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真理は竜一がいなくなってから、努めて明るく振る舞おうとしていた。
竜一がいなくなってから元気がないと思われたくなかったし、自分自身にも、寂しくないと言い聞かせるつもりでいた。しかし、時が経つにつれて喪失感は大きくなり、竜一のことを思い返す時間が多くなった。帰り道にハリネズミ公園を通ると、いつもの桜の樹の横にあるベンチに座り、ぼーっとする時間が増えた。気分が沈んだ時は竜一からもらったステンドグラスのキャンドルを灯して、鮮やかな淡い光に身をゆだねた。
真理は半年の予定でワーキングホリデーの計画を立てていたが、職場とカイの許しを得て、3カ月間滞在を延長した。元々ビザは1年間分申請していたため、手続き面で支障はなく、7月末までニュージーランドに滞在できることになった。お世話になった語学学校は4月で退職し、せっかくだからとほとんど行ったことのない南島に住む計画を立てた。語学学校の校長に退職のあいさつに行くと、いつかのように再び自宅に招かれ、優しい奥さんの手作り料理をふるまってくれて、真理の将来の成功と幸せを願っていると心温まる言葉をかけてくれた。真理はこれからも必ず手紙を送って連絡を取り続けると約束した。
引っ越しの計画をハウスメートの2人に告げると、寂しがってくれたが、真理の決めたことならと応援してくれた。韓国人のハヌルは「最近泣いてばっかりだったから心配してた」といい、元気を充電してから日本へ戻るのはいいことだと言ってくれた。
彰や藍にも南島に行くと打ち明けると、「遊びに行くから楽しそうな場所を探しといて」と言われた。オークランドに来てから彼らには本当に世話になり、皆のおかげで楽しい思い出ができたことに真理は改めて心からの感謝の気持ちを伝えた。
ワーキングホリデーの期間を延長することに、岩手の職場の上司は「こんな経験一生ないんだから気が済むまで行ってきなさい」と言ってくれた。少ない職員数にも関わらずワガママを通してくれる度量の大きさに真理は恐縮した。そして、カイに帰国を遅らせようと連絡したところ、「いいと思うよ」と言ってくれた。ただ、携帯電話越しの声は少しだけ寂しそうだった。
「何とか休みをもらって一回くらいは遊びにいくから」とカイは言ってくれた。真理がオークランドにいた期間、カイは仕事が忙しく、どうしてもまとまった休みがとれずにオークランドに来ることができなかった。真理が帰国を延ばしたのは、カイにニュージーランドに来てもらい、この国の素晴らしさ直接紹介したいという面もあった。
「楽しみにしてるね」と2人は再会を約束した。
南島ではクライストチャーチに住むことに決めた。竜一と出会ったあのツアー以来訪れていなかったが、少しでも被災地を思える場所にいたいと思って決断した。新居はオークランドと同じようにルームシェアを選び、手頃な一軒家を見つけた。クライストチャーチでは中華料理屋で簡単なアルバイトをして小遣いを稼ぐ程度にして、出来るだけ多くの街や自然に触れてから日本に帰国することにした。
クライストチャーチで感じた孤独は、オークランドの楽しかった日々を思い出させるのに十分な寂しさだった。オークランドよりも街の規模がかなり小さいクライストチャーチには、真理と同年代の若い日本人が少なかった。何人かはすぐに知り合えたが、3カ月でいなくなってしまうと分かっていたため、どうしてもオークランド時代のような深い付き合いまで発展させようという気持ちが湧いてこなかった。かと言って年末のように一人で部屋に閉じこもるのは避けたかったため、「被災地」の街並みをよく散歩した。白いブルドッグを夕方にいつも散歩させている地元のおばさんと親しくなり、子犬を譲ろうかと提案を受けて真理もペットを飼おうか本気で迷ったが、エサ代やルームメイトの了解のことを考えて思いとどまることにした。
オークランドより緯度が高いクライストチャーチは冬が近づいてきて少し肌寒いと感じる日もあった。やはり空は高く、海は濃い群青色をしていた。時折吹く冷たい風に三陸の浜風を思い出した。日本を思う時間が増え、カイへの愛情が増していった。そして、竜一と過ごした日々を回顧する機会も自ずと多くなっていた。
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