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 広島にいる竜一の元に真理からの手紙が届いたのは、梅雨に入った6月の上旬だった。

 ある日、竜一が帰宅すると、普段は地元の新聞しか入っていない郵便ポストに、見慣れない封書があった。手にとってみると表に英語が書かれ、中身が手紙だけではないような分厚さがあった。竜一はその瞬間、オークランドを離れる前日に真理と行ったスカイタワーの光景が脳裏によみがえった。涙を流しながら便箋を読む真理に、竜一がハンカチを渡した。2人の涙を含んだハンカチは、竜一に返しそびれて真理が持っていた。竜一は封書を持つとすぐに「ハンカチだ」と思った。玄関先で慌てて封を切ると、案の定、丁寧にたたまれたハンカチと水色の便箋2枚があった。

 一度落ち着こうと思った竜一は、部屋に入り、水を1杯飲んで正座して便箋を読み始めた。「お久しぶりです」から始まる手紙には、真理の几帳面な字が横書きで並んでいた。


 ――お久しぶりです。広島はどうですか。私は職場の了解を得て滞在期間を延ばし、南島のクライストチャーチに移ってオークランド時代よりもさらに悠々自適に暮らしています。南島は徐々に寒くなってきています。日本は夏ですが、竜一さんも体調を崩さないように気をつけてください。

 竜一さんが帰国してからもよく、ハリネズミ公園に行っていました。一人で桜の樹の横のベンチで座っていますが、ハリネズミ君はあれ以来姿を見せていません。さすがに私も一人ではワインを飲んでいませんよ!

 スカイタワーでも思いましたが、一人になってはじめて、竜一さんに依存していたことが分かって、本当に大切な存在だったんだと気付かされました。彰さんや藍と私が引っ越す前に飲みましたが、2人とも同じことを言っていました。よさこいのメンバーはもっと悲しんでいましたよ。

 今住んでいるクライストチャーチはオークランドよりも街の規模は小さいですが、コンパクトで住みやすい所です。地震の影響を所々に残していますが、少しずつ復興が進んでいます。オークランドにいた時は来られませんでしたが、カイも都合をつけて私が帰国するまでにニュージーランドに来たいと言ってくれています。

 この手紙をお送りした目的は、ハンカチをお返しすることと、もう一つあります。私が帰国するまでに竜一さんと、もう一度だけニュージーランドでお会いしたいです。私は7月末に帰国します。私の勝手な願望なので、聞き流してくれて構いません。それでも、もし良ければまたお会いしたいです。今度会うときも笑顔で――。


 竜一は手紙を読み終えて、すぐさま手帳をめくって夏休みの予定を立てた。7月の2週目はまとまった休みが取れそうだった。飛行機代も学校が夏休みに入る直前ということもあり、そこまで高くはなかった。即断した竜一は7月13日関空発、16日帰国の便を予約した。ニュージーランドの滞在は2泊3日。そして、クライストチャーチの真理に宛てて返信の手紙を書いた。ハンカチのお礼と、もう飛行機を予約したこと、南島の観光案内は任せたという内容だった。出発まであと1カ月。竜一はこれほど月日が早く流れてほしいと思ったのは初めてだった。

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