOKした。

 フロントでもらったマッチを擦ってろうそくを灯し、丸テーブルに置いた。真理が鼻を近づけると、ほのかに香水の匂いが鼻を刺激した。

 「電気消していい?」

 「どうぞ」

 照明が消えた部屋に、ろうそくのオレンジの光が淡く浮かび、ベッドに戻ってきた竜一の顔を暗く照らした。竜一も久しぶりに火を灯したらしく、「やっぱりいい香りだ」と言って大きく息を吸った。真理も「きれいね」と言ってゆらめく炎を挟んでろうそくに顔を寄せた。

 2人だけの空間でこの匂いを嗅ぐと、当時のいろいろな思い出が浮かんできた。真理がそう思っていると、「匂いは記憶を呼び戻す力が強いんだって」と竜一が解説してくれた。「何か思い出してた?」と真理が尋ねると、「いろいろとね。よさこいの事とか」と返ってきた。「みんな元気かな」と真理がつぶやくと、「こないだ彰に連絡したら、もう来年のよさこいのメンバーを募集し始めようとしてたよ」と竜一は言った。真理は2人の日本人が抜けてもよさこいが続くことがうれしかった。「必死に頑張ったから。高熱をおしてまで…」と真理が笑うと、竜一は「笑える状況じゃなかったけど」と竜一は口をとがらせた。「でも、看病もしてくれてありがとうね」と改めて礼を言った。

 「ステンドグラスのろうそくは使ってる?」と竜一が真理の目を見て尋ねた。真理は「うーん、2、3回使ったかな」ととっさに答えたが、本当は一度も使っていなかった。竜一のことを思い出すのが怖くて使えなかったからだ。竜一は「そうか。よかった」と口元を緩めた。その屈託のない、素の表情を見て、真理は思わず「ごめんなさい。本当は竜一さんを思い出すのが怖くて一度も使えてません」と白状した。

 「反応が微妙だったから、使ってないかなと思ってたよ」

 竜一は再び混じりけのない笑顔を見せた。その顔を見て真理は不意に涙がこみ上げた。泣くまいと思って、瞳からしずくをこぼさないように我慢した。ろうそくの灯がにじみ、竜一の顔がぼやける。「大丈夫?」と竜一が起き上がって頭をなでてくれたところで、一筋だけ涙がほおを伝った。

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